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「ご注文はいかがいたしますか」
「レモンティーのホットで」
隼都が注文すると店員はキレの良いお辞儀をしてその場を去った。窓から空を覗く。時刻は朝の五時だが空には黒い絵具が溶けていた。
十五分ほど経った時、恭祐が姿を現した。恭祐は隼都に気付くと、その席まで近づいた。
「隼都くん!」
恭祐の声に隼都が視線を向ける。彼の明るい声に隼都は眉間に皺を寄せた。そんな隼都の様子には気付かず、恭祐はソファに腰をおろした。
「何か飲みます? メニューなら」
「そんな事の為に呼んだんじゃないでしょう」
恭祐が食い気味に答える。隼都は「それもそうですね」と出しかけたメニューを仕舞った。
「行きますか」
隼都が連れて来たのは高台の広場だった。見晴らしが良く、街全体の夜景が見渡せた。街灯や明かりの点いている家がちらほら見え、車がミニカーのようだった。
隼都も恭祐も夜景を見つめていた。
「隼都くん、ありがとね。時間作ってくれて」
「いえ、恭祐くんが使いたいように使うべきです」
「おかげで最後に食べられないと思っていた物が食べられたよ」
「何、食べたんですか?」
「教えない」
「えー。何ですか、それ……」
隼都は遠くを見つめ、下唇を噛んだ。涙を堪えようと吐息が漏れる。
「いやー。水橋くんと宏太と過ごした一週間、めっちゃ楽しかったな。あっという間だったわ」
ふふ、と笑う恭祐の目が夜景に照らされ輝いていた。
「恭祐くん」
「全部、隼都くんのおかげだよ、ありがとう」
隼都は唇を一層強く噛んだ。涙を堪え、どうにもできない思いを唇を噛んでぶつけた。
沈黙が流れ、僅かに隼都の呼吸が乱れた。
「隼都くん、どうしちゃったんだよ! 何か言ってよ!」
恭祐はおどけて明るく言った。その瞬間、隼都は恭祐の腕を引いて抱きしめた。恭祐の小さな震えが隼都へと伝わり、力を込めて抱きしめた。
「いかないで! いかないでよ、恭祐くん! 消えちゃ嫌だ!!!」
隼都は涙声で叫んだ。恭祐は初めて隼都の感情を見た気がした。見た目も中身も大人っぽいと感じていたが、この瞬間だけは年相応の少年だった。
「そんなこと、言うなよ……」
恭祐の瞳からも堪えていたものが溢れた。隼都は恭祐を抱きしめながら、泣きじゃくっていた。恭祐の優しい声が隼都を包み込む。
「隼都くん。俺ね、宏太には笑っていて欲しいんだ。その隣には水橋くんもいて欲しい」
「恭祐くんは? その中にいないんですか?」
隼都が恭祐から体を離す。恭祐は「んー」と考え、控えめに笑った。
「俺は二人から陽の暖かさと、沢山の幸せを貰ったから、それで充分だよ」
ふわっと笑う恭祐から、隼都は目を逸らす。
「恭祐くんは強いですね。僕は、寂しいです」
「ありがとね、隼都くん」
空はだんだんと明るくなり、濃紺とオレンジが混在していた。隼都が時刻を確認すると、日の出まで十分を切っていた。
「そろそろだね」
明るくなっていく空を見つめる恭祐が、とても儚く美しかった。
「そうだ。これ、持っておいて」
恭祐はポケットから取り出し。隼都に渡した。
「スマホ?」
「パスワードは0518。俺がいたってことの証ね」
「誕生日ですか?」
「教えない」
恭祐はそういうといたずらに笑った。
「あ……」
朝日が地平線から姿を出し始め、眩いほどの輝きを放った。
朝日に照らされた恭祐は、指先から徐々にキラキラと輝く粉となり空へと舞った。段々と消えていく手元に恭祐は寂しそうな表情を浮かべた。
「綺麗だね」
隼都は、そう呟く恭祐を見ているのが辛く苦しかった。恭祐に向かって手を伸ばすと、隼都の手は恭祐をすり抜けていった。
「え」
言葉を失う隼都に恭祐は、ふはは、と砕けた柔らかい笑顔を投げかけた。その笑顔も徐々にキラキラと輝く粉へ形を変えていく。
「恭祐くん! 僕、忘れませんから! 恭祐くんのこと一生忘れませんから!」
隼都の叫びとともに、恭祐は柔らかい光に包まれ、キラキラと空に舞った。
〝隼都くん、ありがとう〟
そう嬉しそうに笑う恭祐が想像できた。眩しい朝日がつくる一つの影。
「どこが灰なんだよ!」
恭祐は輝いていた。最後まで笑っていた。
隼都は空に向かって泣き叫ぶと、その場にしゃがみ込んだ。その勢いでポケットから恭祐のスマホが落ちる。
「あ……」
ボタンを押すと四桁のパスコード画面が表示され、0518と入力すると画面が開いた。カメラロールには、この一週間の思い出が大量に残されていた。どれも宏太と凌汰が楽しそうに映っていた。恭祐の姿はどこにも写っていなかった。
「宏太くんが笑ってて、その隣には凌汰くんが」
隼都は写真を順々に見ていった。宏太と凌汰の写真で溢れていて、どの写真もツーショットにしては画角が広かった。宏太と凌汰の間に一人分ほどの空間があり、そこを指でなぞる。
「ここに恭祐くんもいるんだよね」
隼都の頭の中で、満面の笑みを浮かべた恭祐とのスリーショットになった。
* *
「いらっしゃいませー!」
店長の威勢のいい声で鈴は店の出入口に目をやった。鈴も「いらっしゃいませ」と声を出す。
「また来たんかー! 暇だな!」
店長が笑顔で毒づく相手は決まっていた。いつも空いているカウンター席に慣れたように座る。
「ちょっと、君ら仲悪いんか?」
「え?」
「え、じゃなくて。ひとつ、席なんか空けちゃって」
席に座った宏太と凌汰は、顔を見合わせる。
「あれ? なんでだろう」
「無意識だった」
宏太と凌汰の間の空席に、二人は不思議そうに頭を傾げ、店長は「アホだなー」と笑った。宏太が席を詰めようと立ち上がると、鈴が間に入った。
「新作のかぼちゃプリン三つです!」
凌汰と宏太の前に置き、最後は真ん中に置いた。
「ちょっと鈴! それ別のお客さんのだって!」
店長が厨房から必死に止めるが、鈴は「これでいいの」と言って聞かなかった。
「店長は早くそのお客さんの分を作って」
鈴の言葉に「意味分かんな」と言いながらも素直に従い、かぼちゃプリンを作り始めた。
「ありがとう。でもさすがに三つは多過ぎるよ」
ひとつ返そうとする凌汰の腕を鈴が制止する。
「三人前で合ってますよ」
「え?」
「あ、いえ。私からのサービスです。食べちゃってください」
鈴が微笑むと凌汰は「じゃあ、遠慮なく」と真ん中の席へと戻した。
かぼちゃプリンと二種類のゼリーが色鮮やかに、ひとつのプレートに載っている。
ふと視線を感じ、鈴が横目で厨房へと目を向けると、店長が冷たい目で鈴を見ていた。鈴は店長に満足そうな笑みを浮かべると「はやく」と口パクで急かした。
完
灰は輝き、空に舞う (あ) @ngmgv_nt_xpnbz
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