エール

大将

これから突き進むあなたへ


 私は今日から家族の元を離れ、東京へ向かう。

 大学を卒業して、幸いにも夢だった仕事に就く事が出来た。


「忘れ物は無い?都会は最近危ないって聞くから、変な人は無視するのよ?」

「大丈夫だよ母さん」


 駅の改札口前で家族が見送りに来てくれた。最近のニュースを観てたからなのか、母さんは必要以上に心配そうな顔をしている。

 私が笑顔で返すけど、その表情が変わる事はなかった。


「本当に大丈夫だよ。私の住む所や会社からも離れてるし、そもそも私お酒飲めないじゃん」

「でも……」

「ほら母さん、いい加減にしなさい。困ってるじゃないか」


 痺れを切らしたのか、母さんの不安を遮るように父さんが割って入って来てくれた。車の中で待っていたのに全然戻って来ないから来てくれたようだ。


「まぁでも母さんの言い分も分からなくは無い。しつこくは言わないが、くれぐれも気を付けるんだよ」

「うん、ありがとう父さん。母さんの事よろしくね」


 私がそう言うと、父さんは小さく口元に笑みを浮かべてくれた。

 その瞬間、私の中で物凄い何かが湧き上がってくる感覚を感じる。

 これはダメだ。私は急ぎめに家族へ別れを告げると、目から溢れそうになる物を堪えながら改札口を抜けた。


「危なかったぁ」


 私が乗るホームへ移動すると、近くのベンチに腰掛ける。

 夢の為とは言え、ずっと一緒に住んでた家族と離れるんだ。寂しくない訳ない。

 涙を堪えていると、余計に家族との思い出が蘇る。

 父さんにイタズラをして怒られた事。高校受験の為に一緒に頑張ってくれた母さん。

 大学で出来た彼氏と喧嘩別れして、二人は何も言わずにそばに居てくれた。


「ダメだなぁ、さぁ頑張らないと!」


 鼻をすすり両頬をパチンと叩いて、いよいよやって来た電車に乗り込む。

 東京まで二時間。これに乗ったらしばらくはもう戻れない。

 人が居ない扉の前で、私は大きく深呼吸をしてから電車に乗り込んだ。

 改札口が見える方の座席を探し、ちょっとでも家族が見えないかと期待しながら座り込む。


「行ってくるからね」


 私が呟くと同時に、車内で音が響き扉が閉まる。

 ガタンと大きな音と共に電車が走り出す。

 改札口を見ると、もう家族の姿は見えなかった。

 電車が駅を抜けると田舎特有のちょっとした町並みが見えて来て、後は田んぼが広がっている。


「この景色を見るのも暫くないのかぁ」


 窓枠に頬杖を着きながらただ流れていく景色を眺める。

 もうすぐ田んぼの平原も終わりそうな時、ふと沢山の人の姿が見えた。


「あぁ……もう、こんな事しないでよ恥ずかしい……」


 ほんの一瞬だけ。電車の速さで横切ったけど、誰がそこにいたのかはすぐにわかった。

 私が必死に堪えていると、スマホからメールの通知音が聴こえてくる。

 私はバックからスマホを取り出すと、送られてきた言葉を見て、堪えていたものが一気に溢れ出てきた。


「もう、ズルいよこれはぁ……」


 最新の通話アプリを使えない父さんから、唯一使えるメールアプリで送られてきた一枚の写真。父さんや母さん、そして学生時代に仲が良かった皆が写っていた。

 皆が持つ横断幕には『頑張れ!』のカラフルな大きな文字。

 そして写真に添えるように、父さんの言葉も送られていた。



「これから突き進むあなたへ。どこへ行っても、一人じゃないからな」

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エール 大将 @suruku

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