かに、さる
あにょこーにょ
第1話
「次のニュースです。午前十時頃ムカ市の閑静な住宅街で男性が死亡しているのが発見されました。警察によると遺体は白骨化した状態で見つかり、死後数か月以上経過しているものとみられ、警察は経緯を捜査しています……」
猿田は、腹が減っていた。何せ、四日間、水しか口にしていないのだから。猿田はぐったりとガラス窓にもたれかかる。
お。あれは……。
蟹原がコンビニの袋を持って歩いているではないか。蟹原は必ずコンビニでおにぎり三つとお茶を買う。猿田は、窓を開け、
「手品の種とそのコンビニの袋を交換しようじゃないか」と提案。
「だめだ。だって俺も腹が減っているんだ」
「おにぎりは食べてしまえばそれっきり。手品の種はもっていれば披露するたびお金が入る。しかも、俺はもう手品ができない、安いもんだろ」
猿田は、握りこぶしををぱっと広げた。蟹原は目を見開く。
「わかったよ」
「そのかわり、もしもお前に金がはいったら俺にも少しは分けてくれよ」
家に帰ると蟹原はさっそく「種も仕掛けもありません」と歌いながら手品を練習し始めた。手品がこなれてきた蟹原は、手品を地域のイベントで披露することにした。
「種も仕掛けもありません」
見たこともない手品を見た観客は大盛り上がり。そこに来ていたテレビ局を通じ、テレビ出演。大人気手品師となったのだった。
しかし、問題があった。いつもいつも、同じ手品ばかりしているわけにはいかなくなったからだ。
猿田から電話がかかってきたのは、そんな時だった。
「蟹原、おめでとう。俺の言った通りだったろ」
「ああ、感謝してるよ」
「だけど……お前、俺が教えた手品ばっかりじゃないか」
「……。猿田、教えてくれないか、他の手品も」
「別に教えてもいいが……。ただで教えるわけにはいかねえぞ」
「頼む。頼む、なんでもする」
「ほう、本当か?」
「ああ」
蟹原は、猿田の交換条件をのんだ。
怒ったのは蟹原の子供達だ。
猿田に手品を教えてもらってから、父は変わってしまった。堅実に役所勤めをしていた父親は、酒も、たばこも、ギャンブルもしなかったのに。
けれど、今はどうだろう。兄と妹は嘆くしかなかった。金遣いは荒くなり、酒に酔うと家族に暴力をふるう。一刻も早く、昔の父親に戻ってほしいと思っていた。
兄妹は、ある一つの昔話を思い出した。話の通り、栗と臼と蜂と牛糞を家に呼び寄せた。殺人計画を伝えるために。
猿田の留守中に侵入、それぞれの定位置につかせる……。殺人計画は完璧なもののように思えた。
兄妹達が猿田の家に行くと、ちょうど猿田は外出中であった。このことは、兄妹達にとって、よく知っていることだった。いつも、夕方四時から四時四十分までは、家にいない。
栗と臼、それから蜂、牛糞はすぐに計画実行の下準備にとりかかる。この計画がうまくいけば、褒美をたんまりもらえると、約束されているのだから。
蟹原兄妹は、猿田の家の近くの茂みで、見守っていた。手のひらに汗がにじむ。脇と背中から、冷や汗が流れる。
ざっ、ざっ。
兄妹の背後に、足音と大きな影が伸びる。二人は、息を押し殺した。影は少しの間、背後で止まっていたが、何もなかったかのように動き始めた。
猿田が買い物袋を手に提げて、ドアを開けた。兄妹から見えたのは、そこまでだった。家の中に入っていくと囲炉裏で身体を暖めようとすると、熱々に焼けた栗が体当たりをして猿田は火傷を負い、急いで水で冷やそうと水桶に近づくと今度は蜂に刺され、吃驚して家から逃げようとした際に、出入口で待っていた牛の糞に滑り、転倒するはずである。
猿田が、家から出て来た。猿田の頭上には臼がある。臼が落ちて、どすんという音が聞こえた。
完全に、計画通りだ。自分たちの手を汚さずに、きっと証拠も残らないだろう。
しかし、残念だったな、と兄は言った。陽は落ち、まっくらやみで、兄妹は猿田の最期を音で判断することしかできなかったのだ。
「さあ、帰ろうか。あんまり夜に出歩くのは物騒だからね」
「うん、はやく帰ろう。わたしおうちに帰って早く眠りたいわ」
「ああ、僕もおんなじことを思っていたところだよ」
「これでよかったのよね。父さんは……」
「ああ。きっと父さんは昔の父さんに元通りさ」
先に立った兄が、妹のほうを見て、そう言った。
ぎゃっ。
兄の苦しげな声に、妹は振り返る。
そこには、臼につぶされたはずの猿田の姿があった。奇妙に曲がった指先が、兄の首を絞めている。猿田の顔は火傷で赤くなり、頬は蜂に刺されて膨れ上がり、擦り傷だらけであった。
そして、おぞましい姿の一人の男は、にやりと笑い、口を開いた。
「種も仕掛けもありません、これが新しい手品です」
かに、さる あにょこーにょ @shitakami_suzume
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