第18話 終末、わたしは魔女とごはんを食べる
「雨って……しかもザーザー降りなんて、どういうことですか!!」
天に向かってイデアは大声を出す。
流星群のピークを迎えると予測した今日、本来であれば少し遠出をしてイデアと星を観測する予定だった。昼間までは汗が止まらないくらいの快晴であったが夕方になるにつれ気温は下がっていき、ついには雨も降りだした。悪天候は加速を止めることなく、現在は豪雨と呼んでいいほどの酷い雨へと移る。
相当楽しみにしていたのだろう。イデアは涙目になりながらも玄関から少し出たところに立ち大声で自分の気持ちを届けようとしている。
周りが何もない地域で良かった。見た目がいいとは言え、完全に奇行だ。
「扉閉めて、家に入りなさい。あーー……床がびちょびちょ」
「嫌です、諦められません!! 今こそ、わたしの魔法の力が発揮されるときです!」
「全然『ぱぁ!』ってなってないじゃない。そういう時にしか使えないんでしょ」
「こんなことなら、もっと魔法について勉強しておくべきでした……!」
「く……」とか「うぅ……」とか言葉にならない声を上げながら、過去の自身に恨みごとを言っている。確かにこれだけの蔵書があるんだから(しかも魔力の譲渡の仕方なんていうマニアックな本まであった)、不安定な魔力を安定させる指導書なんてものも存在するかもしれない。
「エルン。なんか良い方法はありませんか?」
そして恨みごとを言い終わったのか、私の方へ身体を向け涙目で問う。
とりあえずイデアを家の中に引き入れ、扉を閉める。
それっぽい方法が思いつかないことはない。だけど天気を変えるなんて不可能なことだ。
「エルン~」
「……ちょっと待てて」
濡れた子犬が甘えた声を出して擦り寄るようにイデアは私へ顔を近づける。
こんな可愛い顔をされたら策を提案しなければならないじゃないか。
不可能だとしても試してみなければ分からない、と前向きに捉え必要な道具を取りに2階へ上がった。
目的の物はすぐに見つかり二つを持って1階へ降りる。
不思議そうな顔をしていたが、説明は後回しにして持ってきたレインコートを着せ、フードを被せる。首元に髪用とは違う赤のリボンを首が絞まらない程度にゆるく巻き、リボン結びをした。
「てるてるイデア」
これもどこかの国の風習。てるてる坊主の言い伝えをイデアへと説明する。
こんな形の人形を作り、晴れを願うとのだと。これはただの気休めかもしれない。だけど『もしかしたら』は試してみないと分からないのだ。
イデアもこのおまじないを本気で信じ、「なんだか雨雲を動かせるような気がします」と言っている。
再び扉を開けて、イデアは外へと出る。
レインコートを着せたため雨を弾き、イデアは最低限の被害にしか合っていない。
空へ両手を上げ万歳のようなポーズを取り、言葉を放つ。
「晴れましょう!!!!」
ガラガラガッシャーン!
「わひゃぁっ!」
「ふぇっ!」
イデアが何の捻りもない呪文を唱えると、反発するように雷がどこかに落ちるような音が響く。あまりの威力ある音に私も反射的に声を上げてしまった。
彼女は雷におびえてすぐさま家へと入り
「心臓が止まるかと思いました……」
と震えながらに呟く。彼女の息は荒く、申告されなくてもあの一瞬で恐怖を感じたことが伝わって来た。
「これ以上やったら台風が来るかもね」
「うぅ……」
まだ少し声は震えている。雨を止ませるのを諦め、今日はもう外に出ないだろう。
「折角のエルンとの約束だったのに……」
少し目を落としながらぽつりと呟く。
イデアが必死に晴れさせようとしていたのは流星群が見たかっただけではなく、私と一緒に行くからという理由もあったのだろうか。私との時間を楽しみに……大切にしてくれていることに、さっきとは違う理由で少しだけ鼓動が早くなった。
イデアに被せたレインコートのフードを下ろし、巻いたリボンを解く。
雨は防げたからといっても着たままでは体温が下がってしまうから。イデアはされるがままに私の動きに従う。レインコートを脱がし終わったところで一つ提案をした。
「約束の結び直しをしましょう」
こんな発想今まではできなかった。前までの私だったら、やっぱり確約のない楽しみなんて作るもんじゃないと悲観的になっていたと思う。
だけどイデアなら信じられる。この子となら、永遠に続く未来が想像できる。
「少し先になるけど、肌寒くなった頃にまた流星群が来るから。その時が来たら今度こそ一緒に行きましょう。今より乾燥しているから、もっともっと綺麗な空が見られるはず」
イデアは言葉の代わりに小指を立てた手を私へと伸ばす。
「ゆびきり、してください」
「不安?」
「いえ、エルンは約束を破らないのは知っています。ただしてみたかっただけです」
「変な理由」
イデアとは反対側の手の小指を伸ばし、彼女の指と絡める。
「約束」
「約束です。嘘ついたら、美味しくないごはん作りますからね」
「私はいつも約束を破っていたの……?」
「あああーー、大事なときにそうやっていじわる言う!! そういう心ない言葉を言い続けるといつか拗ねちゃいますからね」
「ごめんごめん。イデアは上手になったね」
ぐー
「…………あ」
「エルンってば、可愛い」
目を細め、バカにした顔で私のことを見る。ごはんの話をしていたからお腹が空いちゃったのですか? とからかいの言葉を私へとかける。
耳が熱くなるのを感じた。耳の横の毛を整える振りをしながらうるさい、と答えるとイデアは小さく笑い、話を続けた。
「今日は何が食べたいですか?」
イデアから今日の夕食のリクエストを聞かれる。
最近では三回中一回は美味しいものを作れており、最初のような苦痛な時間ではなくなっていた。
今日は朝、昼とでまずまずな出来だったから、夜は美味しいものが作れるだろう。
だから期待を込めて、二番目に好きなメニューを口に出す。
「シチュー」
「シチュー。……承知しました!」
イデアは笑顔で敬礼のようなポーズをして私のリクエストを受理する。
先日買ったエプロンをして、鼻歌を歌いながらキッチンへと向かっていった。
あと何回、イデアとのごはんが食べられるだろうか。彼女とはずっと一緒にいるつもりではあるが、明日何が起こるかは分からない世界だ。今日の当たり前が明日にはそうでなくなってしまうかもしれない。
それでも、いつか来る終わりを恐れてばかりでは、後悔がつきまとってしまう。だから恐れるのは辞めて、イデアとの幸せな未来だけを想像しよう。
だって私はイデアのことを信じているから。
明日はハンバーグが食べたい。
そうして
〈了〉
終末、わたしは魔女とごはんを食べる 黒木蒼 @ao_k67
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