最終話 記念時
それから数日して私は退院した。既に彼女は私の番号とかラインをブロックしもうほぼ彼女と会う手立ては無くなった。それに学校に直接会いに行くなんてことはできなかった。後輩の二人と顧問に五体投地ばりの謝罪をした。後輩はまた来年も出ますから、そんなことを言って私を怒る、とかは無かった。
そして退部を迎え、私はどこかその心を晴らすかのように勉強をしていた。大きな夢ができた。医者、自分を救ってくれた医者になりたかった。最初は産婦人科になりたかったが男が産婦人科医で悪くは無いのだが、正直女医さんより疑いを持たれやすいだろう、と考えたからだった。もちろんそんなものが簡単に叶うなんて思わなかったし、結局のところ国公立の医学部なら最底辺とか呼ばれる大学へたどり着いた。
「そういえばお前医学生の癖して一人も彼女いないんだろ? おもしれえ」
「一人いたよ。まあ、お前のようにとっかえひっかえして面白いんか?」
「だって医学部生ってだけで死ぬほどモテるんだぞ? フルに使って何が悪い」
「そうか」
「で、さっき言ってたけど一人いたってホントか?」
「ああ。まあ高校時代に」
「へー。じゃ、俺はデートの予定あるから」
「お疲れー、留年しないように程々にな」
私は三回生になったがあれから一回も彼女に会ったことも無ければ会おうとも思わなかった。どうしても彼女が拒絶しそうでそれで彼女の精神を傷つける真似だけはしたくなかった。
それからしばらくして国試もゼロ留で通り、数年大学病院で働いたのち、新宿にある病院に就職したい、と望むようになった。理由は簡単で彼女のような人たちを救いたいと思ったからだ。東京の、特に新宿には少年少女の溜まり場があり、そこでは子どもたちが大人の餌食にされていた。何度も行われる締め出し作戦は対症療法でしかなく、数か月もすれば別の場所が溜まり場となる有様だった。だからこそそこで泣いている子どもたちがいる。それを救いたいなんて幻想でしかないけれどそうしたい、それが彼女へのある意味の償いだと思っていたからだ。
初出勤日、私はその病院を訪れ院長から挨拶を貰った。
「救急科でこれから仕事をしてもらう若野君です。挨拶を」
「はい。若野基樹です。救急の方で働くことになりました。専門は外科系で、まだまだ未熟ですがよろしくお願いします」
私はこれから一緒に働くことになるだろう同僚の中にある人影を見つけた。その人物は驚きの顔で私を見つめている。その人影に声をかけようと思っていたが緊急対応が二つもあってそんな暇は無かった。
緊急措置が終わり「一日目で災難だね」と言われ少し休憩を摂ったら、と私は休憩室でコーヒーを飲んでいた。
「基樹君」
「夢果たせて良かったな」
「……あの時のこと怒ってる?」
「いいや。あれからそっちはどう?」
「ごめんね、なんていえば良いのか……」
「そんなの気にしないよ。あれから襲われたりしてない?」
「うん。この後当直だったりする?」
「明日が当直だよ。入ったばっかだから仕方ないか」
「じゃあ、ちょっと一緒にどこかで食べない?」
驚きだった。まさか彼女と再会するなんて夢にも思わなかったから、それ以上に彼女が今まで生きて居られて安心した。
「この病院には何年いるの?」
「去年からで産婦人科。やっぱり中絶とか、病気の相談とか来るよ」
「そうだ。あれから検査したの?」
「うん。運良く罹っていなかった」
「そっか、良かったじゃん」
「ねえ……少しだけ良い?」
「うん」
「私は基樹君のこと、本当は好きだよ、でも約束また破っちゃいそうで……」
俯く彼女の顔を上げて私は彼女に言う。
「俺は七海が好きだよ。だから改めて言わせて。俺と付き合ってください」
彼女は少しの沈黙の後
「約束、絶対守るから」
彼女はそう言って私と彼女は一〇年ぶりに恋人同士に収まった。今の時刻は夜九時半で彼女は新しい記念時ができたね、と笑った。これから二人失った時間を取り戻せるかは分からないけれど、取り戻せなくても一生彼女の隣にいよう、と心に決めた。
夜三時半までは かけふら @kakefura
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