【短編】口からデマカセといきましょう

夏目くちびる

第1話

「ねぇ、大事な話があるんだけど」



 きたきた。



 今年も、この季節がやってきた。冷たい雪とからっ風が息を潜め、ピンク色の鮮やかな香りが咲く季節だ。なんとなく、今日を一年の始まりの日と言ってもいい気がしてしまう。それくらい、気持ちの良い一日なのである。



 つまり、エイプリルフール。



 今日だけは、何を言っても嘘で片付けられる。騙された方が悪いだなんて、非人道的な言い訳を押し通すことが出来る。だから、彼の言葉だって、すべてが嘘だと分かっている。むしろ、先手を打って彼に言えなかったことが悔しいくらいだ。



 受けましょう、挑戦を。



 鮮やかに、軽やかに、艶やかに。私は、彼に嘘をつく。いつもいつも、困ったことばかりする彼に嘘をつく。どうしても目で追ってしまう姿に、しかし恥ずかしくて言えないセリフが目を見て言える。



 覚悟しなさい、鈍感ヤロー。



 今日の嘘を忘れられず、『実は本音だったのかもしれない』だなんて、あり得ない妄想で悶々とさせてやるんだから。



「奇遇だね、私もあなたに用事があったんだよ」

「あぁ、そうなんだ。なら、そっちの話を先に聞こうか」



 ふふっ。



 先手必勝という言葉を知らないのかしら。こういうのは結局、言った者勝ちだと相場は決まっているのだ。



 弁証法をご存じないだなんてダメダメね。あなたはもう、私の嘘への反応が、如何にも童貞らしくならないように考えるしかないのだから。隙を見せたあなたの愚かさを、精々後悔することだわ。



「実は、私、あなたのことが好きなの」

「え? あぁ、そう」



 ……なによ、その微妙な反応は。



 もしかして、少しばかり嘘のパワーが低過ぎたのかしら。ジャブにしては、そこそこいいのを放った気がしていたのだけれど。まさか、突拍子もない言葉に舞い上がって何も言えなくなっちゃったとか?



「別に、知ってることを今更ここで改まって言わなくてもいいよ」

「えっ!?」

「きみ、俺のことずっと好きでしょ。具体的に言えば、一昨年の夏休みにみんなで花火を見に行ったときから好きでしょ」

「は、はぁ!?」

「きみが逸れたとき、俺が探しに行ったら泣きそうな顔で喜んでたし。あの時『あぁ、俺が見つけられてよかった』って思ったよ」



 な、なんだこいつはぁ!?



 ……いや、落ち着きなさい。私。



 今日はエイプリルフールで、彼の頭がいいことだって分かっているではないか。ならば、彼が私を激しく動揺させるためにカウンターを打ってきたと考えるのが妥当ではないか。



「な、な、何を言ってるのよん! 勝手な妄想しないでくれる!?」

「妄想とは心外だな。俺は、いつも見ている女の子の気持ちを間違えるほど鈍感じゃないよ」

「いつも、見ている……?」



 だから、落ち着け私! 今日はエイプリルフールだ!



「それで、好きだから何なの? 俺になにかして欲しいの?」

「なにかして欲しいって言うかぁ。いや、違うなぁ。私が欲しかった反応と違うんだよなぁ」

「なら、どうすればいいのさ。仮に、きみが俺を好きなことを今知ったとしても、発言に大して違いはなかったと思うよ」



 それは嘘だ。



 だって、告白なんてされたら普通はビックリするもん。



「もっと、こう、あるじゃないですかぁ。ねぇ?」

「ないよ。だって、大好きな女の子に告白されたらどうしていいか分からないもの。俺は、キザなセリフで喜ばせることも、大袈裟に驚いて滑稽な姿を見せることも、どうせ出来なかったと思う」



 ……きゅう。



「どうしてほしいの?」

「も、ももも、もういいデス。ハイ。私が悪かったです」



 先手必勝なんて絶対に嘘だ。この男は、きっとどんなことを言ってものらりくらりと嘘を重ねて私の嘘を飲み込んでしまう。誤解だろうが、誤解でなかろうが、どちらに転んでも私を困らせることを言うのであれば、何かを言うことそれ自体が必敗の条件になってしまうではないか。



 ズルい。



 嘘をつき慣れているということは、きっと女慣れしているということだ。慣れるほど女と遊びやがって、まったくもって不潔な男だ。そして、もっと不潔なのは今日の彼はきっと別の女にも同じように嘘をついて封殺していることだ。



 まったく、男ってのはこういうところが汚ねぇよなぁ。



「……あぁ。そういえば、去年も普段はお淑やかなきみが饒舌になった日があったね。確か、ちょうど一年前だったっけ」

「そ、そうでしたかぁ?」



 裏声になってしまった。お願いだから、これ以上私を辱めないで。



「そうか、エイプリルフールか。なるほどなぁ」



 妖しく笑う彼は、どこか納得したような雰囲気だ。すべてを看破されてどうしようもなくなっているというのに、またしても巧妙な嘘を言われてしまったら、今度こそ私は変になってしまうかもしれない。



 ……あれ?



 彼は、今、エイプリルフールだってことに気が付いたのか?



「俺の用事は明日にしておくよ。今日は、何を言っても嘘になってしまう日みたいだし」

「ちょ、え!? どういうこと!?」

「あぁ。そういえば、後輩の女の子に誘われていたんだった。多分、嘘をつかれるんだろうね。何か、面白いリアクションでも用意しておいてあげた方がいいかな」



 女ぁ?



「ちょっと、その後輩とはどんな関係なのよ」

「教えない、きみが嫉妬するから」

「嫉妬なんてしないわよ! というか、私があなたのことを好きだって前提で話を進めるのやめてくれる!? エイプリルフールだから! 今日はエイプリルフールだから!」

「ふふ、うそつき」



 そして、彼は用事とやらを済ませずに教室から出ていった。



 嘘にしてはいけないこと。それを言われる明日まで、私はどんな顔をしていればいいのかサッパリ分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】口からデマカセといきましょう 夏目くちびる @kuchiviru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ