第18話 別ファイル

「――って、わけ。こういう流れで、俺はこれからはジャックとパーティを組むことにしたんだ」


 ジャックが報告に行っているその日、俺はガイの病室で、椅子に座り、これまでの顛末を語って聞かせた。ガイは上半身を起こして、両頬を持ち上げると頷いた。


「なるほど。それなら安心だぜ。いやぁ、お前がこれからどうするのか、ずっと俺は気になってたんだ。ただ、これからは別の意味で気になるな」


 そう言うと、ガイが豪快に笑った。

 既にすっかり元の通りの様子に戻ったガイを見て、俺は頷く。


「どんな冒険が待ってるか、正直ワクワクしてる。暫く動いてなかったから、今回の攻略も、楽しくもあったんだよ」

「そうか。ま、お前は冒険者が天職みたいなもんだからな」

「よく分かってるな」

「俺はお前の相棒だぞ? いや、『元』か」

「――『上書き保存』は、ないんだ。別ファイル」

「ファイル?」

「いや、こっちの話だよ」


 そう言って笑ってから、俺はガイと少しの間雑談を続け、病室を後にした。そして借りている家に戻る。ここ数日は、自分の家に帰宅中だ。


「ん?」


 すると扉の前に立っている、ジャックの姿があった。


「ジャック!」

「やっぱりこちらだったか。戻ってきたから、真っ先に報告したくて」

「おかえり。中、入れよ」


 柔和に笑ったジャックを、俺は家に促す。そしてリビングに行き、俺は飲み物を用意した。


「不思議だ。飲み物は美味しい」

「へ?」

「いえ。それよりも、聞いて欲しいことがあるんだ」


 ジャックはカップを傾けてから、まじまじと俺を見た。


「実は俺は、エドガーと冒険者になるために、騎士の職を辞すつもりだったのですが、辞さないことになりました」

「……そっか。まぁ、冒険者みたいな不安定な職より、騎士様の方が絶対安定してる」


 パーティは早速解消かと、俺は少し項垂れた。


「そういうことではなく、実はこの件を王太子殿下にご報告したら、密命を受けたんだ」

「密命?」


 話が見えなくて、俺は顔を上げる。


「レニー殿下のお言葉もあり、帝国は本格的にパズルの謎を解く事を決定しました。過去に何があったのかを知る事もまた、今後の魔族との関係を考える上でも役に立つという判断からです」

「そうなのか」

「今のところ、レニー殿下のご意見に従い、帝国自体は融和的に交流を結ぶ方針ですが、他の国々はまだ分かりません。その中で、どうせ旅をするのならば、パズルのピースを集めて、謎を解くようにと言う命を受けました。内々に、王太子殿下がバックアップして下さるそうです」


 ファイルという語彙はないが、この世界にはバックアップという言葉はある。

 色々と不思議なところがあるが、元がそういうゲームが土台なので、俺は深くは考えないことにしている。


「だから旅の目的を、パズルのピースを集め、古代から伝わる世界の謎を解くことにしてもらえないか? 全ての謎が解けると、世界が救われるという伝承もあるし」


 それを聞いて、俺は微笑した。そしてゆっくりと頷く。


「いいよ。第一、最初に世界を救えと言ったのは、エドガーだろ? まだその依頼は達成してない気がするし。だけど、どうしてレニー殿下を掬うことを、世界を救うだなんて表現したんだ?」


 俺が尋ねると、ジャックが神妙な顔をした。


「実は、皇宮に仕える予言の賢者が、『魔王の元にいるレニー殿下の言葉に触れる事は、世界を救うことと同義』と予言したからです」

「ふぅん」


 予言の賢者という存在は、少なくとも俺が知るゲームには出て来なかった。


「これから、一緒に頑張ろう、エドガー」

「うん、勿論だ。それはそうと、今日は夕食はどうする? なにか作ろうか?」

「――これからも、料理は俺が担当する。これは決定事項だ」

「そ、そっか?」


 随分とかいがいしい奴なんだなと、俺は改めて思った。ジャックは世話焼きだと、改めて考える。


「後日冒険者ギルドに行き、パズルピースに関連しそうな依頼を探す事にしたい」

「分かったよ。俺は明日にでも――」

「いえ、少しの間は、ゆっくりしましょう」

「悠長だな、ジャック」


 俺の声に、ジャックが優しい目をして笑う。


「王太子殿下と一緒に、アレク様がいたんだ」


 弟の名前に、俺は目を丸くした。すっかり忘れていたが、そもそもジャックは、アレクが結婚しやすいように、俺を実家に連れ戻すために、俺を探していたのだったと思い出す。


「そうしたら、一緒に俺が事情を話した結果、それを聞いたアレク様が、エヴァンス侯爵家に連絡を取ってくれて」

「うん」

「王太子殿下とアレク様に二人以上の子供が生まれたらその子を跡継ぎに、そうならなければ親戚筋から養子を迎えるとして、貴方のご両親が仰ったとのことで」

「そうだったのか」

「勿論、いつでも戻ってきて欲しいとの伝言を預かっている」


 それを聞いて、俺は胸が温かくなった。


「ただ、一度は顔を見せて欲しいと。なので、一度王国に行こう。改めて冒険を開始するのはそれからにしたいんだ」

「ああ……そういうことか」


 ジャックの言葉に、俺は納得した。


「分かったよ。俺が危惧していたことは起きそうにないし、一度帰るよ」

「危惧していたこと?」

「いや、その、なんでもない」


 勿論それは、破滅ルートへの突入だ。しかしそれは回避されたと分かる。代わりに俺は、第二作目へと通じる正式ルート、それも俺が主人公のゲームの道を進んでいるようだが。


 今のところ俺はジャックに恋をしていないので、BLゲームではなく、ただのRPGシナリオに変化している可能性もある。とはいえ、この世界に男しかいないのはれっきとした事実なので、いつか俺が誰かに恋をする場合も、それは同性となる未来しかないが、今のところ俺の初恋はまだだ。


「考えてみると、ガイ達の結婚式もあるし、この土地を発つなら、その後が良いな」

「ええ。ガイ様もその方が喜ぶはずだ」


 ジャックが頷いたので、俺も両頬を持ち上げる。


 このようにして、俺とジャックは、少しゆっくりとしてから旅立つ事に決めた。

 新しい冒険の始まりは、目の前にある。


 今後何が待ち受けているのかは分からないが、俺はそれが楽しみだ。ジャックという相棒が、今はともに隣にいてくれるのだから。



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BLゲーム主人公の兄である悪役、改め冒険者になりました。 水鳴諒 @mizunariryou

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