第17話 勘違いと今後。
それにしても、レニー殿下の独壇場であり、魔王の存在感は薄い。
可哀想なほどに、魔王はおろおろしながら沈黙している。ジャックはと言えば、それから小首を傾げた後、改めてレニー殿下を見た。
「お話は分かりました。ただ、皆が心配しております。一度、皇宮にお戻り下さい」
「連れ戻しに来たのは分かってるけど、そうしたら出してもらえなくなりそうで……」
「誓って俺が、魔王が今攻撃してこなかったことを証言します」
ジャックの声に、レニー殿下が頷いた。
「分かったよ。なにせこれからの主人公の攻めの言葉だしね! 悪いようにならないと信じてる。今後は、僕の方がどうなるのか、ストーリーをほとんど知らないから、僕は君達を信じるしかないんだよね」
そう言って笑ったレニー殿下は、とても儚くも愛らしく見えた。
「ただ今夜は魔王と打ち合わせをするから、明日もう一度来て」
「承知しました」
ジャックが頭を垂れたので、俺も隣で頷いておいた。
こうしてジャックと俺は、一度家へと戻ることにした。
「しかし驚きましたね」
戻るとすぐに、リビングに入るなり、紅茶を淹れながらジャックが言った。それは俺も同感であるし、内心では寧ろ俺の方が驚いていた自信がある。
「皇宮にはエドガーも一緒に来てくれませんか?」
「いいや、俺は待ってるよ」
苦笑して俺は首を振る。直後、自然と「待っている」という言葉が出てきた事を不思議に思った。なんだか、ジャックといるのが普通に変わっているようだと、改めて感じる。
「そうですか。では、俺は連絡用の魔導石で皇宮に連絡を入れてきます」
「うん。じゃあ昼食は俺が用意しておくよ」
「いいのですか? ありがとう、エドガー」
そんなやりとりをし、俺達はそれぞれの場所へと向かった。
俺は食料庫からじゃがいもやにんじんを取り出す。シチューを作る事に決める。包丁を取り出し、皮を剥きながら、ピーラーのありがたさが身に染みた。現実と調理器具が全く同じというわけではないから、なにかと料理も大変だ。
そう考えて一時間ほどし、シチューが完成した頃、ジャックがダイニングキッチンに顔を出した。
「できてるよ」
「良い香りですね」
こうして俺達は、昼食をとる事にした。
手を合わせて一口食べる。俺は俯き、首を傾げた。なんだかパンが欲しくなる味で、すぐにその気持ちの通り、パンを手に取る。
「なるほど」
不意にジャックが呟いたので、俺は顔を上げた。ジャックは何故なのか真顔だった。
「ん?」
「いえ」
「そうだ、味はどうだ? 実は、俺の料理を、ガイは不味いっていうんだ。あいつは味覚がおかしい」
俺がそう告げると、ジャックが一転して笑顔になった。
「個性的な味ですね」
「それってどういう意味だ?」
「そのままです」
意味は結局分からなかったが、パンがとても進んだ。もしかしたら、少し塩辛かったのかも知れない。ただ、ジャックは間食してくれた。すぐに食べるのを放棄するガイとは違った。
「ところで……」
すると皿洗いを買って出たジャックが、皿を洗いながら言った。視線は水に向いている。座ったままで俺はそちらを見た。
「無事に迷宮攻略は達成としていいと思うので、これで帝国からエドガーへの依頼は達成となります。貴方はもう、俺とパーティを組む必要はない」
考えてみると、そうなるのは当然だと気がつき、俺の胸が僅かに痛んだ。
なんだか寂しくもある。
「……今後はやはり、ガイ様と再びパーティを組まれるのですか?」
続けてジャックが言ったので、俺は首を振る。
「いいや、それはないよ」
するとジャックが俺に首だけで振り返った。
「やはり病み上がりかつ、事故があったからですか?」
「ん? いいや、あいつは元々、結婚式までの僅かな間、冒険者生活を楽しむと話していただけで、最初から引退すると話していたんだ」
今となっては、その話をした時が懐かしくさえある。
「だから、俺は……まぁ、ジャックとのパーティを解消したらフリーになる」
フリーで活動するのなんていつぶりだろうか。今回のジャックとのパーティは偶発的に勢いで組んだも同然だが、これからはまた、俺は自分の人生に自分で向き合わなければならないのだと思い出す。
「! ガイ様といつ挙式なさるんですか?」
「は? 『ガイ様と』って?」
不意に発せられた言葉に、俺はきょとんとしてしまう。するとジャックがしっかりと俺に振り返った。皿は手に持ったままだ。
「? ガイ様とエドガー様の結婚式ですよね?」
「はぁ!? そんなわけないだろ、俺達はただのパーティを組んでる、相棒だ。ガイが結婚するのはメリルだ!」
俺が医療院のそばに借りた家の大家でもある。
ガイと相思相愛のメリルにも、本当に辛い思いをさせてしまった。婚約者として紹介されたメリルは、ガイの事故のあとも、本当に俺によくしてくれた。ガイが惚れるのもよく分かる。
「……勘違いしていました」
「うん。酷い勘違いだな」
俺が素直に頷くと、ジャックが困ったように笑った。それから、気を取り直したように、今度は明るい表情になった。
「フリーになるのであれば、今後も、俺がパーティを組んでもいいですか?」
「お前は騎士の仕事があるだろ?」
「エドガーが強いのは分かっているのですが、なんだか放っておけなくなってしまって」
それを聞いて俺は首を傾げる。
「ん?」
「料理もそうだし」
「へ?」
何を言われたのか分からず、俺は首を捻る。するとジャックはそれには何も答えず、真剣な表情に変わった。
「――真面目な話をすると、エドガーがずっと寂しそうな顔をしていたので、気になっていたんです。出会ってからずっと。それが最近、少しずつ笑顔が増えてきた。それを俺は、自分のおかげだと思っています。自意識過剰かもしれませんが」
俺はそれを聞き、自覚があったので照れくさくなった。
「……自意識過剰なんかじゃない。俺は、ジャックのおかげで、一人じゃ無いって言うのがどういうことか思い出せたんだし」
「嬉しいです」
ジャックは素直に、俺の賛辞を受け取ったようだ。実際これは、俺の本音でもある。
「俺はエドガーを、もっと笑わせてあげたくて」
そう言って柔らかく笑ったジャックに対して、思わず俺は完璧に照れた。
ジャックは皿洗いを再開した。
「だから、よかったらこれからも俺とパーティを組んで下さい」
「勿論だ。お前さえいいなら。でも、敬語は禁止だ! それがパーティを組む条件だ」
「わかり……分かった。これからよろしく頼む、エドガー」
ジャックが再び俺に振り返る。俺は視線を合わせた。そしてどちらともなく破顔した。
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