第16話 魔王の前へ。


 こうして翌日、最終階に到達するための扉の前に、俺達は立った。

 俺はジャックと顔を見合わせる。


「無事だといいな」

「ええ。無事にお助けし、全員無事で帰還しましょう」


 頷き合い、俺達は鍵を用いて扉を開けた。

 そこは白を基調にした空間で、正面にはワインレッドの色をした長細い絨毯があり、それが正面の玉座へと続いていた。そして玉座には、一階の壁画にそっくりな、特徴が荏原とは異なる存在がいた。青年を膝に座らせ、抱きかかえている。


「レニー殿下!」


 その青年を見ると、ジャックが声を上げた。レニー殿下と呼ばれた青年は、驚いたように顔を向ける。少し垂れ目で、幼くみえる顔立ちだ。


「ジャック……」

「ご無事でしたか」


 ジャックが駆け寄りながら剣を抜いた。慌てて俺は追いかける。


「待って、違うんだよ、ジャック! 魔王は敵じゃないんだよ!」


 すると慌てたようにレニー殿下が声を上げて、魔王に抱きついた。魔王と呼ばれた魔族は、どこか物憂げな様子で、悲しそうな瞳でジャックとレニー殿下を交互に見ている。


「僕は自分の意思でここにいるんだ!」


 レニー殿下がそう言うと、ジャックが息を呑んだ。隣に追いつきそちらを見ると、ジャックが目を見開いている。


「どういうことだ?」


 俺はレニー殿下に問いかけた。すると、ギュッと魔王に両腕で抱きつきながら、レニー殿下が俺を見た。


「僕は思い出したんだよ。僕は、この世界の前世で、魔王と恋に堕ちたんだ。あの時も王族で、深く深く愛し合って。そのことを、僕は思い出したんだよ。その時、離ればなれになる時、魔王は約束してくれたんだ。僕を必ず迎えに行くと。魔王はそれを守ってくれただけなんだよ!」


 それを耳にし、俺もまた目を見開き、驚きと困惑に襲われた。

 確かに一階の壁画によれば、魔王は人間と恋に堕ちていた。


「レニー殿下は洗脳せれているのでは……?」


 ジャックが愕然とした様子で声を出す。当然の推測だろうと思いながら、俺は腕を組んだ。


「違うよ!」


 すると聞こえていた様子でレニー殿下が叫んだ。魔王は何も言わない。


「絶対に、相思相愛だったのは僕で間違いないよ! だって前世の前世でプレイしていた時そういうシナリオだったんだから!」


 続いた声に、俺はレニー殿下をじっと見る。


「ここはBLゲームの世界で、僕は開発者だったからテストプレイしたんだ!」


 そして驚愕し、最初その言葉を受け入れる事に努力が必要だった。

 ――開発者?

 ――テストプレイ?

 それは紛れもなく、俺が知る前世……現代の用語だ。


「隠しシナリオの通りなんだよ!」


 俺は、自分以外にも現代を知る転生者がいる事に心底驚いた。


「僕は魔王を愛してる」

「レニー……あ、あの……俺も愛しているとは思うのだが、俺はお前が話す不可思議な現代の話には、まだついていけていないんだ……」


 きっぱりと真面目な顔で断言したレニー殿下を支えながら、よく見ると魔王の方が困った顔をしていた。しかしレニー殿下が構わずに続ける。


「魔王は人間との戦いで封印されたんだ。これもシナリオの設定の通りだよ。僕の前世の記憶の通りでもあるし。あの時は、現代の記憶は無かったんだけどね」


 そう語ったレニー殿下は、一呼吸置いた。


「そして、強い魔族も青闇迷宮に封印されていたんだよ。青闇迷宮は封印するために人間が作ったんだ。この迷宮がまさにそうなんだよ。魔獣は、魔族を封印するために人間が生みだしたもので、魔族を排除するための平気なんだ。それがいつしか、伝承で魔族が生み出したことにされていたんだよ!」


 レニー殿下の言葉に、俺は顎に手を添えた。あり得ない話では無い。魔獣や迷宮を魔族が創ったという証拠はなにもない。知能ある魔族と魔獣は、人間と害獣くらい異なるようにも感じられる。


「僕の前世の前世の知識――メタ的な知識の限り、これはね、次回作のための伏線なんだよ!」


 ただ、続いて響いた声に、俺は呻きそうになった。

 間違いない、レニー殿下は俺と同じ転生者だ。


「続編のゲームはよりRPG要素を強く、魔王が復活して魔族の封印が弱まり、青闇迷宮として封印の痕跡が出現している設定だったんだよ」


 魔王の復活とは、なんとも王道のRPGらしいし、あってもおかしくはないと俺は思う。ちらりとジャックを見ると怪訝そうな顔で首を捻っており、魔王に視線を向けると、完全に泣きそうに見えた。それはそうだろう、転生者でなければ、何を言っているのか分からないに違いない。俺は魔王も不憫に思えてきた。


「主人公は前作の主人公の兄! 悪役令息! つまり、エドガーさんだった。貴方だよ!」


 だが続いた声に、俺は絶句した。ただその言葉を理解した瞬間、慌てて声を上げる。


「今、なんて? 俺が!? は!?」

「第二作目は、隠しシナリオが伏線だったんです。隠し攻略キャラのルートだけは、主人公がチェンジする。そして、それは第二作目に繋がる唯一のルートだったんです」

「え? 主人公がチェンジ?」

「そうです! 二作目からは本格的に変更になります。かつ固定CPのゲームで、エドガーさんとジャックさんの固定のBL要素を取り入れつつのRPG主体のゲームだったんです! 新感覚BLゲームです! エドガーさんとジャックの恋愛が見所!」


 最初俺は、何を言われているのか分からなかった。一瞥すると、ジャックは全く話に着いてくることができていない様子だ。それはそうだろう。カップリングやRPGなどという語彙は、この世界には無い。


 その場に沈黙が訪れた。少しして、ジャックが首を捻る。


「? 俺とエドガーが恋人になるという事ですか? 俺は歓迎ですが、残念ながらエドガーがお断りでしょう」


 そして吹き出した。冗談だと確信した様子で、ジャックが笑っている。

 しかし俺は、レニー殿下の話が事実だと確信し、思わず辟易とした。


 中身が俺なので、残念ながら恋愛には発展しないだろう。エドガーのことは、大切な相棒だとは思っているけどな。


「とにかく僕は、自分の意思でここにいるから、魔王は悪くないんだよ。悪い点を挙げるなら、みんなに無断で僕を連れ去った所くらいかも知れないけど、その時だって僕が一筆書き置きを残せば良かっただけなんだ! ゲームの展開通りなのが嬉しくて、役になりきろうと真面目な顔で攫われた僕が全部悪いんだ!」


 レニー殿下の声に、俺は頭痛を覚えた。


「それと僕は、人間と魔族の和解を促したいんだよ。今、実はこの塔の地下に、封印が解けた魔族の街があるんだ。それに魔族と人間の和解までが、ヘキサグラム・パズルの無印、つまり第一作の真のエンディング、隠しルートのラストなんだから」


 俺はそれを聞き、もう何を言っていいのか分からなくなった。だが、今後の展開がもし本当に俺が主人公の物語なのだとすれば、ここで聞いておかないと色々と大変だと考える。なにせゲームは続いていく様子だ。


「ちなみに、何作まであるんだ?」

「全六作だから六芒星ヘキサグラムなんだよ。無印では既に完成しているパズルが一つ、二作目からは残りの一つつずつ完成させていくストーリーだよ。僕も全ては知らないけど、シナリオ概要ではそう読んだよ」


 結構な長編ではないかと、俺は引きつった表情をしてしまった。




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