けして朽ちることのないわたしたちの青い星
シウマイ次郎
けして朽ちることのないわたしたちの青い星
宇宙人がこの星に侵攻してきたのは、今から五年前のことだった。
なんでも、もともと住んでいた星が隕石か何かで滅亡の危機に瀕し、新たなる住処を求めていたとか。
宇宙人と聞けば、足が何本も生えているタコもどき的なものを想像してしまうが、実際のところこの星に降り立った彼らは、私たちとそう変わりない見た目をしていた。
違うところと言えば、髪の色と瞳の色、そして文明がすこぶる発展していることぐらいだろうか。
彼らは、まだ私たちが発見にも至っていなかった未知の星から、気の遠くなるような距離を巨大な宇宙船で泳ぎ、超未来的な技術を携えてこの星にやってきた。
きっと未来を生きている彼らからすれば、私たちなど、太古を生きるお猿さんも同然だったのだろう。
実際、彼らの持ち込んだ技術は私たちの目には魔法の様にしか写らず、この星の技術者を仰天させた。
本当に、とても魅力的な技術だった。
けれど、私たちには私たちの文化があった。
遅れた文明であっても、彼らに侵されて良いものではなかった。
宇宙人がこの星にやってきて五年。
最初こそ星を挙げてのお祭り騒ぎだったものの、高飛車な態度を続ける彼らに、私たちの興奮は冷める間もなく鬱憤に変わり、今や両者の関係は日に日に悪化の一途をたどっていた。
***
宇宙人のばか。
そう呟いて私は持っていた缶ジュースをぐびりと呷った。
甘ったるいエキスが脳をピリリと刺激する。
宇宙人の持ち込んだ飲料水はどれもこれも電子の味がする。
悪趣味だ。
ひっきりなしに鳴き続けるセミの声に、体の中が振動するような感覚を覚える。
頭上に広がる色の濃くなった青空が、嫌というほど夏を主張していて、見ているだけで暑苦しい。
校庭で昼食を食べている生徒の笑い声が、屋上にいる私にはやけに遠く感じた。
私は屋上の柵にもたれて遠くに見える街を眺めた。
宇宙人の作った街は、どこか現実離れしていて、そこだけ切り貼りしたような異空間に思える。
周りの街と比べてみると、まるで時空が歪んでいるようだ。
私は街から目をそらし、もう一度ジュースを口に含んだ。
「まずい」
自分に言い聞かせるように一音一音はっきり発音して吐き捨てる。
「そうかな?」
ふいに後ろから声がし、びっくりして私は飛び上がった。
慌てて振り向くと、当の声の主は、
「びっくりした?」
と、からかうように首をかしげ、口角を上げた。
その動きに合わせて髪がさらりと揺れる。
三年前にこの学校に転校してきた彼女は、宇宙船に乗ってはるばるやってきた宇宙人の一人だった。
「何の用?」
私が問うと、彼女は持っていたビニール袋を掲げ、
「お昼、一緒に食べようよ」
***
「それ、まずい?」
彼女が購買で買ったパンをかじりながら私の持っている缶ジュースを指さして言った。
「まずいよ。飲んでたら頭がびりびりして洗脳されそう」
「じゃあなんでいつも飲んでるの」
彼女の言葉に、ふと考える。
なぜ飲んでいるのだろう。
たぶん。
「たぶん、まずいって言うために飲んでる。まずいって言いたいんだ、私」
宇宙人の作ったものを。
私の返答に、彼女はふーん、と興味なさげに返し、先ほど私が眺めていた遠くの街並みに目を向けた。
「それにしても、相変わらずあそこはすごい街だね。」
「あんたから見てもそうなんだ」
「そうだよ。あたしはここぐらいの田舎の方が落ち着く」
ちょいちょい、と人差し指を下に向けて動かし、ここぐらい、を表現する彼女に、私はついため息をついた。
ここだってあんたらが来る前はわりかし都会だったんだけど。
「転校は明日、だよね」
私が言うと、彼女の顔がかすかに曇った。
民族間の関係に回復の兆しが見られない今、この星の学校に彼女が通い続けることは難しかった。
彼女は明日、この学校を去るのだ。
少しの間、沈黙が続いた。
彼女から目をそらし、何か言葉を紡ごうと口を開いたその時、背中にずしりとした重みと、確かな熱が乗った。
後ろから私に抱き着いた彼女は、半袖から露になった白い腕を私の腕に絡ませた。
肌と肌がぴたりと触れると思いのほかひやりとした感覚が伝わる。
きっと、体にまとわりつく熱気が体温に勝ったのだ。
水分を含んだような、生きた冷たさだった。
屋上の蒸し暑い空気が、少しの間どこかに逃げたようで、心地よかった。
「何度見ても、綺麗な髪」
私の髪を見て彼女が言う。
吐息が首筋にあたってくすぐったい。
「あたしも、青色に染めたらこの星の人間に見られるかな」
そんなことをして、なにになる。
「私はあんたの黒い髪もいいと思うけど」
「そうかな」
彼女はどこか自嘲的に微笑んだ。
私はためらいがちに言う。
「じきに、戦争になるのかな」
「かもね」
「そうなったら私らに勝ち目なんかないよ。あんたらに勝てるわけないもん」
おどけたように言ったつもりの言葉には、あふれた不安が少しばかり滲んでしまった。
彼女がこの学校を去って、そうしたらもう一度会える日は来るのだろうか。
気まずそうに、何も言わずにうつむいている彼女に、私は語り掛けるように問いかけた。
「ねえ、チキューってどんな星だった?」
地球。
くらくらするほど遠い星。
そして、おそらく今はもう粉々になっている彼女の故郷。
そうだなあ、と少し思案した後、彼女は顔を上げ、目を細めて空を見た。
「青かった、かなぁ」
なんだ。
「この星と同じなんだ」
「うん。本当にそっくり」
「そっか」
体を反らして、残っているジュースを一気に口に流し込むと、視界には抜けるような青空が広がっていた。
私の髪と同じ色の、、、。
けして朽ちることのないわたしたちの青い星 シウマイ次郎 @sanmoji3
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