第一回さいかわ卯月賞 大賞について
第一回さいかわ卯月賞にご参加いただき、誠にありがとうございました。
主題、開催時の宣言通り、「犀川の独断と偏見と気まぐれ」の結果、下記を大賞とさせていただきます。
春に咲くおじさん/しぇもんご
https://kakuyomu.jp/works/16818093075103731317
(敬称略)
個別評
「春に咲くおじさん」 しぇもんご卯月賞者
冒頭部の「上野公園のおじさんが……(中略)……見せもんじゃねえしな」までを読んで、思わず書斎の天井を見上げながら、机を軽く叩いてしまいました。同時に漏らした言葉は「まいった……」で、わたしはあくまでも選者として読んでいるはずだったのに、いつのまにか作家としての本音が出てしまったのです。同時に選者としてのわたしは、「これは少なくとも何らかしらの賞であることは決まったな」と思いました。冒頭部以降もクオリティは担保されているだろうことが確信できましたので、正直なところを白状しますと、「(具体的に賞を決めるまでは)以降は別に読まなくてもいいかな」と思って、他の作品を読み始めたくらいです。
しかしながら、「春に咲くおじさん」の真の素晴らしさは、「おじさん」という一般ウケしないテーマで書いた勇気でも、春におじさんが咲くという奇抜な発想でもなく、後半から展開される、おじさんに自分の父親の背中を見た「私」とおじさんという不思議な植物(?)との心の交流にあります。「普通の上手な作家」であれば、「おじさんが咲く不思議な話」だけで十分な評価を得られると思いますが、しぇもんご卯月賞者はそこに人間ドラマまで入れてきました。これはアマチュアを逸脱したレベルの作品であり、「コレと同じクオリティの現代ドラマを書け」と、もしわたしが言われたら、ちょっと尻込みしてしまいそうです。ちなみに、わたしが内部で採点していた評価では、最終選考対象者の中で唯一トップであるB+(アマチュア作家としてほぼ満点)でした。
冒頭部の非凡さを解説しますと、まずは「上野公園のおじさんが一斉に伐採されたのは今から二十年前のことだ。」で、おじさんという、少なくともポジティブではない存在ととんでもない状況を読者に受け入れさせています。次に「花見客に混じって気まぐれに金言めいたことを言うおじさんを皆が面白がり」の部分で、おじさん「らしさ」と「ダサ面白さ」を一気に表現しています。更に「桜は春しか見られませんが、おじさんにはいつでも会えるでしょう」という発言に、いかにも件の女性都知事が(マスコミ相手に)笑顔で切り返しをしている姿が想像でき、おじさんが伐採されてしまう理由への深い追及を見事にかわしています。そして最後に、「構わねえよ。もともと見せもんじゃねえしな」とおじさんのニヒルさとやや低めな自己肯定感を表現しております。この冒頭部において、わたしはこの世界のほとんどを真剣かつユーモラスに受け取る事ができました。ここまで解説をすれば、わたしが冒頭部だけで「勝負あった」と思ったことは、不思議ではないと理解してもらえると思います。是非とも一度、上記のリンクから冒頭部のみ読み直してみてください。縦組み表示で読むとさらに「凄み」を感じると思います。
以降、真髄に至っていくわけですが、話の展開の上手さや面白さが何度もこれでもかと襲ってきます。私がおじさんを育てて三年目におじさんは咲きます。決め手は「父に渡すはずだった編みかけのマフラー」でした。ここで「おじさんは人(あるいは父親へ)の想いによって咲く」ということを暗示しました。といいながらも、咲いたのはおじさんのきまぐれかもしれません。ですが、そう思いたくなるような話が続いていきます。また、主線とは関係ありませんが、「四季報」「SDGs」「せったーの7みり」などの小道具を計算で使用しているところも、アマチュア作品ならざる感があります。
ここから、就職活動がうまくいかない私と、どこか偉そうで他人事でありながらも娘を思うような口調のおじさんとのやりとりが続きます。私は会話でも地の文でもおじさん相手に小気味よくツッコミを入れながらも、おじさんに父を重ねるように八つ当たりするという「甘え」を出していきます。流れが非常に自然であり、人間くさくて最高です。おじさんもおじさんで、「いかにもおじさん」という性格や言動をしていてクスリとさせてくれます。冒頭部の「金言めいた」のめいたが本当にめいた感があって効果的に表現されていて、しぇもんご卯月賞者の観察力と表現力の凄さを感じました。
クライマックスにはとても心が震えました。おじさんが暗に「自分をネタに使え」という不器用すぎる不器用な優しさを出すも、私は不器用すぎる不器用さでそれにちゃんと応えられない(あるいは応えない)あたりは、とても涙を誘われます。おじさんの最後のセリフがまた、おじさんらしく、二人は至高の家族愛(少なくとも親愛)で結ばれ最後を迎えます。おじさんが咲いている時間に限りがあるのも、読者に深く温かい感情を引き出します。
おじさんの金言めいたセリフのうち、金言めかした本音を引用させていただきます。
「咲きたい時に咲く。別に条件なんてねえ。最近咲きにくいのは花粉がひどいからだ。受粉が必要ないのはそういうもんだからで、喋らねぇのはただの気まぐれだ。気に入った奴が側にいれば喋るだろうさ」
おじさんが何故咲いたのか。私にとっておじさんとは何だったのか。普通の作家がやりがちな「説明しないことで考えさせる(わからせる)」みたいなものではなく、「読者が進んで想いを馳せたくなるような作品」になっていると思います。
注文としては、ラストに春らしさを一発、持ってきてほしいと思ってはいるのですが、そんなことなど些細なことと思えるくらいに、暴力的なまでに魅力のある素晴らしい作品でした。改めてしぇもんご卯月賞者には、参加していただいたことに感謝を申し上げ、ここに御作品の栄誉を称えたいと思います。
おめでとうございます。
そして、ありがとうございました。(犀川 よう)
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