25、福山再訪④
トロフィーをいただいた麻根は、その直後に人生最大のピンチを迎えていた。
ステージに一人立ち、多数の出席者を目の前にして。
そう、私はスピーチがあることを知らなかったのである。
……いや、普通に考えたらそらあるだろ。
そんなことは今言われれば当然わかる。
と、いうかおそらく、事務局から事前に送られてきたタイムスケジュールには書いてあった筈なのだ。
よく読んでないからこういうことになるのだ。
普通に考えて、こういうのって事前にしっかり準備して、なんならリハーサルのひとつでもしてから挑むものだろうに、あろうことかこのアホは、完全にゼロの状態でステージに立っているのである。
「えー、まずはお集まりいただいた皆様、それに福ミスの運営に携わっていただいた皆様……」
こうなったら口から出任せである。いや、流石にそれは人聞きが悪いな。出たとこ勝負である。
私は思いつくままに喋った。
以前も書いたように、元々人前で喋るのは慣れている。だからこそなんとか格好がついたのだろうと思う。
ただ、そんな状態だったから自分が何を喋ったのか、あんまり覚えていない。
唯一覚えているのは、私の前に枝広市長が「これで麻根さんも島田学校の一員ですね」というようなことをおっしゃっていたので、そのフレーズをパクらせていただいたことだ。
「先ほど島田学校、という話が市長からありましたが、その末席に加えていただいたことを何より嬉しく思います」
多分そんなことを言ったと思う。
うーん、もっと名台詞をバシバシと決めるべきだった。これだからアドリブはダメなんだ。
さて、そんなこんなで私のスピーチも終わり、優秀賞の松本さんと野島さんの表彰も済んだところで、特別ゲストの登場となった。
実はこの日、島田先生原作・脚本の映画「乱歩の幻影」の監督と主演俳優さんが、宣伝を兼ねて予告映像を持って来てくださっていたのである。
監督は秋山純さん、そして俳優さんは結城モエさんという方だった。
えっ何この人すごい美人なんですけど。
っていうか顔小さいな!
……というのが初めて間近で女優という職業の方を見た感想だった。いやほんとにびっくりした。一人だけ見た目から放たれるオーラが違う。
それから式は、福ミスケーキが登場したり、島田先生と監督、結城さんによるトークショウがあったり、歴代受賞者のみなさんと写真撮影をしたり、という具合につつがなく進み、無事終了となった。
終わった後は会場で販売した著作にサインを入れるタイミングがあり、ここでもまた米つきバッタになる麻根。
お陰様でたくさんサインを入れさせてもらい、大変恐縮な一日であった。
さて、それが終わると、ここからは歴代福ミス受賞者+事務局、出版社の関係者による二次会となる。
ホテルを出て少し離れたイタリアンレストランで、今度はアルコールありの食事会であった。
私だけでなく妻と子も一緒に、ということで連れて行ったのだが、座った席がまたすごかった。
左に島田先生、右に知念さんである。正面に座る妻と子は、またしてもアワアワとしている。
私も何を話せばいいのかわからないから、周囲の会話に耳を澄ませるのが精一杯であった。
で、思ったのだが、福ミスの先輩作家さんたち、みんなフレンドリー。全然偉ぶらないし、すごく親しげに話しかけてくださる。
なんなら稲羽白菟さんなんて、うちの息子の構って攻撃を見事にあしらって相手をしてくださってる。申し訳ないやらありがたいやら……!
その席では、早速に赤の女王の殺人を読んでいただいたという知念さんから、よりよくするにはどうすればよかったか、というアドバイスもいただけた。
これ以上ないほどの貴重なアドバイスだが、せっかくこのエッセイを読んでくれている皆さんに少しだけお裾分けしておこう。
ざっくりポイントを言うと、
・冒頭数ページのうちに事件を起こせ。
・誰に感情移入させるかはっきりさせろ。
……という2点である。勿論もう少し細かいこともたくさん教えてもらったのだが、とりあえずすぐに生かせるテクニックも多く、次作でさっそく取り入れよう、と思った次第であった。
二次会のラストでは、同席いただいていた中山七里先生から、これまたありがたいお話をちょうだいした。
「えー、新人作家の皆さんが皆やってしまう、悪癖というものがあります。それはですね、エゴサーチというやつ」
中山先生、わかってらっしゃる……。
少し疲れとアルコールが入っていて細部は覚えていないのだが、こちらも要約すると「低評価を気にするな。所詮書かない人間の言うことだ」ということだった。
今にして思えば、この言葉は今も私が創作をする中で(そしてエゴサーチが止められないときに)非常にありがたいアドバイスであったと思う。
というわけで、物書きの皆さんに役立つアドバイスを共有したところで、本日は筆を置こう。
願わくは偉大な先輩たちからの助言が皆さんの力にならんことを。
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