24、福山再訪③
さて、ホテルへと戻ってきた我々は、一息つくといよいよ着替えて授賞式へと向かうことになった。
会場はホテルの二階なので、移動時間は考えなくてもいい。
しかし少しずつ、否応なく緊張は高まってくる。
考えてみれば参加者である福ミス作家の先輩方も、一部は今夜の宿を同じホテルに取っている可能性が高い。そうすると、授賞式の前から誰かと顔を合わせる可能性もあるわけで、ホテル内を歩くにもそわそわとするほどだった。
案の定、一服つけるために喫煙所へ行ってから返ってくる途中、エレベーターで声をかけられた。
「あれ、もしかして麻根さんですか」
私はびっくりして、あ、はい、ええ、とかもごもご言っていると、相手が自己紹介してくれた。
昨年第15回の優秀作「熊猫」の作者、松本さんであった。
昨年は受賞者がなかったため、授賞式も行われなかったらしく、そのため今回改めてお祝いするために呼ばれたとのことである。
松本さんと別れ、改めて身なりを整え、会場へと向かう。
テレビ局の取材があるので早めに来てくれ、と言われていたのだが、行ってみるとまだ事務局の方々が最後の準備をしているところだった。
半年ぶりにお会いする事務局の方々にご挨拶をし、テレビ局から取材を受ける。なんと前回記者発表時に、竜巻騒ぎで取材ができなかったために今回撮りに来てくれたらしい。
簡単な質問に答えているうちに、少しずつ人が増えてくる。
やがて取材を終えて幾分手持ち無沙汰にしていると、一人のラフな格好の男性がこちらに近づいてきた。
「麻根さんですか、おめでとうございます」
……うおあああ知念実希人さんだあああ!!
いくら人の顔を覚えるのが最近苦手になってきた私でも、この顔は流石に覚えている。
ネット上の写真で何度も見た顔である。
福ミスの一番の出世頭と言ってしまうと失礼になるだろうか。まあでも間違いなく福ミス出身者で最も売れてる作家であり、同時に今のミステリ界をリードする存在でもある。
まさか一番最初の邂逅が知念さんとは思わなかった。
ありがたいことに早速名刺交換までさせていただき、島田先生に続いて宝物級の名刺をまた一枚いただいてしまった。
やがて島田先生も到着され、そしてパーティ会場の席は大半が埋まっていった。
私の席はまたありがたいというか畏れ多いことに、島田先生のお隣である。
ただ、この日は流石に他の方からひっきりなしにご挨拶をいただいていたので、あまり先生と話す機会はなかった。
私の隣には妻と息子の席も用意されている。同じテーブルには他にも枝広福山市長もいる。
私はともかく、妻などはこんなエラい人たちに囲まれて座ることなど初めてだったから、始終目を白黒させていたものである。
テーブルの上には、「軽食」とはおよそ言えないほどの豪華な料理が並んでいた。
テーブルに着くと、ホテルの方がやってきて、「お飲み物は何にしますか」と聞かれた。
そこで私は少し迷った。
こっちは少し緊張しているし、これは少しアルコールの力を借りるのもいいかもしれん。
決して酒に強いとは言わないが、流石にコップ一杯で酔うほどでもない。
「じゃあ、ビールでお願いします」
「あ、アルコールはないんですよ」
ばっさり。
やめてくださいよ先に言ってくださいよちょっと恥ずかしいじゃないですか……。
ちなみにそのすぐ後、「じゃあウーロン茶を」とやっている私のすぐ隣で、そのやりとりが聞こえていなかったらしい島田先生が、「じゃあビールを」「アルコールないんですよ」のくだりをやっていたのでよしとしたい。
そんな中で、これまたラフな格好の一人の男性が、私のいるテーブルに近づいてきた。
あれ、この人もどこかで見たことあるぞ。
確か……。
ああああ中山七里さんだああああ!!
そうだ、この方もネットで見た覚えがある。なんでも島田先生と仲がよいそうで、福ミスは全く関係ないのだがちょくちょく授賞式には来てくださるという噂を聞いていた。
まさか今回も来ていただけるとは。
当然ご挨拶をさせていただき、私のお宝名刺コレクションがまた一枚増えることとなった。
更に始まるまでには、受賞発表後からXで仲良くさせていただいていた、酒本歩さんや平野俊彦さん、北里紗月さんらのお姿も。
このタイミングでは流石に二言三言だけのご挨拶だったが、先輩作家とは夜にたっぷりお話しする機会がある。
ともあれ実際お会いすることができて、大変嬉しく感じた次第であった。
そうして米つきバッタのごとく頭を下げまくっているうちにとうとう授賞式が始まった。
まずは福ミス実行委員長である枝広市長からご挨拶があり、その後トロフィーの贈呈があった。
このトロフィーというのが、福山のシンボル、こうもりを折り紙で折った形を模したという大変スタイリッシュなトロフィーである。
なんとも格好良いのだが、それを見た息子の第一声は、「さ、刺さりそう……」であった。まあ確かにあちこち尖ってはいる。
で、ともかくこのトロフィーを島田先生から渡され、写真を撮って貰う。
ついでに、ということで妻と息子もステージ上へ上がり、一緒に撮影などしてもらった。
改めて、受賞したんだなあ、という感慨が湧いてくる。
おそらく私の人生で二度と無いであろう瞬間だった。
ところが、このあと麻根人生最大のピンチが訪れることになる。
何が起きたか、は、また次回。
いやあ、聞いたらびっくりすると思う。
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