23、福山再訪②

 福山再訪2日目は、ホテルの朝食ビュッフェから幕を開けた。 宿泊していたホテルはそれなりにいいホテルであり、朝食のビュッフェも一般的なビジネスホテルのものより、若干美味しいものが並んでいる印象である。

 この朝食ビュッフェというやつ、朝からたくさん食べられて嬉しいのだが、どうしても貧乏性が邪魔をしてつい食べ過ぎてしまうのが玉に瑕である。


 で、ここでもありましたよ、牡蠣フライ。

 朝から牡蠣フライはどうなんだ、もたれないか、というのは私のようにいいおっさんになってくるといつも心配になることではあるのだが、この誘惑には勝てなかった。


 うっっっっっっっま!(2回目)


 ここで食べる牡蠣フライも前の晩に負けず劣らず絶品である。多分ホテルの名物とかそういうわけでもないだろうから、これはもう単純に広島の牡蠣がウメえ、という話なのだろう。

 そうしてたっぷり朝食を堪能した我々は、午後からの授賞式までの時間を、観光に充てることにしていた。


 目的地は福山随一の景勝地、鞆の浦である。

 

 もともと、3日目(授賞式の翌日)の午前中には、島田先生と福ミスの先輩作家の皆さんと共に鞆の浦観光をする予定になっていた。

 ところがその日、鞆の浦方面のルート上でマラソン大会が行われることが判明したため、事務局で慌てて目的地を変更したらしいのである。

 そうなると我々としては、せっかく福山に行っても鞆の浦に行く機会を逃すことになる。

 そうはいくか、というわけで、先にしっかり見させて貰おうということになったのだ。


 鞆の浦という場所を私が知ったのは、島田先生の名作「星籠の海」であった。

 福山を舞台としたこの作品では、御手洗潔たちが鞆の浦を訪れるシーンが描かれている。

 なんでもかつて、流通の要が舟だった頃、潮流が複雑に変化する瀬戸内海を航行するのに、潮の満ち引きによる流れの変わり目を待つための港として発展した「潮待ちの港」だという。

 そして江戸時代は朝鮮通信使が訪れた際、「日東第一景勝」と称えたという対潮楼が有名だとされている。


 ……難しいこといっぱい書いたらもう疲れちゃったな。

 間違いがあったらご指摘くださいね。


 とまあ、そんな有名な景勝地なら、一度は行って見ねばなるまい、ということで、私は妻と子を引き連れて、駅前からバスに乗り一路鞆の浦を目指したのだった。


 30分ほどの乗車で、海沿いへと出たバスは鞆港へと到着する。 海を見ると途端にテンションが上がる典型的信州人の我々だが、このときは殊更によい天気に恵まれ、しかも美しい瀬戸内の海である。

 もうそわそわしっぱなしで、ずっとバスの窓から外を眺めていたものだ。

 うーん、山国育ち。


 鞆の浦に到着してからは、まず何に付けても、ということで対潮楼へと向かう。海沿いの道から僅かに高くなっている古くて風情ある住宅街の中にそれはあった。

 バス停からほんの数分の距離なので、移動も楽々である。

 最初は「こんな大して高くない場所なら、景色もまあそれなりかな」とかタカを括っていたのだが、甘かった。


 中に入ってみるとどうだろう。

 大きく切り取られた窓から見る景色は、まさに絶景である。

 瀬戸内に浮かぶ大小様々な島が、春の芽吹きの色に染まり、うららかな日差しに浮かんでいる。

 波は穏やかで、時折行き交う舟がまた良い味を出しているのだ。


 これは来てよかった。


 私はその景色に見とれながら、しばしぼんやりと過ごした。大変に贅沢な時間である。

 これが御手洗も見た景色か、などと感慨に耽っていたのだが、そのうちにある舟に気が付いた。


 なにやらレトロな趣の小舟が、手前の岸から向こうの島へと走っていくのだ。


 あれはなんだ、と息子に聞かれ、さてさて、と見回してみると、どうやらすぐそこにある船着き場から仙酔島へと渡る舟なのだということがわかった。


 仙酔島というのは鞆の浦のすぐ向こうに浮かぶ小島であり、こちらもなかなかによい景色なのだという。

 星籠の海の描写によれば、鞆の浦の人々は夏になるとこの仙酔島へと渡り、そこのビーチで海水浴をするのだとか。


 ふむ、ここまで来たなら行ってみたいぞ。


 そこで我々は対潮楼から降り、船着き場へと向かった。

 観光客向けのお高いお値段かと思ったら、どうやら生活路線でもあるらしく、数百円で渡れるようだ。

 時間も充分にあったので、それじゃあ、ということで舟に乗り込んだ。


 何年か前に、私の祖母を尋ねて小樽へ行った時以来、久しぶりの船である。

 息子も妻もまずまずのはしゃぎっぷりであった。


 そうして到着した仙酔島は、いかにも雰囲気のある、これまた大変にいい場所だった。

 船着き場近くには小さな浜があり、息子は早速そこで波と戯れている。

 島の向こう側へはほんの数分でたどり着くのだが、そちらへと抜けると、無人の広々としたビーチが広がっていた。

 ふと見ると、越冬開けなのだろう、ルリタテハが一頭、その黒い翅の淡い青のラインをはためかせながら飛んでいた。


 やっぱ海はいいなあ。


 心が洗われるような、のんびりした観光を楽しみ、私はすっかりリフレッシュした気分になっていた。

 

 こうしてたっぷりと鞆の浦を堪能した我々は、いよいよ授賞式に向けて福山駅へと戻ることになった。


 帰りのバスで妻は一言、「退職したらこういうとこに移住したいなあ」と呟いた。

 それもまた良いかもしれん。


 ……いやいや、家どうするんだ、まだローンいっぱい残ってるのに。

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