22、福山再訪①

 3月15日の金曜日。


 有休を取った私は、妻と、同じく小学校を休ませた息子と3人で、再び福山へと向かっていた。

 ちなみにこの日、息子は終業式だった。しかも息子は4月からクラス替えを控えており、そのクラスで過ごす最後の日だったのに、親の都合で休みを取らされている。

 すまん、息子よ。

 ……とはいえ、本人は全く気にしておらず、新幹線に乗れることが楽しみで仕方ないようだったが。


 平日であるにも関わらず、新幹線はほぼ満席に近かった。

 関わらず、とか書いてみたものの、私は普段新幹線なぞ全く乗らないから、果たしてこれが普段通りなのかどうかもわからない。

 新幹線ではしゃぐかと思っていた息子は、乗るなりタブレットに夢中になっており、まあ静かでありがたいのだがそれでいいのか、と思わないでもなかった。


 以前と同様、片道5時間の鉄路である。

 福山に到着したのは午後3時頃だった。

 

 福山駅前のホテルを福ミス事務局で抑えてくれていたため、我々は特に迷うこともなくチェックインを済ませ、一休みした後、どこかに出かけるか、ということになった。

 とはいえ、車があるわけでもなく、また時間も時間なのでそれほど遠出はできない。

 色々考えた結果、近くにあるスーパー銭湯にでも行こうということになった。

 福山まで来てなぜスーパー銭湯なんだ、等と野暮な突っ込みをしてはいけない。

 単純にその日のホテルには大浴場がなく、疲れたからのんびり湯船に浸かりてえな、という点で夫婦の考えが一致したというだけのことだ。


 ホテルから歩いてスーパー銭湯へと向かう夕方の道は、春めいてなんとも暖かくて、南へと来たんだなあというありきたりな感想が浮かぶ。


 銭湯は本当に何の変哲もない、日本全国にどこにでもあるような風呂であった。

 なのでそれなりに客はいたが、のんびりと浸かることができる。

 こういうのでいいんだよ、こういうので。


 ひとっ風呂浴びると、その後は夕食ということになる。

 再び駅のそばまでやってきた我々は、それじゃあ近くにある飯屋にでもいこうか、ということになった。

 

 広島に来たからにはやはりお好み焼きだろう。

 確か駅の目の前に、広島焼き、の看板を出した店があった筈だ。


 ……ちなみに本当か嘘かは知らないが、広島県民に「広島焼き」というと怒られるという噂を聞いている。

 故に私もこのエッセイでは、流儀に則り「お好み焼き」と書くのだが、その駅前の店に出された看板は「広島焼き」であった。


 いいのか、それで。


 というかせっかく福山で地元の人にたくさん行き会ったのだから、その辺の真実を聞いておけばよかった。

 正直それどころじゃなくて忘れていたのだが。


 で、ホテルを再び出てそのお好み焼きの店に行ったのだが、金曜の夜という時間帯のせいか、はたまた駅前という立地のためか、店の前には大行列であった。

 

 こうなると、待つことが大嫌いなうちの妻と、そもそも待てないお年頃の息子は、別の店に行こうよ、ということになる。

 仕方ない、父はお好み焼きを諦めるよ。


 そうして結局何軒か回ってみた末に、たどり着いたのはよくわからぬ居酒屋めいた店だった。

 広島名物を食べるなら、まあこういう店でも食べられるだろう、という見立てで入ったのだが、入ってみると割とどこでも食べられるメニューが並んだ、本当に普通の居酒屋だった。


 うーん、ちょっと失敗したかな、と思いながらメニューを眺める麻根。

 その視界に、ふと魅力的な単語が飛び込んできた。


 広島産牡蠣。


 そうか、牡蠣か! 広島名物といえば牡蠣もあったな!

 私は喜んでこの天の采配に身を任せることにした。


 ただ、翌日以降万が一にも体調を崩すわけにはいかない。そうなると、店を信用しないわけではないが、生牡蠣は少し怖かった。

 で、私のチョイスしたのは、牡蠣フライ定食であった。

 ……まあ、正直言って、だいぶ妥協した末の選択である。


 牡蠣フライくらい広島じゃなくても食えるだろうし、やはり生牡蠣が食べたかったなあ。

 ――という微かな後悔は、この後180度ひっくり返ることになる。


 運ばれてきた何の変哲もない牡蠣フライ。

 タルタルソースを付けて一口囓る。


 ――いやうっっっっま!!なにこれうっっっっっっっま!!!


 私はその牡蠣フライに唖然とした。

 口の中に広がるクリーミーな食感、微かな磯の香りと濃厚な旨み、サクサクの衣とタルタルソースがそいつを包み込み、ええと、口の中で、その、ハーモニーが……、ええい!


 食レポのエッセイじゃないんだ。そんな表現力私に期待するな。


 ともかく、びっくりするほど旨かったということを強調しておこう。

 普段信州で食ってる牡蠣フライなぞ、これに比べれば●●か△△か、というようなもんである。おっと口が滑った。

 そりゃまあ流石に山国信州のものと比べるべくもないのは当然だが、それにしても生まれて初めて食べたこの圧倒的美味。


 こうして、私の福山再訪初日は、濃厚牡蠣フライの芳醇な旨みと共に更けていった。


 いやー、人生で衝撃を受けた食べ物ベスト5に入るね、あれは。

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