21、装丁の話、宣伝の話、部数の話

 さて、いよいよこのエッセイも終盤に近づいてきた。

 今日は装丁の話と宣伝の話、それに出版部数の話をしようと思う。

 

 校正作業と並行して、講談社の編集Sさんからは、装丁の相談も来ていた。

 これはどういう風に進むのかと私も興味があったところなのだが、まずはイメージをふんわりと固め、デザイナーさんにラフを出して貰い、それを元に固めていくということになるらしい。

 

 私は今回、自著が本になると決まったときから、なんとなく思い描いていたものがあった。

 それは、「あまりイラストに頼るのではなく、シンプルでかつ目立つやつがいい」ということだった。

 多分直前に見ていた「ローズマリーのあまき香り」に影響されている。

 

 で、そんな希望を伝えたところ、Sさんも同意見である、という返信が返ってきた。

 そこで大枠の方向性として、赤の女王という単語から連想されるトランプ柄をモチーフにした、赤と黒といったシックな色合いの表紙、ということになった。

 それをデザイナーさんが、こんな感じでどうか、というラフに仕上げてくれる。


 できあがったラフを見て、私は感激しきりだった。


 今回、赤の女王の表紙は最初から箔押しにするということになっていた。

 その箔の色を、赤にするかシルバーにするかで2パターン用意し、最後に色校の段階で決めましょう、という。

 私も大いに賛成だったので、一旦箔の色を除いたデザインを固めることになった。


 で、このとき、私はエラいことに気付いた。


 違う。違うぞ。

 赤の女王はトランプじゃない、チェスだ!


 そう、私は「不思議の国のアリス」と「鏡の国のアリス」を完全に混同していたのである。

 そのことを伝えると、なんとSさんも同じ間違いをしていたことが判明した。


 そこで慌てて、デザイン案をトランプからチェスに変更して貰うことになった。

 まったく、思い込みというのは恐ろしいものである。


 こうして装丁周りは校正と同時進行で進んでいき、徐々に3月14日の発売日が迫っていった。


 私の気分もいよいよ高まっていったのだが、しかしそこは小さい賞の新人のこと、なかなか宣伝をして貰えなかった。

 同期デビューのこのミス大賞「ファラオの密室」などと比べると、それはもう扱いが全く違う。ファラオの方はあっちこっちのメディアに宣伝しまくっているのに対し、赤の女王は講談社の公式Xにすら、取り上げて貰えないという状態である。


 まあそれはそうだろう。

 どう考えてもネームバリューが違いすぎる。


 誤解のないように言っておくが、私は他の賞ではなく福ミスという賞を受賞したことを、非常に嬉しく思っている。

 なによりアットホームな雰囲気がいい。先輩作家たちがみんなで新人を歓迎し、暖かく迎え入れてくれる空気がある。

 そしてミステリ界で知らぬものはいないだろう島田先生が選者であり、本格系のミステリ賞なら鮎川か福ミス、と言われる存在でもある。

 さらに歴代受賞者を見ても、知念実希人さんや水生大海さんをはじめ、他の賞と比較してもなんら遜色ないビッグネームが顔を揃えている。

 故に他の文学賞に劣っているとは全く思わない。


 ただ、どうしても地方文学賞ということもあり、出版社側からすると扱いが小さくなってしまうということだろう。


 こうなると私の生命線は、地元ということになる。

 ありがたいことに、私の噂を聞きつけた地元の新聞社が各社記事を出してくださった。

 更に地元の大手書店でも、発売前から店内にその記事のコピーを貼り出したりして応援してくれた。


 地元を舞台にした作品でもあり、県内で売れなければ先はないだろう、と覚悟していただけに、大変ありがたかった。

 ちなみに私の家に最も近い書店では、発売後の売り上げランキングでは夏川草介さんを抑えての第3位であったから、いかに地元パワーが強かったかがわかる。


 そうこうしているうちに、講談社のSさんから連絡が入った。

 初版の発行部数の連絡である。

 私はその数字を見て、うなりを上げた。


 初版●●冊。


 ……いやまあ具体的には言わないけども。

 厳しいが、やはりそうか、という感じではある。


 新人作家としてはおそらく普通だろう。どうやら福ミスではこのくらいが通常であるらしい。他の賞はどうなのかが俄然気になるが、まあそこは気にしても仕方あるまい。


 とにもかくにも、こうして装丁ができあがり、中身もできあがり、部数も決まり、あとは発売を待つばかりとなった。


 で、このエッセイも次回からいよいよクライマックス、授賞式に挑む麻根をお送りしようと思う。

 何しろ濃い体験だったので、書き留めておきたいことも多いのだ。

 それはつまり、まだもうしばらくはエッセイも続くということであり、大変申し訳ないがお付き合い願いたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る