20、校正の恐怖

 さて、講談社に送っていた表記揺れチェックも反映され、いよいよ校正作業が始まった。

 年末も差し迫った頃のことである。


 ちなみに年末に予定されていた、市長とE先生との会食は、非常に和やかな雰囲気のうちに終わった。

 E先生からは乱歩賞受賞の裏話や、編集さんとの面白話なんかも聞けたので大変有意義であったと思う。


 というか、結婚式以外で初めて自腹で1万円を超える夕食を食べたよ……。

 いやまあちゃんと払うつもりではあったんだが、市長曰く、「俺が出してやりたいけど、それやると公職選挙法で捕まっちゃうからな。悪いけど割り勘にしてくれ」とのことだった。

 そりゃそうだ。


 で、そんな頃、講談社の編集Sさんからメールが入る。

 内容は、「校正だが年末年始にかかってしまう。年末に送るから年明け9日までに戻してくれ」という内容だった。

 

 ……オーケイ、私の正月休みは今なくなった。


 そういうわけで校正のゲラが我が家に届いた。

 

 ここで、校正作業とはどんなものなのか書き記しておこう。

 基本的に出版社の方で、刷り上がったゲラに鉛筆書きを入れてくる。

 例えば「ここの表現はこれでよいか」「漢字はこっちの字ではないか」「●●ページではこの部分についてはこう言っているから整合を取るように」などという具合である。

 で、これを私が確認し、赤で「そのままにしてくれ」とか「確かにそうだからこうやって直してくれ」というように更に指示を入れるのだ。


 この鉛筆書きの校正が、何しろ非常に細かかった。

 

 そうか、これが校正のプロか、と驚愕したものである。

 実は私は、この頃本業の方でも、市として出版する書籍が2冊ほどあり、その編集と校正作業にいそしんでいた。

 つまり寝ても覚めても校正校正というわけで、もう夢に見そうな状態だったのだ。

 しかし私がやっているのは所詮素人の校正、一方出版社のプロの校正はレベルが違う。


 まず物語の中の日付関係まで全てチェックし、コメントを付けてくれていた。

「曜日の巡りからして、2018年の設定と考えてチェックしています。曜日の整合や、六曜(友引は葬祭センターが休みだったり)など」

 

 ……マジか、六曜までチェックしてくれてるのか。


 私はこのとき悟った。

 これはもう執筆段階で自分でチェックできるレベルを遙かに超えている。

 つまり、執筆の時にはあまり細かいところまで気を遣っても仕方がないのではないか。だってこんなレベルまで確認しきれないもの。


 故にこれをお読みのプロを目指す方々には声を大にして言いたい。いやつい先日も同じことを書いたがもう一回言いたい。

 

 我々に確認できる範囲などたかがしれているから、細かいところに気を取られるより、ストーリー全体の面白さで勝負すべきだ。


 ともあれ、そんな驚きと共に校正作業は進んだ。


 大晦日、信州では一年で最も豪華なごちそうを食べるのが多くの家で習慣となっているが、我が家でも美味いものが大量に食卓に並ぶ。

 それをビールでやりながら、私が向かうのは紅白歌合戦ではなくゲラである。


 こんな年越し、初めてだぜ。


 さて、そんな中で、私は鉛筆書きのコメントの一つに引っかかった。


 お読みいただいた方ならわかるが、赤の女王の殺人には、私の地元である松本のプロサッカーチーム、松本山雅の話題が少し出てくる。

 なに? まだ読んでいない?

 それはいけない、今すぐAmazonで購入しなさい。ノルマは一人5冊ですからね。


 そうそう、山雅の話だ。

 今でこそJ3という泥沼にはまり込んだまま身動きとれなくなり、いい加減昇格してくれないとファンが離れるぞという瀬戸際でもがいている山雅だが、執筆当時はもう少し勢いがあったのだ。

 というか、いい加減監督交代した方がいいぞマジで。J3が定位置になったままだと本当にクラブの規模に悪影響が……。


 ああいかんいかん、そもそも山雅じゃなくて校正の話だった。


 で、私は作品中で、この山雅を3-0という快勝スコアで勝たせたのである。

 そうしたところ、鉛筆書きでこんな突っ込みが入った。


「この日付近辺でこのスコアのアウェーゲームはなし。最も近いもので長崎戦の3-1です」


 そう、なんと講談社の校閲さん、設定の日付周辺の山雅のゲームの結果まで確認してくれていたのである。

 流石にこれには驚いた。


 驚いたが、少々やり過ぎではないか。

 ここまで細かく見てくれているのはありがたいが、そこは私にも山雅ファンとしての意地とプライドがある。

 私は心を鬼にして、このコメントに対し赤でこう記したものである。


「フィクションの中でくらい、気持ちよく完封で勝たせてください……」

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