18、改稿と噂
福山行きから一夜明け、翌日土曜は流石に寝坊するつもりだった私だが、朝一番でメールが届いたことで、野望は脆くも砕かれてしまった。
ちなみに私は元々朝が大変弱く、休日ともなれば起こされない限りいくらでも寝ている。
麻根重次というペンネームもそこからとっており、朝は10時まで寝ていたい、という意味である。
正直言うと、大して考えもせずに駄洒落で付けたペンネームが、まさかそのまま世の中に出るとは思いもしなかった。
とはいえ使い続けているうちに愛着もわくもので、今ではすっかり馴染んでしまったが。
閑話休題。
朝から送られてきたメールというのは、職場の同僚からだった。
「新聞記事を見ました。おめでとうございます」
そんな簡単な文面だったが、私の目を覚まさせるには充分な効果があった。
記者発表があったとはいえ、会場にいたのは全て広島の地元紙の記者である。
中央の大きな賞ならいざ知らず、中国地方の地方文学賞のことが全国紙に載るわけもない。
この人はなんで知ってるんだ。
私は混乱した頭で、とりあえず、ありがとうございます、とむにゃむにゃと濁したような返信を打った。
すると起きてからしばらくして、更に別の部署にいる同期からも、「なんか賞取ったらしいじゃん! 麻根先生!」というLINEが入った。
だからなんで知ってるんだ!
私がそう尋ねると、そいつからは一言、「スマートニュース!」との答えが返ってきた。
どうやらことの次第としては、記者の中にいた朝日新聞さんが、ネットニュースに受賞記事をあげたということのようだった。そしてそこには私の勤務する市役所の名前もバッチリ入っていたため、こちらの人たちにも「地元関連のニュース」として提供されたらしいのだ。
月曜日、職場に行くと、どうやらその話があちこちで広まったらしく、行き会う職員の半分くらいから声をかけられることとなった。
ありがたいことではあるが、今までそんなことがなかっただけに私としてもどう対応していいやらわからない。
とりあえずほとぼりが冷めるまでは、ぺこぺこと頭を下げるしかなかろう、というのが私のたどり着いた結論であった。
さて、一方で、家に帰ればいよいよ出版に向けた改稿作業が始まる。
私は早速指摘されたポイントを直しにかかった。
とはいえ、打ち合わせでも話があったとおり、それほど難しい改稿ではない。
数日で仕上げた私は、渡された名刺を頼りに、島田先生へとその原稿をメールした。
送ってしまってから、先生もお忙しい身であろうから、半月くらいはかかるだろう、と思っていたのだが、その見込みはとんでもなく甘かった。
なんと二日後には先生から返信が来たのである。
「いい感じです。しかし●●というシーンも欲しいですね。それから探偵が真相に気付くきっかけとして、●●というシーンも欲しいところです。再度直して送ってください」
そんな内容だった。
恐るべしトッププロ。忙しい中でこんなに早く原稿をチェックできるのか。
私は恐れおののきながらも、再度の改稿作業に着手した。
勿論出版するからにはよりよいものを、という気持ちもあったが、それ以上に「島田先生の指導に報いなければ」という思いが強かったように思う。
今度は一週間ほど時間をかけて、再び原稿に手を加えた。
そうしてできあがった原稿は、自分で読み返してみると、なるほど確かに全体的な印象がよくなっている。
いくつか追加したシーンや、解決の部分の順序を入れ替えたことにより、以前より真相の見せ方の意外性が上がっていると思えた。
これを改めて島田先生に送る。
数日後、やはり驚きのスピードで返ってきた返信は、「必要な最低限の手入れはできたと思います。あとは講談社の編集さんに見せてみてください」というものだった。
私は改めて感謝しつつ、OKの出た原稿を講談社へと送った。いよいよこれから校正作業へと入っていくわけである。
このあたりのことはまた後日、詳しく述べていきたい。
多分公募勢の方々には、それなりに興味のある内容になるんじゃないかと思う。
一方、職場の方はといえば、私が当時勤務していた部署の所管する施設を訪れた際にちょっとしたサプライズがあった。
この施設には正規職員はおらず、臨時採用の職員のみが詰めているのだが、そのためかどうか、非常に和気藹々とした職場で、私も仕事で訪れるのは楽しいところだった。
その日、私がその施設の事務室に入ろうとすると、施設の職員が「ちょっと待って、今作業中だから」という。
仕方なくドアの前で数分待つ。何やら向こうで片付けている音がするところをみると、通り道に色々と転がっているらしい、と私は想像した。
「はいいいですよ、入ってください」
そう言われた私は、何の疑問もなくドアを開けた。
「「「おめでとうー」」」
職員たちの拍手と共に、上から振ってくる紙吹雪。
そして同時に垂らされる垂れ幕。……30センチくらいの。
手作りのミニくす玉であった。
この施設の職員には、何名か元小学校教師がいるのだが、その方たちが頑張って作ってくれたらしい。
このかわいらしいサプライズに、照れ笑いを浮かべる私の様子は、職員の一人によってバッチリ動画に納められていた。
恥ずかしいから消してくれ。
ちなみにミニくす玉は、記念に、と持たされたので、今も我が家のリビングの片隅に吊されている。
きっと私がくたばるまで、この家のどこかに保管されていることになるのだろうな、と時々思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます