17、記者発表②

 さて、ちょっとしたアクシデントに見舞われつつも、つつがなく記者発表の時間となり、いっちょまえに緊張した私は出番を待っていた。

 会場の外で呼ばれるまで待機、とされていたので、扉の前にそわそわとたたずむ。

 やがて、会場内から漏れ聞こえてくるマイクの声が、麻根の名前と、受賞作のタイトルを発表した。


 両側に開かれた扉を通り、一礼して中央へと進む。

 そこで島田先生から花束を渡され、おめでとうございます、との声がけをいただいた。


 その後、まずは受賞のご挨拶をする段となった。

 流石にこのときは新幹線の中で何を話そうかといろいろ考えていたので、大体噛まずに喋れたと思う。

 というか、私は元々、人前で喋り慣れているのである。

 学生時代からバンドをやっていたり、研究発表の機会があったり、また職場に入ってからもやれ説明会だの、講座の講師だのと色々機会があった。ゆえに自分で言うのもなんだが、端から見ているとまずまず堂々としたものだっただろう。


 内心はドキドキだったが。


 スピーチでは、以前も触れたように、祖母の思い出を話した。やはりこれだけはどこかで喋っておきたいと思っていたのだ。

 まあ実を言うと諏訪大社のご神託の話をしたくて仕方なかったのだが、こればっかりはどうにも場にそぐわない。


 さて、それが済むと島田先生と、二次審査を担当していただいた各出版社の編集さんからのコメントをいただく。

 それから私への各記者からの質問タイムとなった。


 私は最初こそ、あまりプライベートなことは喋らないようにするつもりだった。

 が、そんな目論見は、スタートして5秒で崩れ去った。

 何しろ質問の大半は、「仕事は何をしているんですか」とか、「お祖母さんのお名前は」とか、「家族構成は」といった、もろにプライベートな話だったからだ。

 結局それが終わる頃には、私が普段何を考えて生きているかをすっかり丸裸にされていたのである。


 覆面作家として活躍している人たちは一体どうやってこれらの質問を回避しているのだろうか。

 どうやっても個人情報全開示にならざるを得ないんだが。


 ともあれ、無事に記者発表も終わり、編集者さんと島田先生、そして事務局の方々と共にホテルのカフェへと移動し、そこで出版に向けた打ち合わせとなった。


 出版にあたり、改稿すべきポイントをどうするか、という話になる。

 とはいえ、赤の女王に関してはそれほど致命的な問題はないから、あとはストーリーをより強化するように少しだけ手入れをすれば問題なかろう、という話になった。

 具体的には、探偵役の西條という係長キャラクターをもっと探偵らしく振る舞わせること、また、物語全体を通してテーマとなるような強い一文を加えること、等である。


 島田先生は、「とりあえずできたら僕のところに送ってください。少し見ましょう」と言ってくださった。

 そしてなんと、私に名刺をくださったのである。


 か、家宝にさせていただきます……!


 私は震える手でそれを受け取ったものである。勿論その名刺は今でも大切に我が家のレターケースにしまい込まれている。


 そうして打ち合わせを終えたところで、私はどうしても果たしたかったもう一つの目的を切り出した。


「島田先生、あの、サインを貰ってもいいでしょうか」

 恐る恐る私が切り出すと、先生は、二つ返事で了承してくれた。私が取り出したのは、先生の近著「ローズマリーのあまき香り」だった。

 先生はそこになんとも達筆で格好良いサインをし、更に「受賞おめでとうございます」というメッセージまで添えてくれたのである。


 か、家宝にさせていただきます……!(2回目)


 更に厚かましく写真撮影を願い出ると、こちらもにこやかにツーショットを撮らせてくださった。

 最初はなんとも威厳のある人だと思っていたが、なかなかどうして、島田先生穏やかである。

 

 この時の写真を家に帰って自慢げに妻に見せると、「これが一番いい笑顔じゃん」と言われたものだ。


 そうして、打ち合わせを終えて私は帰路に着くことになった。

 ちなみに記者発表で渡されたでっかいバラの花束だが、なんと見事なまでに私の空になったボストンバッグにぴったりサイズであった。

 まるでこれを持ち帰るために誂えたようで、気恥ずかしいやら助かったやら。


 帰りの新幹線に乗る直前、編集の方が、「用意する時間もなかったでしょうから」と弁当を買って持たせてくれた。

 こんなまだデビューすらしていない作家の卵にも、気を配ってくださるのである。

 およそ編集さんという仕事は大変なのだろうな、と驚いたものである。


 新幹線に乗り込むとき、ホームから福山城がよく見えた。

 地元の松本城とはまた趣の異なる、立派なたたずまいである。

 ここを第二の故郷とすべく、頑張らないといけないな、と心に誓った麻根であった。


 なお、一日ヘトヘトになった私にとって、帰りの5時間の行程は心底しんどかったのだが、まあそれはこの際おいておこう。

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