16、記者発表①
記憶に新しい10月27日、私は始発の電車に乗り、一路福山へと向かっていた。
その日は午後に福山での受賞者発表の記者会見があり、それに出席するためである。
数十年ぶりに乗る新幹線は、記憶にある以上のスピードで日本列島を縦断し、広島県へと私を乗せていく。
実は、この日のために、何か手土産を持って行ったほうが良いんじゃないか、と思いついていた。
そこでいろいろ考えたのだが、私の住んでいる安曇野という土地はとかく手土産に困る土地なのである。
名産品といえば、わさび、そば、果物に最近売れ始めた信州サーモンと、まあびっくりするほど手土産に向かないラインナップ。
最初は「信州サーモンの燻製ならいけるやろ!」と四つばかり購入したのだが、要冷蔵品と知ってだめだこりゃ、となった。
何しろ渡すべき相手は島田先生に東京の出版各社。福山の事務局はともかく、他は皆新幹線でやってくる筈だ。
危うく遠距離旅行の人たちに生ものを押しつけるという愚行を犯しそうになった私は、慌ててそいつを自宅用に冷蔵庫に突っ込み、当たり障りのない菓子を買いそろえたものである。
で、そいつがまた嵩張るかさばる。
新幹線の中で、日帰りなのにボストンバッグを抱えた私は、ひいひい言いながらなんとか福山駅へとたどり着いたのであった。
待ち合わせの駅前のホテルでしばらく待つ。
ロビーには福山文学館の館長さんが既におられ、ご挨拶をしながら待っていると、やがて出版社の方々と共に、やたらとスタイリッシュなおじさまが現れた。
島田荘司先生その人である。
しかし私は声をかけるタイミングを逃してしまい、そのまま事務局の人に連れられてエレベーターへと押し込められた。
このあとの会食会場へと向かうためである。
うわああ近い近い、島田荘司がすぐそこにいる!などと頭の中はパニック状態で会食会場へと着く。
そこで名刺交換などをした後、会食となった。
島田先生の隣の席である。
もう、話の内容も食事の味も全く覚えていない。幸いなことに、正面に座った福山市長が大層話好きな人で、どんどん話を振ってくれるので、会話に困ることだけはなかった。
まったく、自分の結婚式の食事ですら内容覚えてるぞ。
ちなみに唯一はっきりと覚えている出来事は、食事中に急に外の雲行きが怪しくなり、凄まじい雷雨となったことである。
なんだこの巡り合わせは、麻根の日頃の行いのせいか、等と思っていたら、福山市長から、「いやあ、いかにもミステリらしくなってきましたね、素晴らしい!」とのお言葉が。
……偉い人は違うなあ。
食事が済むと、記者会見のためにいよいよ会場の福山文学館へと移動する。
雷雨の中なので、事務局の方々が我々が濡れないように気を遣ってくれるのが申し訳ないやらありがたいやらであった。
考えてみれば、私は一応その日の主賓であるのだが、どうも自分の方にその意識がない。
周り中偉い人だらけなので、思わず「私が傘持ちますので」などと言ってしまいそうになる。
公務員の悲しい性かもしれない。
駅の逆側に移動した先で通された福山文学館では、島田先生のほぼ等身大パネルが飾ってあった。
なんだこれすげえ。
控え室に通され、胸にバラのコサージュを付けられる。
勿論事務局の方々が、私が抱えているボストンバッグに若干引いていたのは言うまでもない。ちなみにこのとき既にバッグは空である。
こうして準備万端整い、記者会見のスタートを待つばかり、となったわけだが、そこでアクシデントが発生した。
地元テレビ局のカメラも来ていたのだが、何やら慌てた様子で荷物をまとめて出て行くのだ。
なんだなんだ、と思っていると、事務局の方が私に教えてくれた。
「すみません、テレビは今日なしになりました。どうやら先ほどの荒天で、小学校で竜巻が発生してけが人が出たらしくて、そちらの取材に……」
やはり持っている男、麻根である。
自らの運勢で、テレビカメラを遠ざけるというトリックプレイ。
どうやら持てる運は全て受賞で使い果たしたらしい。
……諏訪大明神さん、ちょっと今回もスパルタが過ぎやしませんかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます