15、いざ福山!……の前に、職場にて

 受賞が決まった麻根は、10月27日に記者発表をするため、福山市へと向かうことになった。生まれて初めての広島である。

 どうやら地元メディアが集まり、受賞作の公式発表がそこで行われるらしい。

 当然ながらその日までは受賞のことを他言しないように、と釘を刺されていた。


 福ミスというのは、以前も述べたとおり、受賞すると出版して貰えることになっている。

 それはつまり、公務員である私にとっては、副業の申請を出さねばならないということだ。

 万一発表してから、やっぱり刊行できません、ではとんでもないことになるので、当然ながら人事課へは事前に報告する必要があった。


 人事課の係長は、実は前の部署で一緒だったことがあり、大変穏やかでいつもにこやかな、素敵なオジサンである。

 また人事課の課長はというと、私が新人として職場に入った時に同じ部署で仕事をした先輩であり、こちらもとても話しやすい課長だった。


 これなら話も通りやすかろう。

 私は気楽な気持ちで、件の人事課係長の席を訪ねた。


「ちょっと折り入ってご相談があるんですが……」


 私がそっと話しかけると、係長は警戒した様子で眉を顰め、私を隔離された相談ブースに誘った。

 いきなり不穏な雰囲気である。

 話しやすいと思っていたが失敗だったか、と少々ドキドキとしながらブースに入り、私は係長と相対した。


「実はですね、兼業の届けを出したくて……」

「兼業? うーん、例外的な扱いになるから簡単ではないけど……どんな内容?」


 そこで私は、受賞した経緯を洗いざらい白状した。

 係長は、ほっとした表情と驚きの表情を交互に浮かべながら私の話を聞いてくれた。


「……そうかあ、いやそれはおめでとうございます。よかったよ、辞めたいって言われるかと思ってドキドキした」


 どうやら3月という時期もあって、完全に勘違いされていたようであった。

 ていうか、私はそんなに辞めそうに見えたんだろうか。


 兼業については、文筆業というのが今までに前例がないため上と相談するが、よい話なので前向きに検討するということであった。

 私はひとまずほっとして仕事に戻ったものである。


 それから数日後、再び人事課の係長から呼び出しがあった。

 結論としてはOKの方向となったので、申請書を出すように、とのことである。

 よしよし、といそいそ準備を始めた私だったが、その申請書を見て驚いた。


 決裁欄が副市長まである。


 マジか、副市長まで話通さにゃならんのか。


 まったく、公務員という職場はほとほと兼業に厳しいな。

 そう思いながらも作成した書類を人事課へ持って行く。ほどなくして返ってきた申請書を、今度は自分の部長へと持って行かねばならぬ。


 部長のデスクにそれを提出し、自分の席に帰ろうとした矢先、部長から呼び止められた。


「なんだこりゃ。おい、ちょっと説明してくれ」


 かくして私は部長へ、自分の小説の内容を詳しく話すことになったのである。

 なんだこれ、妙に恥ずかしいぞ。

 いや部長、「で、どういう本なんだ。人が死ぬのか」じゃないんすよ、そりゃ本格ミステリなんで人は死にますけども。


 で、紆余曲折あった末、部長が副市長のところへ書類を持って行くということになった。


 そこでどんなやりとりが交わされたのかは全くわからない。

 が、とにもかくにも、無事に兼業の許可は下りたらしく、後日人事課係長から私に、許可証が手渡された。


 これで私も無事に作家になれる。

 どちらかというと厳しい副市長がOKを出したのだから、もう誰も文句はあるまい。

 万一外野から、「あいつは副業しておるぞ」などという野暮なクレームが来ても問題なく跳ね返せるというものである。

 

 ただ、その後喫煙所で会った副市長から、「おい、聞いたぞ。印税は当然寄付するんだよな」という本気か冗談かわからないお言葉をいただいた。

「っへあ!いや、その……」というテンパった言葉しか出てこなかった麻根であった。

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