12、神は、いるのだ

 私は大きな勘違いをしていた。

 二次選考突破の連絡を貰ったら、自信も湧いてくるし、毎日がハッピーで、創作活動にもより一層熱が入るものだと思い込んでいた。


 全然違う。

 現実は真逆である。

 頭の中に湧いてくるのは、「もしかしたら受賞できるかもしれない」の一点のみである。

 それだけでふわふわしてしまって、新たな小説に取りかかる元気などまるで出ない。


 好きな子と初めてデートした高校生もかくやという状態の私は、もはや島田先生の選評だけでは満足できなくなっていた。


 全くゲンキンだ。自分でもそう思う。

 しかし人間の欲望というのはどうしようもないもので、目の前にチャンスが転がってくると、無心でなどいられなくなるのだ。


 福ミスという賞は、毎回4人か5人が最終選考に残るのが通例である。

 今回もおそらくそうであろうから、単純な確率なら20~25%ということになる。

 感覚的にはまだまだ低い。外れても全く不思議はない。


 この頃、私はXで若干病みっぽいポストを垂れ流していたから、さぞかし知り合いの皆さんはめんどくせえなこいつと思ったことだろう。

 すみませんでしたね、基本めんどくさいんですよ麻根は。


 で、そんな私は、神様に頼ることにした。


 私の地元の近くに、全国的にも名高い神社がある。信州諏訪で御柱祭といえば知っている人もいるかもしれぬ。そう、諏訪神社だ。


 私は、普段は無宗教の無神論者を気取ってはいるが、この諏訪神社だけは全幅の信頼をおいていた。

 この神社、すさまじく御利益があるのだ。


 ……何を言っているのだと思った方、あなたは正しい。

 いや、しかしその基本的に神を信じていない麻根までも、信者に変えてしまうくらいすごいのである。

 今から何がそんなにすごいのか、ばっちり語るから鼻の穴をかっぽじってよく聞いておいてほしい。



 きっかけは何年も前、創作活動を始めるようになるよりもっと前の、ちょっと家計が厳しかった頃のことだ。

 当時まだ子どもがいなかった我々夫婦は、二人で気張らしに諏訪神社へとドライブに出かけた。

 何しろ金がないから遊びになど行けない。

 そこでドライブでもして、ついでにヤケクソの神頼みでもしてこようじゃないか、という程度の腹づもりだった。


 我々は二人とも長く信州に暮らしているが、諏訪神社を訪れるのは共に初めてだった。

 カーナビを頼りに、と言いたいところだが金がないからカーナビもついていない安車で、とろとろと下道を走って諏訪神社に詣でたのだ。


 初めて見る諏訪大社は想像していたよりずっと厳かで、形ばかりの賽銭を入れると、いつになく敬虔な気分で「お金が入りますように」と二人で祈った。


 その帰り道だった。


 そろそろ薄暗くなりかけた国道で、信号に引っかかって止まったところで、突如後ろから強い衝撃があった。

 慌てて振り返ると、そこには初心者マークをつけた車が、うちの安軽自動車に後ろからもろにぶつかっていたのである。


 私はそれまで、軽い擦り傷以外はほぼ事故というものにあったことのない優良ドライバーだったから、それはもう驚いた。

 ついでにちょっと首も痛い。これがまさかむち打ち症というやつか、と擦りながら降りていくと、後ろには茫然自失の若い女の子が運転席でへたり込んでいた。


 まあ事故の経緯はあまり詳しく書いても仕方ないので省略しよう。

 ともかく相手は非常に恐縮しきりで、警察の現場検証もスムーズに済み、とりあえず自走は可能だった我々は家へと戻った。

 ちなみにその日の夜には、相手方のお父様がその女の子を連れて我が家までお詫びに来てくれたものだから、こちらも却って恐縮してしまう始末だった。


 で、それから私はしばらく首の治療に整骨院通いが続き、半年ほど経ったところで、相手方の保険会社から示談の話が出たのである。

 

 決して高い金額とはいえないが、少なくとも金欠にあえいでいた我々にとってはしばらく糊口をしのぐのには充分な金額だった、と言っておこう。

 そのとき、私は初めて思った。


 神は、いる。


 主に諏訪神社にいる。


 そして神は言っている。ほしければ何かを差し出せ、と……!


 こうして私は、首のちょっとした健康と引き換えに、少しばかりのまとまった金を手に入れたのである。

 

 以降、この諏訪神社は我々の守り神となった。

 安産を祈願したり、交通安全を願ったり。いずれもまずまずの願い通りであった。

 妻の実家が空き家になったまま3年も売れ残っていたので、ある日それをお願いしに行ったら、その数週間のうちに買い手が決まった、なんてこともあった。


 ちょっとスパルタだが御利益てきめんの諏訪大明神。

 私は今回も、福ミス受賞をこの神様にお願いすることにしたのである。



 ああ、長くなったので一度切ろう。

 ちなみに、今でも疲労が溜まると首は痛むので、決して安い代償ではなかったとは思っている。ていうか、スパルタにもほどがあるだろ。

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