11、予期せぬ一報

 ついに人生初の一次選考通過を果たした私は、心底ほっとしていた。


 それは、例の「一次選考は小説の形になっていれば通る」というアホな言説の影響をまともに受けていたからである。

 よかった、自分の小説は少なくとも「より上位の審査に回してよい」と判断される程度には面白かったということだ。

 それも、複数の作品を審査した方が、他の作品と比べて優れている、と考えたということになる。


 ほっとしない訳がない。


 これまで何度かプロにもアドバイスを貰っていたとはいえ、一人は身内で一人は良いも悪いもない感想である。

 つまり私は、初めて「公に小説が他人に認められる」という経験を得たことになるのだ。

 

 普段は家で酒など飲まない私だが、その晩は流石にビールを開けた。

 あ、間違い。ビールじゃなくて発泡酒だったと思う。

 正直私のような馬鹿舌には本物のビールなぞ勿体ないと自分でも思う。ビール風の発泡酒でも十分満足できる類の人間なのだ。


 そして私の中に、再び自己顕示欲がムクムクと頭をもたげ始めた。


 言いたい。

 一次通ったぜって言いたい。

 周りにさりげなく自慢したい。


 公募に何度もチャレンジしている方からすれば、「馬鹿なのかこいつは、その程度で」とでも思われるところだろうが、お察しのとおり馬鹿である。

 でも自慢したかったんだよ。


 とはいえ、流石の私も、地方文学賞の一次選考で他人に自慢しても、微妙な反応しか返ってこないだろうことくらいはわかっていた。

 なので自重して、妻にだけこっそりと話をした。妻は大いに喜んでくれた。

 

 ちなみにうちの妻は、あまり読書をしない方であり、私の書いた原稿もその時点では特段興味を示してはいなかった。

 そのため中身は全く知らないのだが、「まあ目標に一歩前進したんでしょ、よかったじゃない」という感じであったと思う。


 しかしちょうどその頃から、仕事(本業)が少々忙しくなってきていた。

 公務員は部署によって繁忙期がいろいろであるのはご存じだろう。

 私が当時勤めていた部署はそんな中にあってあまり繁忙期らしい繁忙期がないところだったが、私が個人的に志願した宿泊研修があったり、降って湧いたような大仕事があったり、コロナ自粛開けということで4年ぶり開催の部署を挙げての一大イベントがあったり、という具合で、なんとなくバタバタしているうちに日々が過ぎていった。


 福ミスの方は気にしてはいたものの、まあまだ発表までは間があるだろう、と考えていた、8月の終わりのことだった。


 ある日の夕方、私のスマホに知らない番号からの着信があった。

 番号は084から始まっている。


 なんだこれは。どこからだ。迷惑電話か。


 一瞬の逡巡はあったが、私は出ることにした。

 何しろこの仕事をしていると、わりと頻繁に知らない番号から着信することがあるのだ。それが結構重要な要件だったりするから、基本的に知らん番号からの電話も取るような癖がついているのである。


 まったく、誰だよこんな時間に。


 そう思いながらスマホを耳に当てると、向こうから、「こちらはばらのまち福山ミステリー文学新人賞実行委員のSですが、麻根重次さんですか」という声が聞こえてきた。


 思わずスマホを取り落としそうになる。


 なんだ。一体どうした。

 受賞連絡は電話で来るらしい、ということは知っていたが、まだ二次選考も発表になっていない。

 それとも何か作品に致命的な問題でも見つかったのだろうか。

 いやそれとも単なる連絡先の確認か。


 私は一瞬にして脳がオーバーヒートしそうなほどフル回転するのを感じながらも、できるだけ落ち着いた声で、「ひゃ、ひゃいっ!」と返事をした。


「あなたの作品、赤の女王の殺人は、二次選考を通過しました。おめでとうございます。それで、最終選考に進むに当たって、いくつか確認したいことがありまして……」


 正直、私は頭が真っ白で、後半の説明をほとんど聞き取り損ねていた。

 口だけが自分のものではないように、勝手に「ありがとうごじゃいます」を繰り返し唱えている。

 

 通過した。最終選考だ。


 それはつまり、目標としていた島田先生の選評に手が届いたということを意味する。


 電話そのものは、盗作や二重投稿でないことの確認、および今後のスケジュールの確認が主な内容だった。いや、細部を覚えてないのだが、多分そうだった。

 もし受賞した場合は10月27日に記者発表があるので、福山に来て貰いたいこと。

 最終選考は島田先生一人が行い、いついつに受賞の連絡をすること。

 二次選考結果の発表は9月8日(だったかな?後でHPで確認してほしい)にあるので、それまで他言しないこと。

 関係書類を郵送するから、記入して返信してほしいこと。


 そんなことを話して、事務局のS氏からの電話は切れた。


 放心する麻根。

 迫り来る夕闇。

 

 喜びよりも先に、突然恐怖が襲ってきた。

 あの原稿を島田荘司が読むのか? 本当に?


 で、そんなところで、大事なことに気がついた。


 あれ、受賞の連絡はいつ来るって言ったっけ。


 そう、麻根は衝撃を受けすぎたあまり、最終結果の連絡が来るタイミングをすっかり聞き逃していたのである。

 そして、そのことが後々、私を人生でかつてないほどの苦しみに追いやるのであった。


 次回に続く!

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