6、僅かばかりの希望

 2作目となる「赤の女王の殺人」と、更にもう1作短編を書き上げ、このミスとE先生という2か所に送り付けた私は、しばし平穏な時を送っていた。

 さっさと3作目の長編に取り掛かればよかったのだが、はっきり言ってネタと情熱が少し息切れ気味だったのである。


 しかしそれも仕方なかろう。何しろ創作の世界に足を踏み入れてから、まだ半年かそこらしか経っていないのだ。

 継続的に次々と作品を生み出すという執筆スタイルは私の中ではまだ確立されていなかったし、これだけ頑張ったのだから少し休んでもよかろう、という意識があったのは間違いない。


 そんなある日。

 毎日のように気にしてチェックしていたこのミス大賞のページに、動きがあった。


「一次選考結果の発表について」


 ある日サイトで見つけたその文字に、私の心臓は飛び跳ねそうになった。


 ――ちなみにちょっと余談になる。ここまで書いてて思ったのだが、もしかしたらE先生への送付とこのミス大賞の一次選考発表は時系列が逆だったかもしれん。

 何しろ当時は色々と舞い上がったり落ち込んだりと忙しい日々だったので、正しい順番が記憶から抜けているのだ。

 まったく、これだから中年というのは困る。

 まあでもそこの順番が逆だったとしても大差はないので、そういう日々を送っていたんだな、とざっくりと理解しておいてほしい。


 ……なんだか余計な言い訳を挟んでしまった。

 そう、このミス大賞のページに結果が出た話だった。


 いくら調子に乗りまくっていたとはいえ、その頃の私は流石にフィーバー状態も落ち着き、ほんの少しだけ現実を見れるようになっていた。

 ゆえに、「ヤモリ」は受賞できる筈だ、という黒歴史並みの妄想は消え去り、私の妄想ももしかして一次選考くらいは突破できるんじゃないか、といった希望的観測に軌道修正が加えられていた。


 選考結果のページをタップするあの時の緊張感、あれは未だに覚えている。職場の昼休みだったと思う。先ほどまで食べていた昼食を今にもデスクにぶちまけそうになりながら、ちょっと震える指先でページを開いた。


 ない。

 「孤高のヤモリ」の文字はどこにもない。


 その日、私の昼休みの喫煙量は普段の2倍だった。


 そうか、ダメか。


 私の中で膨らみに膨らみまくっていた自信は、一瞬にして萎み、ようやく現実の厳しさを肌身に感じるに至った。

 まあそれはそうだろう、と今の私は思う。

 あの出来で一次選考突破したとしたら、それこそ奇跡だ。

 今になって読み返してみると、それほどまでに素人くさい出来の小説だ。


 それでも私は大いにショックを受けた。何しろ、公募関連のネットの噂では、一次選考は小説として成立していればそれで充分通る、などと書かれている。

 つまり私の書いたものは、小説ですらない駄文であるということになるじゃないか。


 なお、これも公募勢の特にビギナーの方に言っておきたいのだが、この言説ははっきり言って間違ってる。

 小説の体を為していれば一次選考を通る、というのは、どこぞの阿呆が勝手に言っているだけのことであって、公募に集まってくる作品はそんなにガラクタだらけじゃない。

 ゆえに一次選考で落ちたとしても、それは力不足やカテゴリエラーがあったからであって、間違っても「小説にすらなっていない」からではないのだ。


 なぜそんなにはっきり言い切れるか? それはE先生から返ってきた感想に集約される。


 そう、ショックを受けていた私のところに、今度はE先生から小説の感想が届いたのだ。

 そこには、大層丁寧に問題点や改善すべきポイント等を長文でしっかりとまとめられていた。

 結局先生は「ヤモリ」と短編だけを読んでくれたらしいが、それでも充分である。

 勝手なお願いを聞いてくださったE先生には、本当に感謝しかない。


 そしてそのメールは、こんな文章で締めくくられていた。


「仕事柄、自作の小説を読んでほしいという依頼は時々ありますが、その中でも水準以上の出来だったと思います」


 つまり、「ヤモリ」も決して捨てたものではなかったのである。


 そうして私はここに至り、一筋縄ではいかない公募の世界と、自分の筆力の立ち位置をようやく少し客観的に把握することができたのであった。

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