4、公募の「こ」の字

 いざ、公募に出そうと思ったところで、私ははたと困り果ててしまった。

 

 公募ってそもそも何なんだ。


 いや、理屈はわかる。出版社なんかが主催してて、何人もの作家志望者が応募してきて、それで一番を決める、アレだろう。

 一番をとれば書籍化してやるぞ、なんなら賞金も出すぞ、これでデビューできるぞ、と、そういう仕組みになっている筈だ。


 ただ、そもそも当時の私は、芥川賞と直木賞以外の文学賞というものを全く理解していなかった。

 というか今から考えれば芥川も直木も新人賞とは全く違う性格の文学賞なのだから、これはもう公募について全然知らないと言ってもいいだろう。


 そこで私は、この世で最も便利という噂のあるあいつに頼ることにした。世界のあらゆる叡智の集まる膨大な情報の海へとアクセスできるあいつの名は、そう、Google先生。

 検索窓に「小説 公募」などと打ち込んで、検索ボタンを押す。その一番上に、私の求めているサイトが表示された。

 公募新人賞の一覧サイトである。


 まったく、世の中にはなんて人のためになることをする人がいるんだろうか。

 この一覧さえ見れば、世に数多ある新人賞も一目でわかる、大変素晴らしいサイトだ。


 私は夜な夜な、そのサイトを眺めながら、大傑作である筈の「孤高のヤモリ」を送る先を探した。

 そこで知ったのは、世の中には思った以上に公募が多い、ということだった。


 今でこそ新人賞の名前を聞けば、あああの賞ね、とか、確かジャンルは純文学系で、とか何となくわかるようになった。

 しかしその頃の無知な私には、中央の賞と地方文学賞の区別すらついておらず、「あ、乱歩賞って聞いたことあるなー」くらいの感想だったのである。

 そんな状況であれこれと思いを巡らせている中で、私の目はある一つの賞にロックオンされた。

 それが「このミステリーがすごい!大賞」であった。


 何故このミス大賞が候補に挙がったか。それは賞金の高さと、応募締め切りのタイミングの良さである。

 ここで間違っても「受賞しやすい作風」とか「応募総数」とかがチェックポイントに入ってこないあたりが、素人の浅はかさなのだが、まあそれはともかくとして、私はこの高額賞金ともうすぐ締め切りというタイミングに惹かれ、「孤高のヤモリ」をこのミスに送り込むことにしたのだった。


 無謀である。


 今の私が過去に戻って伝えるべきことがあるとすればただ一つ、無謀だろ、の一言に尽きる。


 ……とはいえ、何事も挑戦してみなければ始まらないのは確かで、そういう意味ではとにかくどこの賞であっても一度出してみたことはいい経験になったと思う。

 それはこの後で語るつもりだが、要は「この世界甘くないから」という現実をしっかり噛み締めるという意味において、だ。


 実際のところ、その頃の私は完全に舞い上がっていたのだと思う。

 何しろ初めてチャレンジした長編ミステリで、誰の助けも借りることなく25万字を書き上げたのだ。

 天狗になるのも無理はあるまい。いやなんなら今でもちょっと「結構すごくね」とか思ってるフシがある。いい加減謙虚になれ、麻根。


 で、そんな調子だから、もう送る前から頭の中はフィーバー状態。賞金の使い道から受賞者インタビューの受け答えまで完璧にシミュレートし、満足げに応募要項を読み始めたところで、はたと現実に引き戻された。


 大きな問題がふたつ、立ちはだかっていたのである。


 ひとつめに、文字数のカウント。

 原稿用紙○○枚以内、と書いてあるのだが、そもそも自分の原稿はWordファイルで書いていたから、果たしてそれが何枚になるのかがわからないのである。

 しかもどうやら文字数を単純に400で割ればいい、というものでもないらしい。当然改行や改ページの都合により、ずれが生じるからだ。


 今ならこの問題、自分の原稿を一旦原稿用紙形式に変換すれば一発だろ、と分かるのだが、その時の私には非常に難問であった。

 はっきりいってこれをどう解決したのか、自分でもよく覚えていない。ただ、なんとかして苦心惨憺の末はじき出した枚数は、応募規定をはるかにオーバーしていたことだけはよく覚えている。

 結局、私はそこから更に文字数を削るという必要に迫られることとなった。


 そしてふたつめが、梗概というやつ。

 もう見た目からして意味が分からない。なんなら梗とか人生で一回も見たことのない漢字だし、読み方すら分からない。

 で、また私はGoogle先生に頼った。そこで出てきたのは一言、「梗概……あらすじ」であった。


 じゃあそう書けや!


 私は応募要項に激しく突っ込みを入れながら、梗概とやらを早速書き始めたのだった。

 ――ふむふむ、梗概は通常の興味を惹くようなあらすじではなく、物語の最後まで全て書くこと、か。なるほどなるほど。

 

 いやまてよ。これ叙述ミステリだぞ? それ書くの?


 そう、ここで私は、昔から現在に至るまで、あらゆるミステリ作家志望者がぶつかる壁、「梗概にトリックまで書くのか問題」にぶち当たったのである。


 これに関しては、散々あちこちで語られているので私から言及することは避けたい。

 ただひとつ言わせてもらうならば、初めてミステリを書いた麻根にとって、叙述トリックのオチまで書け、というのはあまりにも無理難題に思えた、ということだ。

 だってそうだろう。叙述トリックというのはあくまで読んでる側がそれと知らずに読むからこそ驚きに繋がるのだ。

 あらゆるトリックの中で、最もネタバレに弱く、最もネタバレが忌み嫌われているひとつに相違あるまい。


 そのトリックを、オチまで書けという。

 鬼か。


 こうして、憤懣やるかたない気持ちを何とか抑え、書きあがった梗概のデータが今も手元に残っている。

 これを見て思うことはひとつだけ。

 死ぬほどつまらなそうだな、である。

 あまりにもつまらなそうなので、データの公開はしない。後悔はしている。


 あとは100枚以上の原稿をプリントアウトする苦労だったり、封筒にぶち込んで普通郵便で送った思い出だったり、なんやかんやとあったが、まあ大した話ではないので割愛する。

 ともかく知らないことだらけのハードルを乗り越えつつもなんとか体裁は整い、締め切りを目前にしてめでたく初の応募に至った麻根であった。

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