2、読者を探して

 さて、無事に人生初の長編小説を書き上げた私だったが、これをどうするべきかというところでまたひとしきり悩むことになった。

 

 書いたからには誰かに読んでもらいたい。

 そしてこれをどうすれば作家になれるのかを調べなければならない。


 そう、当時の私は「どうすれば作家になれるのか」ということすらよくわかっていなかったのである。

 「なんとかして出版社に認められればいいのだろう」という程度の認識でいたのだ。

 さりとて私には出版社のコネなどはなく、プロの編集者に読んでもらう伝手など望むべくもない。


 そこでとりあえず、この「孤高のヤモリ」の原稿を知り合いに読んでもらうことにした。

 ちなみに昔からあまり本を読む方ではなかった妻は、私が小説を書いたということを知っても「ふーん」くらいの反応である。

 そこを無理して読んでもらったところで、やっぱり「ふーん」くらいの反応しか返って来ないことは明白であった。


 誰に読んでもらうべきか。


 いろいろ考えた末、私は大学当時の友人たちに読んでもらうことに決めた。

 この友人たちは、前回少し触れたように、夜中までミステリ談義を肴に酒を酌み交わすといういかにも青春な日々を共に過ごしてきた連中である。

 ミステリを批評してもらうにはもってこいだ。

 

 そしてその当時で既に卒業から10年近く経ってはいたものの、友情とはありがたいもので、私が「おい、ミステリ小説書いたから読んでみてくれんか」と声をかけると、すぐに二つ返事でOKが返ってきたのだった。


 で、実際にその友人ら3人に送って読んでもらったわけである。


 反応はどうだったか。


「凄い! 面白かった! ……ところでどこらへんがミステリだったの?」が1名。

「オーケイ、お前の性癖は大体わかった。サヤカ(登場人物)が好みなんだろ?」が1名。

「よく書いたがちっとも面白くねえな! もっと面白いもん書けよ!」が1名。


 ……おかしい。そんな筈はない。

 誰一人として「騙された!」とか「驚いた!」という感想が出てこないとは思わなかった。

 これじゃあだめだ。


 そこで私は、必死になって改稿した。25万字あった原稿を見直して20万字まで削り、叙述トリックに関わる部分を徹底的に突き詰め、構成を大胆に変更して、「孤高のヤモリ」は究極進化を遂げることとなった。

 ……おっと違うな、進化生物学徒としては「進化」という単語を誤用するのは万死に値する。危ない危ない。進化というのは世代を超えて起こる集団中の遺伝子頻度の変化を指す言葉だから、同一の個体(作品)の変化を表すには「変態」という語が適当だろう。

 えー、つまり、「孤高のヤモリ」は究極変態となったのである。


 そうして出来上がった改良版を、しかし誰に読んでもらうかという問題が再び私の前に立ちはだかる。

 それはそうだろう。既に一度読んでいる友人に「もう一度読め」といって読んでもらえると思うだろうか。そんなわけあるまい。

 ……そんなわけないんだが、何をトチ狂ったのか、私は前述の3人に改良版を送り付けるという暴挙に出た。「今度はもう少し面白くなったと思うんだ」というメッセージを添えて。


 結果、本当に改良版を読んでくれたのが1名。奇跡である。


 この友人をSとしよう。

 Sはありがたいことに、素人小説である「孤高のヤモリ」を2度も読まされるという苦行を受けながらも、それをちゃんと隅々まで読み、再び感想を送ってくれた。

 曰く、「多分よくなってると思う! でも私はネタを知ってるから、驚きとかはなかったけど」。

 そりゃそうだ。


 かくして私は、「この叙述トリックが他人を驚かせるほどの出来になっているのかどうか」という、解決困難な問題をひとつ抱えることとなってしまった。

 

 考えてみれば、ミステリ小説という分野を書こうとするとき、この問題は常に付きまとうことになる。

 トリックを知らない人間に読ませたときに、驚いてもらえるのか問題。

 一度読んでしまうと物語の裏に隠された驚きが半減してしまう、というミステリの構造上、この分野は下読みに向かないのだ。

 下読みした人間は、すなわち2回目の読者にはなりえない。

 下読みで指摘された問題点を改稿したとして、それを読んで新鮮な感想を言えるのは、未読の人間だけなのだ。


 さて、この問題をどう解決するべきか。

 私はここで他の人間には真似できない解決策を講じることにした。


 それは「身内にいるプロ作家に読んでもらおう!」ということであった。

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