第31話

 ☆

 ヒーシの鹿を討伐したことで、木のない野原にかかっていた呪いが解けたらしい。 呪い自体は目に見えるものではなく、歌唱力に敏感な黄狼めソルガルムとかしか探知できないようだが、アルちゃんが呪いは解けたと豪語したため間違いないだろう。

 

 俺は後始末が大方終わった後、レアーナさん達が待機している村に帰った。

 

 帰るや否や、マルーカさん達と日が暮れるまで罵り合ったが。 さんざん大喧嘩した結果、結局はお互い悪いということで丸く収まった。

 

 丸く収めたのはレアーナさんだった。 あの人は喧嘩の仲裁がうまいのかもしれない。

 

 何はともあれ無事にヒーシの鹿を討伐したことで、アルちゃんの故郷は救われただろう。

 

 翌日、夜明けと共にアルちゃんは故郷の村に帰ると言っていたため、俺は笑顔で見送ってあげようと寝ぼけ眼で手を振ってあげた。 ……のだが

 

「何自分は関係ないみたいな顔してるさ! ティーケルさんもとっとと準備するさ!」

 

「え? 何の準備?」

 

「何をすっとぼけたこと言ってるさ! ヒーシの鹿を討伐したのは君なのさ、だから君を英雄として故郷で労うのさ!」

 

「えーいいよーそんなことー。 寒いしー眠いしー」

 

 昨日俺が天変地異を起こして近くの大地を氷漬けにしてしまったせいで、近隣の村の気温もおそろしいほどに下がってしまっている。 いわゆる異常気象というやつだ。

 

「君はいいと思っても、あたしたちはいいと思わないのさ! みんな君に感謝したがってるのさ!」

 

「んー、じゃあおれは大袈裟に感謝されるのを望んでないってみんなに伝えてくれー、それじゃーおやすみー」

 

 朗らかな笑顔でアルちゃんを故郷へ見送ることなどできず、俺はいつの間にか狼めの背中に乗せられ連れさられていたようだ。 あの状況で二度寝をしようと思った自分を恥じるばかりだ。

 

 こうして俺は、柄にもなく巨人族の方々から盛大な感謝の言葉とできる限りのもてなしをしてもらった。

 

 ヒーシの鹿を討伐したばかりだったため、豪華な料理は振るまえないとみんな残念がっていたが、大急ぎで捕まえた豚を丸焼きにしてくれたらしい。 意外にもかなり美味かった。

 

 冒険者になってからというもの、パサパサの黒パンとか豆のスープとかそういう安価なものしか食べる機会がなかったため、豚の丸焼きは個人的にご馳走様だった。

 

 しかも丸々一頭棒にぶっ刺して焼いてしまうあたり、巨人族というパワーワードにぴったりな豪快さが気に入ってしまった。

 

 数日間のおもてなしを経てようやく街に戻った俺は、久々の暇な時間に自作したハンモックでゆらゆらしながら青空を見上げていた。

 

 『さてピピリッタ氏、ヒーシの鹿も倒したし、俺の望みを叶えてくれるって約束、忘れてないよな?』

 

 『はぁ? あんた何寝ぼけたこと言ってんのよ』

 

 『おいおい、ずいぶん下手くそなしらばっくれ方じゃないか。 お前ら、俺があいつを倒したら何でも願い叶えてくれるって言ってただろう? だからこの世界にインターネット回線繋げてパソコン用意してくれよ』

 

 『どうやら記憶に障害があるようね。 あんた、ヒーシの鹿と常闇の禍神を同一視してないかしら?』

 

 はて、おれはてっきりそういうものだと思っていたが? ほら、よくあるじゃないか。

 

 呼び方が違うだけで実は同一人物でした的な展開。 これがそれじゃないとすると、いったいなんだってんだ?

 

 『言っておくけど、常闇の禍神はヒーシの鹿とは比べ物にならないわよ? ヒーシの鹿はやつの腹心である、悪魔のヒーシが作った魔物なんだから』

 

 『あれ? なんかそんなニュアンスの話、どっかで聞いた気がするんだが』

 

 次第に記憶が蘇ってくる。 そうだ、あれはヒーシの鹿を倒しに行く前、マルーカさん達と決起集会をした時のこと。

 

 その時メルっちが言っていた。

 

(そうですよ! 常闇の禍神を倒す勇者様がいれば、奴の眷属であるヒーシの鹿なんて相手ではありません!)

 

 記憶の断片から掬い取った不穏なワード。 これは、もしかするともしかしてしまうのか?

 

「ティーケルさん。 こんな所でお休みでしたか?」

 

「その声はマルーカさんですね? ポホーラに戻ったんじゃなかったんですか?」

 

「戻る前に、あなたに頼みたいことがあってですね」

 

「お断りします」

 

「……まだ何も言ってないですよ?」

 

 なんとなく、察してしまった。

 

 ヒーシの鹿について詳しく聞いていた時に思っていた。 思っていたが面倒な香りを機敏に察知した俺は気づかないふりをしていた。

 

 確か、ヒーシの鹿のような凶悪生物が巣食っている呪われた大地は七つある。 そして、影の短剣のメンバーも七人。 そして全員が亜人種。

 

「ちょっとマルーカさん、耳みしてくれる?」

 

「耳ですか? かまいませんが」

 

 マルーカさんは不思議そうに眉をくねらせながらも長い髪の毛を分け、耳を見せてくれた。 髪が長いから今まで隠れていたのだが……

 

「思いっきり尖ってるじゃねえか」

 

「え? 言ってませんでしたっけ? 我々影の短剣は全員亜人種で……」

 

 マルーカさんは森の主人と言われるタピオ族の代表らしい。 つまりはこれからの展開はなんとなく予想できる。

 

 呪われた七つの大地にはそれぞれヒーシの鹿レベルの魔物が住んでいて、その魔物達はその地域に生息している亜人種を苦しめているそうだ。

 

「そんなこと言われても俺は常闇の禍神を倒すという使命があるからな、そう簡単には手伝えないぞ?」

 

「そういえば、メルヴィーさんもおっしゃっていましたね。 常闇の禍神を倒すために召喚された勇者様と。 でしたら、なおさら利害が一致しておりますな!」

 

 マルーカさんはさぞ嬉しそうな笑顔で一人納得し始めた。 どうしよう、まったく意味がわからない。

 

「常闇の禍神は悲劇の英雄クレルヴォ様の実の息子。 呪いを司る邪神なのです。 七つの大地に巣食う魔物達は、常闇の禍神の眷属達ですから!」

 

 ようやく、ふわふわしていた存在だった常闇の禍神の存在を理解できたが、同時にものすごく面倒な気配も感じとった。

 

「だったらその眷属は放っておいて、本体倒しにいけば良くない?」

 

「それは無理です。 結界に守られておりますから!」

 

「と、言いますと?」

 

「常闇の禍神はカレヴァの大地のどこかに潜む無の領域に居城を構えておりまして、その場所は三賢人の一人ワイナイネ様のご子息にしか察知することができません! そしてその御子息が居城を察知するためには、七体の眷属を倒さなければならないのです!」

 

 理屈ではわかっている、しかし筆舌に尽くし難い。 これほど面倒なことはあるだろうか?

 

 これがゲームやアニメだったらテンションが上がるのだろうが、今俺が生きているここは現実の異世界だ。

 

 はっきりいって面倒臭い。 けれどこの世界は文化レベルが低いため、このまま何もしないでのんびり過ごそうにも暇すぎて野垂れ死ぬ自信がある。

 

 ハンモックに揺られる俺にキラキラした瞳を向けてきているマルーカさんを横目に伺い、おれはのっそりと上半身を起こした。

 

「まあ確かに、あんたの話が本当なら手を組んだ方が効率はいいでしょうね。 マジで気乗りはしませんけど」

 

「それはよかったです! ではさっそくですが、これから作戦会議を始めますのでこちらにいらしてください!」

 

 こうしておれとピピリッタ氏の面倒な大冒険は佳境へと向かっていくのだ。

 

 残り六体いる化け物相手にマジで死にそうになることもしばしば。 三賢人のワイナイネさんの子息は化け物との戦いで呪われていたから救わないといけなかったり。

 

 炎の幽霊に体を乗っ取られて全身焼けるような苦しみを味わったり。 上げればキリがないほどの苦しい冒険を強いられることになった。

 

 けれど、結局最後にはみんなで協力して常闇の禍神に立ち向かうことになったのだ。 戦い自体は死と隣り合わせの綱渡りだったのだが……

 

 ヒーシの鹿と戦った際に誓った通り、仲間は一人も死なせずにハッピーエンド。

 

 この宣言を守れたことだけは、誇ってもいいのかもしれない。

 

 ここにくるまでに散々文句を垂れてはいたが、ヒロイン疑惑の美少女達に振り回されたこの冒険譚は、意外と悪くなかったなと思ったのだった。

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カレヴァの大地にて〜ヒロインなんてトラブルメーカーだ、なんてこと言っときながら振り回される俺の滑稽な冒険譚〜 直哉 酒虎 @naoyansteiger

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