第19話

 ☆

 『何よ、蛇如きに情けないわね』

 

 『蛇だけはな、何年経っても無理なんだよ。 体が拒否反応を起こすんだ。 あと三秒睨まれてたら漏らしてた』

 

 マルーカさんは俺の慌てようを見て呆気に取られていたのだが、蛇が迫るにつれて悲鳴を濃くしていく俺を見て慌てて蛇をしまってくれた。

 

 あの蛇はヨルガルドという毒蛇らしく、アルちゃんが召喚する狼めよりも凶悪らしい。

 

「申し訳ありません勇者殿、あなたはルナガルム三十体を退けるほどの強者だと伺っていたので、まさかヨルガルドにそこまで怯えるとは思えず……」

 

「蛇だけは、蛇だけは生理的に無理なんですごめんなさい」

 

 俺はボロボロとみっともなく涙を垂らしながら謝罪し続けている。 この人はダメだ、マルーカさんに勝てるヴィジョンが浮かばない。

 

 呪歌セイズを歌うためには冷静に思考を回転させなければならないのだが、蛇を目にしただけで気が動転してしまう俺にとって、相性が最悪と言ってもいいだろう。

 

 恐怖症を克服すればいいだとか思っている奴がいるだろうが、言われるまでもなく何度も試したさ。 動画で蛇を見て慣れようともしたさ、けど無理だったんだ。

 

 俺はメンタルがお豆腐並みに脆いのだ。

 

「ほら大丈夫ですよ、もうヨルガルドは控えさせましたから」

 

「はい、生きててすみません」

 

「さっきまでの偉そうな態度が嘘のように弱腰になっているのさ!」

 

 アルちゃんが俺を見て大口を開けて驚いている。 弱みを握られてしまった以上、俺は逃げることもままならないだろう。

 

 なので、今までの出来事を洗いざらい話してしまった。 蛇は怖いもの。

 

 俺が大神ウォッコから加護を受けているから無詠唱で呪歌を使えることも、常闇の禍神を倒すべく召喚されたことも、異世界から転移してきたことも洗いざらい話した。

 

 だって蛇だけは無理なんですもの。

 

 話を聞いていたマルーカさんたちは信じられないと言った表情で耳を傾けていたが、俺が元いた世界がどういう世界だったのか、精霊のピピリッタ氏を見せながら話した結果、渋々と言った感じで信じてくれたようだ。

 

 俺の平和な異世界生活は、こうして幕を下ろしてしまった。

 

「こちらが、炎の精霊ピピリッタ様なのですか?」

 

「そうよ! この私が炎を自在に操るピピリッタ様よ!」

 

「なんと見目麗しいお姿! お会いできたことは光栄でございます」

 

「ふふ〜ん。 苦しゅうないわよ!」

 

 腕を組んでにへらぁとしながら俺の顔の周りを飛んでいるピピリッタ氏。 俺と違ってここにいる全員ピピリッタ氏へ敬意を表しているという光景にさぞご満悦なのだろう。

 

「これは思わぬ収穫ですね、これで我々の呪いを解呪する未来へ一歩近づけた」

 

「そうなのさ! あたしたちの故郷はようやく救われるのさ!」

 

「え? なんの話ししてるんです?」

 

 突然の展開についていけない。 俺はすっとぼけた顔でマルーカさんに視線を向けた。

 

 ちなみに、マルーカさんの計らいで現在の俺は拘束を解かれ、ログハウスの中に設置されていたソファーに腰掛けている。

 

「我々はかつて、三賢人の一人、むら気なレミカイネという者に呪われた一族の末裔なのです」

 

「マルカハットさん以外は呪殺されたって聞きましたけど?」

 

「ああ、なるほど。 あなたは続きの物語を聞かされていないのですね?」

 

 マルーカさんは遠い目をしながら話を続けてくれた。

 

 どうやら神話の時代、ピピリッタ氏に聞いたレミカイネさんの伝説は本当にあった話らしい。

 

 妻に裏切られた腹いせにレミカイネさんは呪術師たちを呪殺した。 そこまでは俺が聞いた話と一緒だった。

 

 問題はその後だ。

 

 呪殺された呪術師たちはレミカイネさんに逆らえなくなるよう歌いかけられ、その姿を変貌させられたのだ。

 

 決して動かせない大岩、木のない寂しい野原や耕せない枯れた土地、魚の住めない池に変えられてしまった。 それらの全ては呪われた地として一箇所に集められ、誰もその地域に近づこうとはしなかったとか。

 

 そして数百年が経過した頃、呪われた地で新たな種族が生まれたらしい。

 

 新たな種族が生まれたことで、呪われた地にも変化が訪れる。 新たな種族を殲滅するために、凶悪な魔物が生まれてしまったのだ。

 

 こうしてのろわれた地に生まれた種族は、倒せることのない魔物に日中夜襲われ続けることになってしまった。

 

「その魔物の名はヒーシ。 鹿の姿をした理不尽の塊です」

 

「魔物に襲われるのなら呪われた地から逃げればいいじゃないですか」

 

「逃げられるのなら苦労はしませんよ。 戦いを不得手とする女子供を守りながら逃げることができるのならね」

 

 マルーカさんは下唇を噛みながらつぶやいた。 隣であぐらをかいていたアルちゃんも悔しそうに俯いてしまう。

 

「呪われた呪術師は七名います。 イアルヴィーたち巨人族はその七名の内一人が、姿を変えてしまった木のない寂しい野原で産まれました」

 

「戦いの心得があるものは呪われた地から出て食べ物を集め、また故郷に帰るのさ。 故郷から出るたびに何人もの同士が殺され、そしてまた故郷に帰る時にもまた何人も殺される。 故郷を捨てて逃げられるのなら逃げたいさ。 けれど戦えない女子供たちを守りながら逃げようとすれば、間違いなく全滅するさ」

 

 生きるために食糧は必要だ、だがその食糧を手にするだけでも困難らしい。 ヒーシという魔物は呪われた地の一角だけを襲わないようで、その一角から出たものは容赦なくなぶり殺す。

 

 多くの人々は戦えない者を見捨てて逃げたらしいが、それでも呪われた地に残った勇敢な戦士達は同志を守るため、食糧を確保するために日々命懸けでヒーシと戦っている。

 

 呪われた地に残っていたマルーカさんは、各種族の代表を集めてヒーシを倒せるであろう強者を探すためこの組織を立ち上げた。

 

 アルちゃんは巨人族の代表として、ヒーシを倒せる強者を求めてこの一団に参加したのだ。

 

 影の短剣ヴァリョウヴェイツィ、影の国ポホーラを中心に活動をし、理不尽な魔物を倒せる強者を探す、あるいは自分達自身で強くなり、打倒するために。

 

「辛かったわね、マルーカたち」

 

「精霊であるあなた様のお優しい言葉、痛み入ります」

 

「そんなかしこまらなくてもいいのよ! もっと気軽に話してちょうだい!」

 

「でしたら、お言葉に甘えさせていただきます!」

 

 ピピリッタ氏はボロボロ泣きながらマルーカさんの話を聞いていた。

 

 ぶっちゃけた話、俺には関係ない。 この人たちの境遇を知った以上、かわいそうだと思うがこの人たちが集まっても倒せない魔物を俺が倒せるわけがないだろう。

 

 アルちゃんとはさっき戦った。 正直接近戦では勝ち目がないし、マルーカさんとか蛇出された時点で手も足も出ないと思う。

 

 そんな俺がこの人たちに協力できそうなことなんてない。 どうやってこの頼みを断ろうか?

 

 多分俺が言うほど強くないとわかったら解放してくれるだろう、そう思ってこれからどうやってこの人たちに俺が頼りにならない奴だと解らせてやろうかと考えていると……

 

「安心してちょうだい! あたしたちがあなたたちを苦しみから解放してあげるから!」

 

「精霊ピピリッタ様、なんて慈悲深いのさ! あなた様が手を貸してくれるのなら、きっとヒーシを討伐するのも夢じゃないのさ!」

 

 ピピリッタ氏は平たい胸を叩きながらそう告げた。 このチクデレ案内人、俺が助けを求めた時は断ったくせに、なんでこいつら相手だとこんな乗り気なんだよ。

 

「そういうわけだからティーケル氏! 今から呪われた地に向かうわよ!」

 

「え? 今から? いや無理だろ、この人たち総出でかかっても倒せないんだろ? 俺が相手になるわけないじゃないか」

 

「何言ってんのよティーケル氏、あんたは接近戦はクソ弱いけど、遠距離戦なら向かう所敵なしなんでしょ?」

 

 ピピリッタ氏はものすごく機嫌が良さそうだ。 もしかしたらさっきの話は嘘かもしれないし、俺を事故死に見せかけるための建前かもしれない……とか思っていないのか?

 

 そもそもの問題点として、初対面の人間をそう簡単に信用していい物だろうか?

 

 そんなふうに思いながらマルーカさんを一瞥した。 すると何を思ったのかマルーカさん、首に蛇を巻き付けながら俺ににじり寄ってくる。

 

「どうか勇者様、私たちにお力を貸してはいただけないでしょうか?」

 

 両手を祈るように組み合わせ、首に蛇を巻き付けたままジリジリと近寄ってくる。

 

 首に巻き付いている蛇とマルーカさんに凝視され、俺は顔を青ざめさせながら小さな悲鳴を上げた。

 

「わわわわわわかりましたのでその蛇をしまって! 早く! 怖い怖い怖い! 手伝うからしまってくださいよ早くぅぅぅぅぅ!」

 

 俺は、無慈悲すぎる拷問に屈してしまった。

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