第18話

 なんということでしょう。

 

 俺は今、目的地だったポホーラの街にたどり着いてしまった。 どうやってこんなに早く辿り着いたのか。

 

 それはここにくる途中にアルちゃんというデカブツ女と死闘を繰り広げ、ピピリッタ氏の裏切りが原因で敗北し、捕まってしまったからである。

 

 いやはや俺も拘束から逃れようと試行錯誤したのさ。 けれど判明した事実は、紺狼めルナガルムよりも黄狼めソルガルムの方が厄介だということが分かってしまったことだけ。

 

 なぜなら奴ら、俺が無詠唱で呪歌セイズを唱えようとすると、勘づきやがるのだ!

 

「無駄なのさ! ソルガルムちゃんたちは歌唱力に敏感に反応し、小声で呪歌セイズを唱えようとそれを察知できるさ。 だからお前が少しでも妙な気を起こせば、ソルガルムちゃんたちはいち早く気がつくのさ!」

 

 得意げな顔でそんなことを言われた。 だから俺はピピリッタ氏に質問した。

 

 『ピピリッタ氏、歌唱力ってなに? 歌を上手に歌うための力?』

 

 『まあ確かにその通りなんだけど、わかりづらいと思うから魔力的なアレだと思ったほうがいいわよ?』

 

 『呪歌セイズを魔法だと思えって言ってたもんね、なんとなく察してたよ』

 

 『じゃあなんで聞いたのよ』

 

 『ずっとひとりぼっちだとなんだか寂しくなるじゃん、話し相手が欲しくてさ』

 

 『あっそ』

 

 ピピリッタ氏は非常に冷たかった。 わけわからん世界でよくわからないデカブツ女に捕まり、悪の組織のリーダーの元に俺は運ばれているのだ。

 

 はっきり言って不安で不安でしょうがない。 さっきまでは俺最強じゃね? 的な謎の全能感に苛まれていたのだが、今ではそんな自信は毛ほどもない。

 

 唯一の救いとしては、思ってたよりも早くポホーラの街についたことだ。

 

 地下の世界ということで薄気味悪くてジメジメした洞窟の中にいる感じ。 太陽光は刺さないのだが、夜星石やせいせきという淡く輝く石が天井にふんだんに散りばめられているため、思ったよりはぼんやりと明るい。

 

 当初は馬車で三日もかかるとか言われてたから、その間どう暇を潰そうかと考えていたが……

 

 こんなことならずっと暇だったほうが幸せだったのかもしれない。 本当の幸せは暇な時間にあったのかと、謎の哲学を思い浮かべていると、俺を乗っけていた紺狼めルナガルムの動きがぴたりと止まる。

 

「ついたのさ、ここがあたしたちのアジトなのさ! 影の短剣ヴァリョウヴェイツィのアジトへようこそ!」

 

 ようこそってなんだよ、ようこそって。 歓迎されてるみたいな言い方だけどさ、俺はとっ捕まって連行されてんだぞ?

 

 なんて文句が頭に浮かぶが俺を乗せた紺狼めルナガルムはのしのしとアジトの中へ入っていく。

 

 アジトと言っても竪穴のような感じではなく、ここは地下の世界だが想像を絶する広さで、木製の建物がたくさん建設されている。 変な話地下だと言われなければ、地下にいるだなんて気がつかないだろう。

 

 アジトだと言われた場所はポホーラの街を見渡せる高台に建設されていた。

 

 隠れ家のようなログハウスだ。 巨人族のアルちゃんや狼めも入ることを想定してか、入り口がかなり広く設計されている。

 

 ログハウスに入る前にチラリとポホーラの街を見下ろしてみると、思ったよりも繁栄していて人がちらほらと行き来しているのが目に付く。 街の至る所にランタンの灯りが灯っており、不気味な雰囲気を余計に駆り立てていた。

 

 狼めを引き連れてアルちゃんがログハウスの中に入っていくと、中には四人の男女が居座っていた。

 

 みんな鋭い目つきを俺に向けてきている。 中でも奥に設置されていたソファーにふんぞり返って座っていた青年に目を奪われた。

 

 おそらくあの男は別格なのだろう。

 

 他の奴らと比べると纏っている雰囲気は雲泥の差だ。 そして顔も、俺に劣らずイケメンときた。

 

 薄紫の長い髪の毛を緩く括って肩にかけ、群青色の祭服を纏っている。 腰には横笛と水瓶がぶら下がっており、彼に睨まれると蛇に睨まれた蛙のような気分にされてしまう。

 

 ロン毛が似合うイケメンか……

 

 俺みたいな爽やか系イケメンとは違って、美しいと表現するのが正しいイケメンだろう。

 

「お疲れ様ですイアルヴィーさん。 そちらの方が、噂の勇者さんですか?」

 

「そうなのさ! メルヴィーとよくわからない女たちとポホーラに向かっていたから捕まえてきたのさ!」

 

「おやおや、こちらに向かっていたのならわざわざ出向く必要はなかったのですね? それにしてもイアルヴィーさん、勇者様になんて仕打ちをしているのですか? 今すぐ拘束を解いてあげて下さい」

 

 鼻についたような、よそよそしい話し方をする。 なんだか極悪人感が半端ではない。

 

「こいつは危険なのさ! あたしのルナガルム三十体を数分で始末してしまうほどに危険なのさ! だから拘束を解いたらきっと暴れるのさ!」

 

「ルナガルムを……数分で? そんな方を、あなたは一体どうやって拘束したのです?」

 

「接近戦ならクソほど弱いのさ!」

 

「なるほどなるほど、ということは呪歌が非常に得手えてなのですね?」

 

 ひどい言われようだ。 しかしアルちゃんがいう通り接近戦は今後の課題である。

 

 途方に暮れながらぼーっと二人の会話を聞いていると、ロン毛のイケメンは俺の元に歩み寄ってきて突然跪いた。

 

「私の仲間が無礼を働いてしまったようで、申し訳ありませんでした。 申し遅れましたが私の名前はマルーカ。 誤解を招かないよう先に伝えておきますが、私はあなた様と事を荒立てるつもりはございません」

 

 胡散臭い笑みを浮かべながらよそよそしく頭を下げてくるマルーカさん。 目の前で跪くイケメンを拝むのは気分がいいのだが、はっきり言って信用できるわけがない。

 

 たった今さっき酷い目にあったばっかりだし。 じーっと睨んでいると、マルーカさんは困り眉でアルちゃんに視線を向ける。

 

「イアルヴィーさん? 彼の拘束を口だけ外せませんか?」

 

「呪歌を歌われたら危険なのさ!」

 

「そうは言われましてもね、口を拘束されてしまっては会話ができません。 我々はあなたと争うつもりはございませんので、どうか穏便に話し合いを致しませんか?」

 

 そう言って微笑むマルーカさんなのだが、目元が切長なせいもあって三日月を逆さまにしたような目つき。 これは完全に悪者の笑い方だ。

 

 俺は一人でブルブル震えていると、アルちゃんは恐る恐ると言った手つきで俺の口を縛っていた紐を解く。

 

 俺はすぐにでも逃げられるよう無詠唱呪歌を発動させたいのだが、少しでも周囲の物質を操作すると黄狼めソルガルムが唸り出す。 これでは何もできない。

 

 唸り出した黄狼めソルガルムをチラリと横目伺ったマルーカさんは、驚いたように口を窄ませながら興味深げな視線を俺に送ってくる。

 

「失礼ですが、勇者殿は無詠唱で呪歌を使用できるので?」

 

 俺が無詠唱呪歌を使おうとしたのはたった一瞬だったのだが、その一瞬でバレてしまったらしい。

 

 黄狼めソルガルムの反応を見て察したのだろうが、俺が無詠唱で呪歌を使えるという事実がバレてしまうと本格的に逃走を図るのが困難になる。 何がなんでもしらばっくれなければならない!

 

「無詠唱で呪歌? 呪歌って歌わなくても使えるんですか?」

 

「とぼけるのがお下手なのですね。 ソルガルムは歌唱力の動きに敏感に反応します。 あなたが一瞬でも呪歌を使おうとすれば、あなたの周囲で揺らぐ歌唱力を難なく察知するでしょう」

 

 マルーカさんは俺を蛇のように睨みながら黄狼めソルガルムの側に歩み寄り、その背中を優しく撫でた。

 

「先ほどソルガルムが反応した際、あなたの口元は一切動いていなかった、喉もね。 よって無詠唱による呪歌が使用可能だと想定できます。 一体なんの楽器を使っているのです?」

 

 得意げな表情で俺に語りかけてくるマルーカさん。 っていうか今意味深な発言が聞こえたが?

 

 はて、楽器ってなんだ?

 

「なんのことですか?」

 

「知らないふりをしていても無駄ですよ?」

 

 マルーカさんが優雅な仕草で腰にぶら下がっていた横笛を取り出すと、それを口元に添えて心地よい音色を響かせ始めた。

 

 思わず聞き入ってしまうような綺麗な音色だったのだが、俺は一瞬にして顔を青ざめさせる。

 

 なぜなら、マルーカさんの腰にぶら下がっていた水瓶の口が歪み出し、その中から水色の細長い生き物が出てきたからだ。

 

 ニョロニョロと、次々と水瓶から出てくる細長い生き物は、全身を鱗で覆い、頬の辺りまで裂けた口元からチョロチョロと舌を出し入れしている。

 

 俺には我慢ならないものがある。 大嫌いというか、見ただけで全身に鳥肌が立ち、恐怖で身動きすら取れなくなるほどに苦手なものがあるのだ。

 

 要は恐怖のあまり拒否反応を起こしてしまうもの。 この完璧超人(自称)が唯一苦手とするもの、それが蛇である。

 

 そして今、目の前に脅威が迫っていた。

 

 なんの疑いようもない。 あれは蛇だ。 俺が大嫌いな、蛇なのだ。

 

「このように、呪歌は使い手によっては歌うことなく無詠唱で唱えることも可能なのです。 つまりあなたは先ほど、なんらかの手段を使って楽器を奏でていた。 その楽器はなんなのか、それを大人しく話していただければ……私の可愛いヨルガルドたちを大人しくさせましょう」

 

 水色の蛇たちが俺の周りに集まってくる。 総勢八匹。

 

 あのくねくねした挙動が嫌いなのだ、あの気味の悪い動きを見ていると全身に鳥肌が立つのだ。 あの爬虫類のギョロッとした瞳が何よりも恐ろしいのだ。

 

 そんな恐怖の生き物に取り囲むように位置取られ、シュルシュルと身の毛もよ立つような音を立てられている。

 

 本気を出さなければならない時が来た。 俺は全力で——

 

「ごめんなさい全部話します俺は呪歌を無詠唱で使えるんですだからこの蛇たちを早くしまってくださいお願いします絶対に逆らいませんから早くしまってお願い早くぅぅぅぅぅ!」

 

 ——自分の滑舌を褒めたくなるほどの早口で、必死の命乞いを叫んだ。

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