僕らの街のメロディー

青篝

短編です

もうすぐ時計の短い針が

10を示す頃、寂れた無人駅のホーム。

客なんてほとんどいなくて、

ただメロディーが流れているだけ。

無人駅なだけあって、

暖房も冷房もありはしない。

色褪せたイスに座って、

雪の降る寒さに震えながら

僕はあの子を待っていた。


「やぁ…久しぶりだね。」


君が来たのは、

雪の影響で電車が止まってしまって、

予定より4時間も遅れた頃だった。

ずっと待ち続けていた僕を見て、

君は言葉を失っていたようだった。

あの頃と変わらない

真珠のようにまん丸な君の瞳は、

涙で溢れそうになっていた。


「ど、どうして……。」


君が何を言いたいのか、

僕にはすぐに分かってしまう。

待ち合わせた時刻はとうに過ぎ、

肌を刺すような寒さの下で

僕は何時間も待っていたのだ。

優しい君のことだから、

止まったままの電車の中で

祈っていたに違いない。

こんな寒空の下で、

私のことを待たないで、と。

でも、それを知った上で、

僕は君を待っていたんだ。


「さ、行こ。」


感覚を失った手を出すと、

君は涙を拭いながら

しっかりと握り締めてくれた。

電車の中は暖かかったのだろう。

君の手の温もりが、

じんわりと僕の手を温めていく。

もうすっかり夜も深くなり、

星達が僕らを見下ろしている。


「階段、気をつけてね。」


一歩外に出れば、

雪の絨毯が広がっている。

段差の位置を確かめながら

僕が階段を先に下りて、

君の手を引いた。

たった数段の階段だけど、

とても長い階段を下りたみたいに

長い時間が流れた気がした。


「どこへ行くの?」


「それはね、秘密だよ。」


笑顔で聞いてくる君に、

僕はイタズラっぽく言った。

えー、と唇を尖らせた君は、

それ以上は聞いてこなかった。

薄がりの街灯の下、

白い息と白い雪が混じり、

君の手を引いて歩く。

1年ぶりの再会だけど、

君がこの街を離れる前と

何も変わらない景色の中を

君は懐かしそうに見ていた。

山よりも高い建物に、

波のように押し寄せる人々。

君の手紙に書いてあった景色とは

まるで別世界の僕らの街は、

あの頃と何も変わっていない。


「あ、この道って……。」


目印だった壊れた街灯を見て、

君は僕がどこに行こうとしているのか

分かってしまったようだった。

駅から歩いて10分と少し。

壊れた街灯の立っている角を曲がり、

山の小道へ入っていく。

冬の山は危ないから

近づかないようにって

大人達に言われているけど、

高鳴る鼓動が悪魔の囁きのように

僕らを山へと誘ってきた。

でも大丈夫。山と言っても、

山の入り口から少し入った場所にある

ちょっとした広場に行くだけだから。


「少しだけ、目瞑ってて。」


「な、なに…?」


「いいからいいから。」


広場に入る手前で、僕は君に言った。

君は不安そうにしたけど、

すぐに目を閉じてくれた。

君の両手を引いて、

僕は後ろ向きにゆっくりと歩く。


「少しだけそのまま待ってて。」


広場の真ん中まで来ると、

僕は君の手を離して

上着のポケットを漁った。

取り出したのは、

小さなビニールシート。

それを広げて地面に敷いてから、

再び君の手を引いて

ビニールシートに寝そべった。

小さなビニールシートだから

二人が寝そべるだけの広さはなく、

上半身だけをビニールシートに入れた。


「いいよ。さぁ、目を開けて。」


目を開けた瞬間の君の横顔を、

僕は一生忘れることはないだろう。

夜空に浮かぶ無数の星から

雪が降り注ぐその景色に、

君の瞳は輝いていた。


「綺麗……。」


都会じゃ星が全然見えないんだと

君が手紙に書いていたから、

僕が知る中で一番綺麗な

星が見える場所に

君を連れて来たかった。

今までもこの場所には

何度も来ていたけど、

いつも夏の暑い時期だったから、

雪が降り注ぐ中の星は

また別の感動があった。


「この場所の星が綺麗だって、

僕のお父さんが教えてくれたんだ。

なんでも、お父さんはここで

お母さんにプロポーズしたんだってさ。」


プロポーズ、という言葉に

少しだけ照れてしまったけど、

僕は君に伝えたかった。

この街と景色は、

あの頃と何も変わってない。

駅のメロディーも壊れた街灯も、

あの頃と何も変わってない。

変わったのは僕らの方。

君が遠くに行って、

僕らの日常は変わってしまった。

だけどそれでも、

僕にはあの頃と何も変わってない、

大切な気持ちを今でも持っている。


「今夜はクリスマスイヴだから、

僕から君にプレゼントをあげるよ。」


「これ以上…私に何をくれるの……?」


二人で体を起こして、

僕は上着のポケットに手を入れた。

半年分のお小遣いを貯めて、

やっとの思いで買ったんだ。

君に、最高のプレゼントを。

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僕らの街のメロディー 青篝 @Aokagari

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