友情ファンタジー

須賀正俊

第1話 友情ファンタジー

 そう、あれは成人として産声うぶごえをあげてから、三ヶ月ほどが経過してからの出来事である。


 僕はふとある方法を思いつきそれを行ったことにより、それまで敵と見なしていた身近にいる人たちを、次々とパーティー(仲間・戦友・きずな)へと変えていき、脳内自分国の勢力を拡大していった。


 その思いつきとは、ロールプレイングゲームをプレイする時、物語の主人公にはもちろん自分の名をつける。


 そして、旅を続けていく中で仲間となり共に「悪」へと立ち向かってくれるメンバーを、ふだん身近に存在している苦手な人(嫌いな人)の名前(フルネーム)にするのである。


 社会というコミュニティーに属している以上、苦手な人の一人や二人は誰にでもいるのではないのか。


 そんな人たちと表面上はきずなを取りつくろうことは出来ようとも、ハートは違和感大ありである。


 言うなれば、老人ホームで八十歳前後のおじいちゃん達が複数人集まり、ゲームセンターでパンチングマシンのスコアをどうすれば伸ばせるかを議論している光景に遭遇そうぐうした時のように、違和感大ありである。


 ゲームを開始して物語が進むにつれて、仲間が一人二人と増えていく。


 一番はじめに仲間となる者は、基本的には最も長い時間、苦楽くらくを共にすることとなる。


 だから自分にとって今一番苦手な人の名前にする。


 二番目に仲間となる者は、二番目に苦手な人というぐあいに。


 その人との関係性を良好にしていく為には、熟成期間の長さこそが正義なのである。


 ゲームの中で一番はじめに仲間になるメンバーが筋骨隆隆きんこつりゅうりゅうの武器や魔法などはいっさい使用せず、おのれの拳のみで道を切り開いていく真性しんせいの武闘家であり、その時期もっとも苦手とする人が高橋綾たかはしあや(仮名)さんという女性であったとする。


 そのような状況の時、ゲーム開始早々にさっそく自分に課した鉄のおきてを破り、一番でなく二番目に苦手とする男性の名にするべきか。


 いやいや、それだとせっかくの白魔術の効果が半減である。


 ファンタジーワールドの者を見た目や名前で判断してはいけません。


 現実世界では小柄な高橋綾さんですが、ファンタジーワールドでは誰がなんと言おうと、マッチョな武闘家なのである。


 色眼鏡いろめがねを掛けて、さあ、長い長い冒険へといざ出発。


 そうして長い時間をかけ幾多いくた紆余曲折うよきょくせつを経て、現実世界で苦手なあいつらと共闘して大魔王を撃破。


 悲願の世界救済を成し遂げたのである。


 これは天地創造に匹敵するほどの快挙ではあるまいか。


 一兆花マルにも該当する「偉業プリズム」を成し遂げた連休明けの久方ひさかたぶりの会社へと出勤。


 到着しオフィスへと入るなり二人三人と、すでに出社しているではないか、デビル・トリオが……。


 ……あれ、なんだこの連休前とは明らかに違う、感情の電極がマイナスからプラスのほうへと移り変わったかのような明らかな変化は。


 それからしばらくのあいだ業務そっちのけで、すきあらばヤツらに恐る恐る接近し、アスファルトに転げ落ちて微動だにしないせみを木の枝でつつくかの如く、自分の感情を確認してゆく。


 だんだんと理解できてゆくその心は?


 それは、好き嫌いなどというそんな次元の甘っちょろい感情なのではない。


 相変わらず苦手な人物であることに変わりはないのであるが、なんというか、ライバル同士が共闘きょうとうする時の感覚とでも言おうか。


 格闘ゲームの全国大会で争っていたあいつらとチームを結成し、世界大会で強豪たちに挑んだ後日本に帰国して、再び明日からライバル同士に戻るような感じ。 


 敵に変わりはないのであるが、互いをリスペクトしたうえでの敵同士。


 まぁ、一方通行の想いなのかもしれないけれど。


 そんな気持ちでデビル・トリオと接するようになってからというもの、まずこちらがヤツらに対して、以前よりもフレンドリーに接するように出来るようになったのは言うまでもない。


 するとどうであろう、ヤツらも徐々にではあるが、こちらに対しての対応が柔和にゅうわになってきているように思える。


 これは心理学でいうところの、「好意の返報性」というやつではあるまいか。


 こちらが相手に好意を示すと、相手もこちらに対して好意をもってくれるようになるというやつ。


 なにしろ、あのデビル・トリオとは、共に世界を救った仲間なのである。


 ヤツらはこちら(ハンドルネーム、『S』とさせていただく)に対してこう思っているのではないだろうか。


(オレ、Sのこと嫌いなはずなんだけれど、でも、なんかあいつと居ると、共にすごい事を成し遂げたような気になるんだよなぁ)


 そりゃそうである、手や口から光線を出すような人間離れしたヤツらを倒して、地球の英雄となったのであるのだから。


 こうして僕は、現実世界での白魔術を手に入れた。


 それから数年後、いつものように苦手な人が人生に登場すると、ゲームのタイトルは違えど、同じ手法で「デビル」を「戦友」へと変えていっていた。


 そしてある日の職場での昼食時、ある話を耳にすることとなる。


 最近までデビルであったYが、同僚数人から借金をしているというのである。


 僕はその事が気になってそわそわし、業務そっちのけである。


 長い旅路を共にしてきた仲間のピンチなのである。


 かと言って現実世界での会話は必要最小限。


 いや、初対面の二人がジャンケンをするシチュエーションになり、お互いに見たことのない新種の手を出した時ほど、皆無といっても過言ではないだろう。


 休憩時間中、タイミングを図ってYへのコンタクトに成功。


 僕の学校でいうところの放課後の呼び出し希望にYは、警戒心を隠すこともなく、舌打ちを一度した。


 無意識の威嚇いかくであろうかと思われる。


 でもあの時の僕にはYの舌打ちの意味が、「勇者よ、オレたちに黙って一人で大魔王の洞窟どうくつへ行き、自分一人が犠牲になろうとするとは……バカヤロウ! オレたちここまで苦楽を共にしてきた仲間じゃねぇかよ! 生きるも死ぬも、その時は一緒じゃねぇのか!」的な事だと現実を見誤っていた。


 そうして勇者ぶった振る舞いで半ば強引に武闘家気取りの男を、会社を出て徒歩で無理なく行ける圏内にある、某ファストフード店へと誘った。


 入店してレジで商品を注文して受け取ると、店内に設置してある比較的奥のほうにある席が相手いたので、向かい合わせではなく隣り合わせで腰を下ろした。


 僕はアメリカンスタイルで豪快にハンバーガーを頬張り、咀嚼そしゃくした固形物をドリンクで流し込むと、そのノリの演出を維持したまま、フランクな口調を意識して借金の噂の真意を問うた。


 するとYは、僕の演技に乗っかるかのような口ぶりで、さほど警戒する素振りを見せずに真実を打ち明けた。


 理由は、ファストフード店ばりによくあるたぐいの内容であった。


 要約すると、“「すすきの」にある夜の店に通うようになり、そこで出逢った女性の身内が病気を患い手術費用が必要だというので、Yが手術に必要な費用を肩代わりした”という、毎週放送している時代劇のお決まりのパターンばりに、全国津々浦々ぜんこくつつうらうらどこへでも聞くようなだましの手口に引っ掛かってしまったのである。


 それで自分の貯金だけでは足りず、まかなえなかった分の金額を、会社の人間複数人から借りたというわけである。


 現在その女性は店を辞めてしまって、音信不通だという。


 本人は、いまだ騙されていることに気がついていない様子である。


 僕は勇者として、武闘家Yが共に世界の平和を願い、協力して魔王軍と戦ってくれていなければ、いま人類は存続していなかったと確信している。


 僕は、Yが会社の人間などからしている借金の総額を聞き出すと、迷うことなく翌週に、ブランドモノのハイグレード自転車が買えるほどの金額をYに貸し出した。


 そして一ヶ月、三ヶ月、半年と、時は経てどもYからの返済は一円たりともない。


 返せるかどうかの今の状況すら、何も報告してこない。


 僕は嫌な予感を感じつつも、まさかこのまま返さないなんてことはないよなと信じ、ある日の休憩時間、Yと二人になる機会が出来たので、彼に荒波が立つことのないようにと慎重に言葉を選んで、少しずつでもいいから返済してほしいとの旨を伝えた。


 すると、その“まさか”が現実となった。


 Yは僕からお金を借りた覚えは無いとしらばっくれたのである。


 僕はギアを、ローからセカンドを通り越して、一気にサードまで引き上げてYに差し迫る。


 それに対してYは余裕のローギアのまま、そんな証拠はどこにあるんだといった、まるで事件のあった後にこの世に生まれてきたかのような、絶対に逮捕される事はないといったような余裕ぶりである。


 確かに借用書なるものはもちろん、メール等の記録に残るモノは何もない。


 結局、これ以上追及しても金銭の回収は不可能だと悟り、泣く泣くあきらめることとした。


 僕はこの件があって以来、ロールプレイングゲームをプレイする時には、各キャラクターに与えられた本来の名前を素直すなおに使用して冒険をしている。


 そして、本能的に苦手だと思うような人とは無理に仲良くなろうなどとはせずに、草食動物が自分を狙う肉食動物の存在に気付いているかのごとくの距離感を保ちつつ、日常生活を送っている。


 これが僕の後悔した出来事、黒歴史である。




  

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