第21話 仲間だから
「おお、晴真くん、かーわいいー!」
「なんだこりゃ、オジサン惚れちゃうなあ」
喜之助と山代少尉が口を揃えてベタ褒めし、晴真は恥ずかしげに身を縮めた。
控えめな色と柄ながら、女物を着せられて華やかに帯を結んだ晴真。髪は上の一部だけをまとめてリボンをつけている。
姿見に映る自分に耳まで真っ赤にして、晴真はうめいた。
「……
生霊を清めた件の報告に山代の所へ行った三人。その後喜之助が申し出た内容で流れがおかしくなった。
晴真を女装させてみたいのだが女の着物を借りる当てはありませんかねと言われた山代は、爆笑して請け合ってくれたのだ。ウチの姉に聞いてみる、と。
山代は独り身だが、姉がいた。その子らは全員男だそうで、娘を着飾ってみたかった姉上はノリノリになった。あれよあれよと話が進み、自分の若い時の着物を出してきて着付けてくれたのだ。
さすがに着丈が足りずにおはしょりが作れないのだが、垂らした帯と袖でなんとか誤魔化す。ちょっと小間物屋の前を通るぐらいならバレやしないと山代姉が太鼓判を押し、晴真は悲しい。
「僕、そんなに男らしくない?」
「いや――俺には男にみえるが」
しょんぼりする晴真に、慧だって困惑している。化けたなとは思うが、男の晴真の方がいいと思った。これを連れて歩けと言うのか。
「この格好だと女にも見えるよ。ちょっとかまして来ようぜ」
「……おまえのせいなんだぞ?」
「それは言わない約束だろ」
山代には女装の理由を、喜之助の恋を応援するためとは言わなかった。その気はないのに想われて慧が困っているからとしたのだ。それは本当ではあるが、そうじゃないだろう。
信じてもらえたか怪しいと慧は思うのだが、相棒の名誉のためにそれで通す。いちばんの被害者である晴真が、喜之助には世話になっているしと承知してしまったのだから仕方なかった。
だが晴真も、慧と並んだ自分を見て後悔することしきりだ。
だって、絶妙にお似合いだと思う。
並んで女にも見えるのは、慧の体格が良いからだった。細身とはいえ晴真だってさすがに男の上背はあるのに、それを感じさせない。
こんな風にして二人で歩いたら本当に慧と想い想われの間柄のように見えそうで、おかしな気持ちだった。
「さあ行こう行こう!」
「――」
ため息をつく慧と、もじもじする晴真。二人は宿舎からそっと外に出た。
そして恐ろしいことに、道行く人は誰も怪訝そうに振り返ったりしなかった。喜之助は驚きつつご満悦。
「完璧だな……!」
「やめてください……僕恥ずかしい」
「おっとしゃべるな。さすがに声はごまかせない」
うつむきかげんに恥じらいながら歩く晴真は普通に美人だ。慧もそれは認めざるを得なくて、うっかり男の目を惹いてしまったらと思うと胸がざわつく。ことさらに堂々と歩いて周囲を威嚇し寄せつけず、視線からかばってしまった。
そんな二人と小間物屋近くまで来て、喜之助はニヤリとする。
「じゃあ、頼む」
喜之助が店に行けば、また絹子は外を確認するだろう。そこで仲睦まじく待っていてくれればいい。二人を置いて、喜之助はのれんをくぐった。
「こんにちは」
「あら
「やあ買い物じゃないんだけどね。ちょっとまたしばらく任務に出なくてはならなくて、そのお断りに。戻ったら何か買わせてもらうから」
「まあ、ご丁寧に。よくご一緒の――芳川さまでしたっけ、ご同様なんですか?」
「ああ、奴もさ。外にいるが」
そうですか、と絹子は表をのぞく。そこでは慧が晴真に何かを言っていた。顔を上げて口を開いた晴真に指を示してシイ、と黙らせる。恥ずかしげな晴真がまた女らしさ倍増で、なんともいい雰囲気だった。
「――あちらは?」
絹子の声が硬くなる。喜之助はここぞと素知らぬ顔だ。
「あの連れかい? なんでも家族との顔合わせだとか」
「そう、なんですか――」
それはまったく真実。晴真は爺さまに会うために呼ばれたわけで、喜之助は嘘をついてはいない。あれは本当は男だと告げないだけだ。
晴真を嫁に取るのかと勘違いし、とたんにどんよりした絹子は「どうぞご無事で」と力なく言うと喜之助を見送った。
そんなこんなを乗り越えて、三人は横濱に帰ってきていた。
まだこれまでの官舎住まいなのは変わらない。支部にするという家が整うのはもう少し先だ。だがここでの三人暮らしにも馴染んでしまい、ちょっと捨てがたいなと慧は思っている。
「ねえハルマ、ていとのおみやげはないの?」
「んー、ごめん。わりと忙しかったんだよ」
座敷で晴真の膝にまとわりついているのは豆腐小僧だ。豆腐の盆はちょこんと畳に置いてある。
忙しかったのはその通り。芳川中佐に会い、生霊を清め、女の子になった。買い物なんてしていない。だけど豆腐小僧へのおみやげって豆腐以外に何がいいんだろう、と喜之助は首をひねった。
「ハルマ、このごろおしごとばっかりだねえ」
「ええー。そんなでもないけど」
豆腐小僧はそれなりに長く、世を過ごしてきているのかもしれない。時の流れの感じ方が人間とは違う、と言葉のはしばしで感じるのは晴真の気のせいか。
それにしたって何日も暇にしているような働き方の晴真たちのことを「仕事ばかり」と言われても笑うしかない。
「……だけどハルマ、たのしそう」
晴真の膝に頬づえをついて友人を見上げ、豆腐小僧はにっこり笑った。
そうか。そうかな。
晴真はきょとんとしたが、すぐに笑顔になった。
「うん。楽しいよ」
豆腐小僧の言う通りだ。慧と、喜之助と、力を合わせるのはとても楽しい。そのうえに、悲しみ苦しむ怪異たちを助けてあげられるのならもっと嬉しい。
「よかったねえ。じゃあこんどまた、ぼくもハルマとおしごとする!」
「ほんと? とうふちゃんと一緒もいいな」
聞いていた慧も喜之助も、ふ、と吹き出した。豆腐を巨大化させたあれは、豆腐小僧の中で仕事だったのか。たしかに成果はすごかったが、見た目がおもしろいので。
振り向いて「なんだよう」とふくれる豆腐小僧はとても可愛い。優しい目で喜之助はうなずいてやった。
「そうだね、あの時の豆腐小僧くんは格好よかったよ。戦いにおもむく男って感じだった」
「わ! ぼくカッコよかった? キノスケさんもいいやつだね!」
どうやら喜之助も、豆腐小僧の仲間にしてもらえたらしい。慧は思わず微笑みそうになり、そう言えば「ケイくん」と「キノスケさん」なんだと気づいてイラッとした。扱いが違うじゃないか。
だがそういうところが子どもっぽいと晴真に言われたのも思い出す。なので表には出さないようこらえた。晴真には、頼れる男だと思われたい。
「――ん?」
いや、なんだそれは。
そんな風に考える自分に疑問を持って、慧は眉根を寄せた。
「どうした?」
「……いや」
と、玄関でドンドンドンと音がする。忙しく叩かれるこれは。
「うげ、伝令かな。慧、いい勘してるじゃないか」
「怪異が出たんでしょうか」
「うわぁい! じゃあぼくも、いく!」
喜ぶ豆腐小僧は、やはり遊びに行く子どものようだ。慧は思わず頭をなでた。
「よし、豆腐も行くか」
「うん!」
もうすでに豆腐小僧も仲間の一人。ならばまた四人で働いてくるとしよう。
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