第203話 利用できる物は何でも利用する。それが私の主義だ! と、誰かが言っていた気がする。


はい、実はキッチリやらかしています(笑) 

そしてテオドラバーサンの過去が少しだけ明かされます。



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 クリンの説明で押し切られる形で井戸屋形(時代劇などで井戸に付いている屋根みたいな物)を設置し、滑車付きの井戸が完成したのだが。


「小僧、このク○餓鬼がっ! 舌の根も乾かないうちに何だいこりゃぁ!?」


 早速とばかりに井戸を試用したテオドラがまたまた鬼の形相で六歳児に詰め寄っている。


「何って、釣瓶式井戸ですが?」

「ツルベってのが滑車の意味なのは解ったよっ! 問題はそこじゃないだろ、解っているだろ小僧!?」


「問題……? スムーズに井戸水汲めていますが何か?」


「何かじゃないよ、だろうがっ! お前、コレ絶対何か小細工しただろう、ええっ!?」


 肩を掴まれガクガクと揺らされ、クリンは仕方なく白状する。


「小細工と言うか……ベアリング、回転軸受けを取り付けただけです」


 そう言われたがテオドラは博識ではあっても科学者でも技術者でも無い。ベアリングが何かわからないので困惑する。


 当然だ、この世界にはまだ存在していない。存在していなければ博識でも解る筈が無い。だが、回転軸受けと言う言葉からには軸の部分に何か細工があるのだろう。


 そう推測しジッと滑車の中心軸の辺りを観察するが、板でガッチリと覆われており外側からは構造を見る事は出来なかった。


 ジッと観察しているテオドラに、クリンは続けて解説する。


「本当はボールベアリングを仕込みたい所ですが、流石にアレは技術と精度が必要なんですよ、歪みの無い真球に近づけるのは。今の技術では無理でして。ダビンチ型ベアリングでもやはり限界があります。なので、ある程度技術が未熟でも作れるコロ式ベアリング、単列円筒コロ軸で我慢してみました。それでもこの精度の出来だと少々摩耗が激しいし摩擦も結局大きいですね」


 正直テオドラでもこの少年が何を言っているのか理解出来ていない。だが、それでも分かった事がある。


「ベアリングってのは解らないが……コロって事は大昔の荷物を運ぶ時に杭なんかを並べて運ぶ方式の事だね……それを軸受けと呼ぶって事は……そうか、コロを物を運ぶ為では無く『回す為』に使っているって事かい。成程、コロは杭のサイズさえ揃っていれば大岩でも一人で運べるって話だ。それを平面じゃなく円形に、この滑車の軸の回りを杭で囲って軸が回転しやすい加工をしているって事だね?」


 と、滑車の軸受けを外側からだけしか観察できない割には正確に推察して見せた事に、クリンはハッキリと驚きの表情を浮かべる。


「おお……そこを理解出来るとは流石です。良く解りましたね!」

「何言っているんだい。ついさっき小型滑車を作って見せたばかりじゃないか。ならこのなんてふざけた代物も、絶対にこれまでにある物を応用して作る筈だね。いい加減アタシにもそれ位解るわい」


 不機嫌そうな顔でテオドラがクリンを睨みつける。


「そして、小僧がシレっとトンデモな代物をウチに持ち込んだ時は、売り物に出来るか出来ないか疑問な時と、売る気がさらさらない物のどちらかで、コレはご丁寧に外から構造が分からなくしている辺り、売る気の無い物だろう?」


「おおっ正解です! コロ式ベアリングと言っても素材がその辺の木材と言う大分怪しい試作品です。コロの精度もミリ単位では揃っていてもコンマ単位ではズレていますし、径も正確とは言えませんからね。工業ラードをグリス代わりにして強引に摩擦を減らしていますが、これでも回転効率が悪くて周りが悪い、未完成もいい所です。実働実験したい所ですがウチだとそんなに頻繁に使う所がまだ無いので、ドーラばぁちゃんの所なら結構な頻度で使うでしょうから、実用化問題の炙り出し稼働実験にはもってこいなんですよ」


 シレっと実験台扱いしている宣言をして見せるクリンに、それでもテオドラはジットリとした視線を向けたままだ。


「魂胆はわかったけど、何故でそれをやるんだい。手習い所だからガキが多くて使用頻度が高い、って考え何だろうがその分人目に付く。大っぴらにしたくないからこんな回りくどい事してんだろうが、逆効果だろう」


「言った筈です。『不便な物を不便なまま使うようなドMは許さない』と。売る気は無くても便利な物は使ってもらわなくては困ります」

「しかし、目立つ事には変わりないだろう! ウチでやる意味は無い筈だよっ!」


 と、テオドラが怒鳴るのをクリンはニタリとした笑みで迎え撃つ。


「存命中に知己を得られませんでしたが、話ではばぁちゃんの旦那さん、割と高名な魔導士だったそうですね。それも宮廷で働ける様な。加えて工学や数学の分野でも秀でていたそうですね」

「小僧……それを何処で聞いた?」


「詳しくは知りませんが、それでもこの手習い所で勉強していたら近所の奥様方が噂しまくっているのを嫌でも耳にしますので」


 少年の言う通りテオドラの亡き夫は、元は別の国で宮廷魔術師まで上り詰めた魔導士だった。魔導士と言っても学問の方に強く魔法自体はごく普通よりも上な程度だ。


 叩き上げで頭は良かったのだが、残念ながら身分と政治力が低かった。他の宮廷魔術師とのソリが悪く最終的には追放に近い形で解任され、失意の内に国を見限り出奔しこの国に流れ着いている。


 この国には夫の親戚が暮らしており、その伝手を伝っての移住でありテオドラも夫に着いて移住してきている。


 国を出奔した時点で夫はそれなりに高齢であり、前職の身分を使って仕官する気力は既に無く、隣の領で私塾を開いて余生を送った。


 尚テオドラ自身は実は後妻である。夫の子供は元の国で既に独立していたのだが、当の夫が前妻の子供に頼る気が無かった為に、テオドラも付き従って移住してきた形だ。


 因みに彼女自身の子供も国元に残して来ている。娘が生まれていたのだが彼女の実家に養子として引き取られている。


「まぁ、その辺の事情は正直興味が無いですし、知った所で僕に何が出来る訳でも無いのでどうでもいいです。僕が気にしているのは、ドーラばぁちゃんの亡き旦那様が『学者として有名だった』と言う部分と『収集癖もあった』と言う部分です。ええ学者なんて呼ばれる魔術師が集めた物ですから、一般人には理解出来ない物も多いですよね、ハイ」


 と言って意味あり気な笑みを浮かべて見せ——テオドラは悟る。この小僧は多少怪しい物があったとしても、亡き夫が集めた物、と言い張らせる気だと。


「小僧……お前、ウチの死んだ旦那の名前を盾にする気かい?」

「それはもう。にほ……ボッター村には『立っている者は親でも使え』と言う言葉があります。他にも『先祖の墓も綺麗に飾れば観光名所』と言うのもあります」


「……割と最低な言葉だねぇ」

「そうですね。ですが、折角ドーラばぁちゃんが快適に生活出来そうな物を作っても『この世界の常識』とか言う役に立たない物で使えないとか意味が解りません。そんな事で不便になる位なら、尊敬できる学者様の名前も大いに利用して利便性を追求します。人を幸せにするのがクラフターです。その為なら何でも利用します」


「……本当に、クラフターってのはこんなにはた迷惑な連中なのかねぇ……しかも便利な道具である事に間違いないから余計にタチ悪いよ」


「ハッハッハッ。クラフターなんて大体こんな物です。あ、この釣瓶は強引に分解しようとしたら壊れる細工していますから、無理にベアリングを確認しようとしないでくださいね。ベアリング部分も固定していませんからこのカバーを外したら中身が壊れる様にしてありますので。ですので何か聞かれたら旦那さんの収集物って事にしてもらえると助かりますし、それが一番問題ないと思います」


「自壊機能付きかい! 本気で真似させる気が無いんだねコイツ……全く、本当にクラフターって連中に関わるんじゃなかったよ」


 結局は。「一度便利な生活を知ったら元の不便な生活に戻るのは難しい」と言う言葉を実体験で悟ってしまったテオドラである。


 深くため息を吐いて、以降はなるべく少年の作った物は確認し、ヤバそうな物は見なかった事にして公表させない様忠告しようと心に決めたのだった。






 そんなひと悶着があったが、何とかテオドラ邸の水回りの魔改造が終わり、クリンは露店仲間の野菜売りのオヤジから大麦を購入し麦茶用の焙煎を始めた。


 別に野菜売りのオヤジの店に固執する必要は無かったのだが、お得意様になっている事と季節的に割高であるが他の店の様に子供だからと足元を見るような事をしないので、この手の物はオヤジの所で買う様にしている。


 尚、麦茶を煮出すのに鉄鍋だと色が黒くなりすぎるので新たに土瓶を制作しており、それで煮出す事にしていた。


 それともう一つ。同じ飲み物で新商品を開発していて、その試飲をテオドラに頼んでいた。テオドラに頼むと言う事は手習い所の子供達にも試せたと言う事だ。


 新商品は最初の見た目から人気が無かったのだが、飲んだ子供達からは好評を得たので晴れて商品の仲間入りをした。


 テオドラの方は「悪かぁ無いが、アタシゃ麦湯の方が良いね」との事で、お好みでは無いようであったが商品としては認めてくれた様であった。


 こうして飲み物の方は増えたが食べ物の方がやはり寂しい。それに折角鉄鍋を作ったのに結局自炊にしか使っていない。


「やっぱり作ったからには商売でも利用したいよね。なら、何か炒め物が無難なんだけど……野菜炒めでも売るか? でも容器が面倒だな。カップだから嵩張らなかったけど皿だとちょっと邪魔だよな。まぁ運ぶ分にはレッド・アイが付いて来てくれるなら問題無いけど……あっ! そうだ、夏と言えば定番の料理があったな! それとアレを組み合わせれば……夏場でも十分売り物に出来そう!」


 そうと決まれば後は早い。予め用意するのは屋台で皿代りに使われている大き目の葉だ。幸い拠点にしている森にも良く生えている。コレを使えば皿よりも嵩張らないし捨てるのも楽だ。


 食材の方は季節の野菜が有れば良いので、野菜売りのオヤジの所でその場で買えばいい。後は大麦の粉。コレは別の新商品に使うので既にある。


 街で粉にすると税金が取られるが森の中なら粉にし放題だ。粉で持ち込むだけなら税金は取られないし、パンにして焼かないのなら竈税も取られない。


 こうして数日程準備に時間が掛かったが新メニューを引っ提げての露店の開始と相成った訳であるが。






 新商品の売り上げはかなり悪かった。火が使える区画が何時もよりも人通りの悪い場所しか抑えられなかった事もあるが、テオドラの時もそうだったが麦湯の評判がすこぶる悪かった。


 最初だからと試飲をさせたのだが、どの客も「焦げ臭い」だの「渋い」「苦い」と顔を顰めて一口だけの試飲をしただけで購入してく事は無かった。


「お茶を飲む習慣の無い世界だとこんな物か。ばぁちゃんの反応で解っていたし、うん。でも誤算はコッチかな。まさかコレもさっぱり売れないとは思わなかった」


 と、新しく売りに出した商品を恨めしそうに眺める。店を開いてから既に二時間程経っているが一向に売れる気配が無い。


「そりゃぁ、こんな物買う物好きはいないだろうよボウズ。と言うか組み合わせが悪すぎだろう。この麦湯? とか言う変な味と匂いの麦汁に一緒に売っているのが『ただの水』で、しかもコップ一杯で十銅貨(百円)とかボッタクリ過ぎだろう。この苦い汁の口直しで買わせようって魂胆が見え見えだよ」


 クリンの呟きを聞いたのか、露店前にクリンに注文を受けた野菜を運んできていた野菜売りのオヤジが呆れた顔でクリンが新たに売りに出した「水が一杯に汲まれた大瓶」を指差しながら指摘する。


「や、そんな意図は無いです。麦茶は慣れると旨いんですよ? それにコレはタダの水では無いですよ」


 と、ポンポンと「新商品」が並々と注がれている大瓶を叩いて見せる。クリンにとってはこれはタダの水では無いし、れっきとした「商品」である。




 その大瓶の隣に立てかけられた品書きには「冷や水 一杯十」と書かれていた。





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本当にヤバそうな物は自壊装置付きで更に予防線まで張っています(笑)

やはりこの子はちょいと用心深過ぎないかな……


そして。以外と冷や水は皆さんに気が付かれませんでしたな(笑)

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