第197話 もりのかじやさん、クライマックス!


鍛冶シーンはどうしても長くなってしまうなぁ……



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 歪み取りが終われば鑢掛けである。前世の現代鍛造における成形に当たる作業で、グラインダーなどでおおよその形を整える工程だ。


 この世界にはそんな物は無いのでヤスリを使い手で削るしか無い。この工程で粗く鍛え傷を落とし大まかな刃の形を削り出す。


 日本刀や和包丁などだと刃は叩き出す事が多いのだが、造りが洋ナイフでありスカンジグラインド刃であるので削り出す方が早い。


 流石に手際が良いクリンでも歪み取りと鑢掛けで時間を取られ一日が終わる。直ぐに続きをしたい所だが翌日は簡単な手入れをした後は森に入り露店で使う為の材料集めや薬草集め、そして防腐剤兼用の糸造りの材料に木の皮などを集めて歩く。


 小人族と知り合っても基本は一人暮らしであるのでこの手の作業はどうしても必要になっている。


「うん、セルヴァン様から『どこの修行僧だよ!』って言われるのも納得だね」


 背負子に山と収集物を積み、ついでとばかりに食べられそうな野草や自生芋などを集めていたクリンは思わず自嘲してしまうと言う物だ。


 結局その日は取って来た木皮の処理と煮汁の制作、および灰汁の制作や鍛冶で使う為の泥の生成に木皿用の木材の処理やその他諸々で一日が過ぎる。ただ作業自体は小人が手伝ってくれたので作業量自体は以前よりも多くこなせたのは有難かった。


 翌日は鍛冶作業の再開。工程的には焼き入れと焼きなましだ。コレまではほぼ一つの工程として同時に行って来ていたが今回は大型の刃物も含むので別々の作業として行う。


 今回分けてやる理由としては、コレまでは打ち直しのナイフや鑿や鉋などの刃先だけかノコギリの刃だけであったので加工的に分ける意味がそんなに無かった事と、現実での完全自作は今回が初めてだったので「ゲーム中で最も慣れた方法」を取る事にした為だ。


 現実の鍛冶師だと単一の製品しか作らないので工法を一々変えると言うのは少ないが、ゲームで多種多様の工法を要求されるクリンは一通りの技法を身に付けている。


 一種の器用貧乏に違い無いがそこは「スキル」と言う便利補助機能があるゲーム。そしてこの世界でも全く同じでは無いがある程度の補正がされる。


 もっとも、それ以前にヘビーユーザーだった少年には各工法が身に染みてしまっているのでスキルは殆ど関係無かったりするのだが。


 それは兎も角。その様な理由もあり、今回はナイフ作りの中では最も慣れている工法で仕上げる事にしていたのであった。


「ま、HTWで慣れた加工法というのはイコール日本の鍛冶工法なんだけどね」


 HTWは西洋ファンタジー風ゲームであるのだが、開発会社がMZSであり親会社がミゾグチと言う日本を代表する工具メーカーである事も有り、どうしても日本の工業技法に偏る傾向がある。


 現代工法で西洋式の技法を取り入れてはいる物の、スキル関係を利用して手作業で製造する場合は参考資料やモーショントレースで取り入れる技法はどうしても日本人技術者の技法が主体になってしまう。


 そのゲームで加工技術を身に付けたクリンも必然的に技法や製造工程での思考が日本式の伝統的な物が基準になってしまうのも無理はないと言う物だ。


 日本の技法と言うのは焼き入れをする際に焼入れ土と呼ばれる泥を刀身にコーティングする技法の事だ。


 コレまで何回か鍛冶をしているが、全て油冷であったのでこの加工の必要は無い。コレを行うと言う事は、つまり水冷による焼入れを行うと言う事だ。


 水冷の方が油冷に比べて鉄が硬くなるとされている。その代わりに制御が難しく歪みが出やすい。油冷の場合は油冷といいつつ百八十以上の高温の油で冷ます為に急激な熱変動が少なく歪みが少なく温度差によって中心の鉄に粘りが出るとされている。その代わり鉄の硬度はやや弱くなる。


 対して水冷は鍛造の過程で傷があったり隙間が出来ていたりすると急激な温度変化により簡単に割れてしまう。


 その為鍛造に高い技量が要求されるし、成形にも細心の注意を払う必要が在る。また急冷により歪みも出やすい。歪みが出ても治す事は出来るがそれにもやはり技術が必要となる。それを逆手に取り敢えて歪みを最大に利用しているのが日本刀だ。


 ただクリンが今回作っているのは日本刀造り(玉鋼を使わずに形だけ日本刀を模した物の意味)では無いので、再び歪み直しが待っている。


 二本のサイズ違いのナイフに薄く泥を塗る。この際、日本刀の場合は塗る泥の厚みと刀になる部分の泥の種類を変える事で複雑な波紋を生み出しているが、今回の制作ではそこは求めていないので泥の質と厚みは均一だ。


 塗った泥が乾く間に炉に火を起こす。今回は忘れずに魔法で火を点けている。


「習慣とは恐ろしい物だよねぇ。ついつい手熾しで火を付けちゃうよね」


 焚き付けに火が回り炭に移る様に調整しながらクリンは思わず呟く。今まではただの独り言であったが今はそれに答えてくれる者がいる。


「そうなんですか? 確かにクリン殿の火起こしは早いですが、それでもやはり生活魔法で火を点ける方が早いと思いますが」


 と、バウン……もとい、レッド・アイの頭の上に乗ったロティが不思議そうな顔で聞く。


「そうなんですが、僕の居た世界に魔法はありませんからね。それにごく僅かとは言えたかだか火種程度の事に魔力を消費するのが何となく勿体なく感じるんですよ」


 現状のクリンではオーラコートによる鍛造が大前提なので、僅かであっても魔力を消費したくないとどうしても思ってしまう。ただ魔法も使わないと魔力量も増えないしスキルとしても育たない。


 そもそも生活魔法と呼ばれる程度の魔法なのだから消費量など誤差の範囲だと思うが、鍛冶が絡むとどうしても節約したくなってしまう。その辺は貧乏性な少年だ。


「使わないと結局魔力は育たないしねぇ……コレがもっと使い勝手が良くて効果が高ければ話は別だったんですけどね」


 と、言い訳じみた事を言いつつ、大分火の回った炉の中にナイフを入れ加熱していく。その様子を見ながらロティが、不思議そうに首を傾げる。


「私は鍛冶に詳しくは無いですが……何で態々泥を塗ったんです?」

「良く聞かれる質問ですねぇ。まぁ鍛冶に疎い人なら判らないかもしれませんが、コレは冷却を容易にするための先人の知恵と言うヤツです」


 そう言って加熱までの暇潰しとばかりにクリンはロティに説明する。クリンは今回水冷却で焼き入れをするつもりだが、その場合焼けた鉄を水に直接入れてしまうと水が一気に沸騰し鉄の回りに水蒸気の層が出来て包まれてしまう。


 熱したフライパンに水を垂らすと瞬間的に沸騰してフライパンに水が触れず宙に浮いた様になる、あれと同じ現象が起こる。専門的な言葉を使えばライデンフロスト現象が起こる。コレが起こってしまうと、折角冷まそうとしている鉄が水に触れずに結局温度が下がらず、温度ムラが出来てしまう。


 同時に現象が収まって来ると水蒸気が残っている部分と水が触れた部分で温度差が出来てしまいやはりムラが出来るし、何よりもその温度差による痕が付いてしまい見た目が非常に悪くなる。


 それを避ける為に泥を塗って疑似的な陶器の膜で金属を覆う事で水に入れた際に出る水蒸気の粒を細かくしてライデンフロスト現象を押さえる、と言うのが泥を塗る目的だ。


「この塗る泥もキメが細かい物が望ましいんです。その方が出る水蒸気の粒も細かくなります。ですので僕の居た世界だと武器を作る名産地の多くはすぐ側に陶器の名産地がある事が多かったんですよ。質の良い土は質のいい陶器にもなりますからね」


 言いながらも目は鉄の温度変化に注視している。やり方は工房により流儀が幾つかあるが、クリンの場合——というかHTWで好んだ技法——では、まず六百度辺りまで一気に過熱して均一に熱が通る様にしてから、八百度辺りまで徐々に加熱していくと言う方法を取っている。


 従って六百度の目安である暗い赤色で全体が染まるのをしっかりと観察している。ここで全体に均一な温度になっていないと最高温度にした時に加熱ムラが出来てしまい品質が下がってしまう。


 現代加工なら温度計とかで判断が出来るがそんな物は無い異世界では完全に目見当である。しかし、クリンの場合はHTWで課金で手に入れた温度を数値化出来るスキルを使ってどの色なら大体何度位かを全て覚えていたので、かなり有利である。


 また課金スキルでも元から身に付けて居たスキルなので上手くすればこちらの世界でもスキル化されるかもしれないと言う思いもある。


 そうして適正温度まで十分上がっていると見たクリンはヤットコでナイフを掴み、水を張った大きな壷の中に突っ込む。途端、


「ドシューッ!!」


 と凄い音を立てて蒸気が一気に吹き上がる。


「ひゃぁっ!? こ、こんなになるんですか!?」


 後ろの方で見ていたロティが驚いているのを尻目に、クリンは一度炉に戻り小さいナイフの方をヤットコで掴んで一回り小さい別の水壺の中にナイフを入れて冷却した。


「うんうん、ヤバそうな音は聞こえない……両方ともうまく割れないで済んだか……」


 まだ水壺の中でシューシューと音を発てているそれぞれのナイフを眺め、クリンは安堵の息を吐く。ゲーム時代にここで「ピキンッ!」とか音がして何度刃が欠けたり割れたりしてしまい、立ち直れなくなりそうな絶望感を味わった事か。


 ゲームでは既に失敗など殆どしなくなっていたが、それでも全くない訳ではなく、しかも現実で転生した子供の体で初めての完全新作鍛造となれば、クリンも絶対の自信は無く不安がどうしても付きまとっていた。


 何はともあれ。上手く焼入れが出来た事にホッと胸をなでおろしているクリンであった。





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今の人は結構鍛冶の方法とか知っている人多いからこんなに細かく書かなくてもいいかなぁ、とか思うのですが……

しかしそれが書きたいのだから仕方がない!


そして気が付けば書き直し分だけでもう四十万字超えていたッ!

没案も律儀に取ってあるんだよねぇ……

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