第198話 もりのかじやさん、仕上げ直前。
保存だけして、その間に他の人の更新読もうとしていたらキッチリミスってフライング投稿していたでゴザル……
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焼入れの後は焼きなまし作業だ。その準備をしている最中、ロティが再び不思議そうな顔で聞いて来る。
「そう言えば、何で態々壺に水溜めているんです? 冷ますだけなら水路の水に直接入れても良かったのではないですか? そんなに離れていませんよね」
小人族の少女の言う通り、鍛冶場にしている場所の側に水路が流れている。壁がないこの鍛冶場からなら直線で十メートルも離れていない場所に水路が通っている。
金属を冷やすのなら流水の方が良い筈で、水路があるのならそれを使う方が効率がよさそうにおもえるが、で態々水をためておいてあるのにもちゃんと理由がある。
「それも先人の経験による知恵と言うヤツですね。ただ単に水で冷やせばいいと言う物ではなく、冷ます際の水温も重要とされているんです」
水冷焼入れの際、水が冷たすぎても金属に負担がかかるとされており、丁度良い水温を保って冷やす必要が在る。
その為流水だと温度が一定にならないので、今でも手作業で行う鍛冶師は舟と呼ばれる水をためた水槽で製作品を浸ける事を好む。クリンの場合はまだその様な大がかりな設備を作れていないので、大きい水壺で代用していると言う訳である。
「鍛冶の流派で多少違いがありますが、大体三十度~五十度あたりの水温が一番いいとされています。ただ、そのジャスト温度ですと焼けた鉄を浸けたらあっという間にその水温を超えてしまいます。その為、最初は十三度~二十五度辺りの水温で用意し鉄を入れて冷ましたら丁度その辺りの温度になる様に水量を調節してあるんです。そう言う温度変化もあるので、水温の高い夏場の鍛冶作業が向かないと言われている所以でもありますね」
だからこそ水路では水温を保つ事が出来ず、流水ではその温度帯を維持して水を流す必要が出るので、結果として水を溜めておく方が調整しやすいと言う訳だ。
「ま、この最初の水温は流派の好みもあり、絶対に何度が良いと言う物でもないそうですよ。昔は『冷や汗の温度』とか『夏場の早朝の井戸水の温度』とか割と曖昧な表現で言われていて、鍛冶師によっては水温は秘伝の秘で、直弟子で無い者が水温を計ろうとしたら手を切り落とされたり、極端には物理的に消されたりしたそうですよ」
素焼きの壷にラードを詰め、炭で温めながらクリンがそんな事を言うと、
「え!? そんな秘伝を私が聞いてよかったんですか!? え、まさか私、手が切られたり消されたりしてしまうんですか!?」
ロティがレッド・アイの頭の上でワタワタし始めたのでクリンは思わず吹き出す。
「ハハハハハ! 今は昔の話です。それに、多分興味本位で聞いて来る人に対しての対外的な脅し文句だったと思いますよ。鍛冶師やっているなら修行中でも親方の仕事見てりゃどんな量の水入れているかなんて判りますし、大体予測出来る物です。人に教えて貰えなければ水温が分からない様な間抜けはそんなにいませんよ」
笑いながらそう言われたロティはホッと胸を撫でおろし「驚かさないでください」と恨めしそうに言う。
「それで、今度は何をしているんです?」
「ん……? ああ、コレは焼きなましの準備です。まだ保温調整できる窯を作って無いですからね。現状だと温度管理は脂を使うのが一番楽なんですよ」
と答えたが意味が解っていない様なので、再び大雑把に説明する。
「急冷して熱を冷やすと強度が出るといいましたが、そのままだと鉄の内部の構造が温度差などで不規則になっているんです。で、それを低温で長時間保温する事で内部の鉄構造を均一な形に戻してやるんです。なので焼き戻しとも呼ばれている作業です。まぁ低温と言っても百八十度から二百度あるんですけどね。その辺の温度は鍛冶師の流派と材質とサイズ次第です。焼き戻し時間も三十分から一時間半と幅も結構あります」
説明してからクリンは、ふと不思議に思う。
「先程から随分質問してきますが、興味あるんですか?」
「はい、我らも職人仕事は結構するので! 鍛冶も行う物が居ます。ですがこのような工法は見た事が無いので。あ、話ではドワーフ族がこんな感じの鍛冶を行うとは聞いています。ですが実際に見た事は無いので、どうも気になりまして!」
「……またドワーフですか。何かこの程度の事をドワーフ専用技術みたいな扱いなのが気に入らないですねぇ……しかし、そうなるともしかして小人族もほぼ鍛冶作業は鋳造で自然冷却ばかりなんですかね?」
「殆どそうですね。薄い物とか鉄ヤスリの様に硬さが必要な物は油に浸ける事はありますが、大体は自然に冷ましてから叩いて硬さを出すだけですね」
彼女自身は鍛冶作業の経験は無いそうだが、小人族は何かしらの職人仕事に携わっており、おおよその工法はそれぞれで共有しているらしい。
そんな彼らの工法は基本的に人族の工法と同じらしい。元々が人族から情報を得て模倣していった物なので技術も準じているとの事。
「それと、鋳造で作る事が多いので、その様な薄い柄と言うのは殆ど見た事が無いです。布を巻くにしても薄すぎて持ちにくく無いですかね」
そう言うロティの言葉にクリンはつい苦笑する。コチラの世界で他人の鍛冶作業をちゃんと見た事は無いが、前の村の鍛冶場で置いてあった設備や道具、市場で売られている製品などを見る内にこちらの世界の鍛冶作業は前世の中世に当たる時代の西洋圏の鍛冶に非常に似ていると感じていた。
「鍛造だと柄まで一体で打つよりもこんな感じで一枚板の形状で打って、柄を付けた方が楽なんですよ。それに焼入れ焼きなましで歪みが出るので、最初から柄を一体型にしてしまうと整形が面倒になると言うのもあります」
「へぇ、そうなんですか? 柄を別で付けるのは効率が悪い様な気がしますが」
「はははは。やはりこちらでも『効率』が重要視されているようですねぇ」
当時の西洋圏にも焼き入れ焼きなましの技法が無かった訳ではないが、基本的にはそれらを行わない鋳造の冷間鍛造が主流だ。
理由は色々あるらしいが一番は「面倒臭い」と言う事らしい。鍛造して焼き入れ焼きなましした所で実戦で作ったら刃は欠けるし折れも歪みも出る。戦闘の後に手入れをしなければいけないと言う手間は同じだ。
それなのに手間かけて丈夫な物を鍛造する位なら、鋳造で簡単に作れて使い物にならなくなったら鋳直して新しい物を作る方が余程効率良い、と言う事らしい。
水冷にしても油冷にしても設備が必要だし水にしても油にしても大量に必要だ。そしてそれらの作業に使うスペースも必要になる。それなら纏めて鋳造してそのまま放って置けば勝手に硬くなるのだからそちらの方が遥かに楽で数も多く作れる。
ここまで前世の西洋中世初期に似た世界である。恐らく同じような思考法なのだろう、とクリンは考えて居る。
因みに、面白い事に産業革命以降は鋳鍛造と言う中間の技法が主流になり油冷も盛んにおこなわれる様になる。
機械で簡単に鋳造と鍛造が出来る様になり、そうなると今度は鉄が冷めるまで待つ時間がもったいないと言う事で油冷が主流になっていくという歴史があったりする。
ただ、こちらの世界だと効率至上主義の人間だけではなく、鉄を愛し鉄を加工する事に情熱を燃やすどこぞの転生少年みたいな種族が存在しており、彼らは好んで鍛造に拘る為に此方の世界でもある程度は鍛造はメジャーな技法であるらしい。
その種族とは勿論ドワーフの事である。その為、クリンは時々ドワーフ扱いを受けていたりするのであったのだが、本人はその辺りの事情を知らないので自覚は無い。
その様な会話をしながら、ラードが丁度適温になったと見たクリンはナイフをそれぞれ溶けたラードに沈める。
今回はサイズと使用目的的に百八十度で30分程の加熱時間を予定する。この辺りの判断が出来るのも前回打ち直しのナイフを作った経験のお陰だ。
焼きなましが済むと脂を落として歪み取りである。熟練になるとこの際に出る歪みをある程度制御できるようになる。鉄の比率でどう曲がるかが予想でき予めその反対方向に敢えて曲げて作ったりする。それにより無駄に鉄を叩いて金属を疲労させずに済む。
HTWではそれに近い変態技術を身に付けているクリンであったが、流石に現実となった世界で、更に六歳と言う年齢ではそこまではまだ無理である。
どうしても歪みが出てしまっているが、それでも刀身の厚身とサイズのお陰で数時間の調整で歪みは十分取り戻せる範囲だ。
「はぁ~……凄いですね、あんなに歪んでいたのにちょっと叩いただけでどんどん平らになっていく……コレだけの腕があるのなら確かに歪みやすい冷却をしようって気になるのも何となくわかります」
「ボフッ!」
精霊獣の頭の上に乗ったロティがクリンの作業を感心しきりな様子で眺め、それに同意するように乗られているレッド・アイも短く吠え声をあげる。
集中しているクリンはそれに気が付かず黙々と金槌を振るい歪みを直していく——様に見えるが、一人と一匹に背を向けて作業をしている少年の顔はまんざらでも無さそうだったりしている。
尚、今回はもう長時間炉を稼働させないので、ミスト扇風機要員のミスト・ウィンドの出番はなく里に残されて拗ねていたとかいないとか。
歪みが取れて全体にヤスリを掛けて整えたら刃付けの作業——要するに砥ぎだ。日本だと砥ぎ専門の職人に任せたりする工程だが、この世界では流石にそう言う専門職は居ない。もしかしたら居るのかも知れないが少なくともクリンは知らない。
この辺りの作業も自分でするしかないが、ゲーム時代は自分で砥ぎも行っていた為一通りの知識と技術は持っているつもりだ。
もっとも、現在は色々材料が足りていないので、あくまでも砥ぎが出来そうな石を見つけて集めただけに過ぎない。
それでも美術刀剣の様な砥ぎの美しさを求めてはいないので、切れる程度の研ぎは十分可能だ。ただ、何れはちゃんとした砥石を探し出したい所では在った。
幾つもの目の異なる平たい石を駆使して苦心の末になんとか満足の行く砥ぎを済ませたら、最終工程の柄付けだ。
まぁ作っているのがナイフなのでこの場合はナイフハンドルと呼ぶべきだろう。このハンドルに使うのは今回運良く手に入れられたウォールナットだ。
市場でセルヴァンへの祭事で必要な物を集めていた折に、偶々見かけたウォールナットの端材を、何かの柄に使えないかと購入しておいたのだ。
端材であってもウォールナット。前世で高級家具などに使われている木材はこの世界でも高級品であり、中々の金額を吹っかけられた。
それでも手に入れたのはウォールナット材は柄木としても非常に優秀だったからだ。見た目的に非常に美しいと言うのもあるが、何よりも耐衝撃性に優れ丈夫で水にも強く湿気などによる膨張も少ない。
今回の様な叩き付ける使い方の多いブッシュ・クラフトナイフのハンドルの材料としては正にうってつけだ。
この木材が手に入ったのもブッシュ・クラフトナイフを作ろうと思い立った理由の一つだ。クリンが鋳造のナイフでは無く鍛造にしているのは設備的な問題もあるが、此方の世界での一般的な形状の柄と刃が一体になった形状を嫌ったためでもある。
総金属の一体型は余計な細工を必要としないので丈夫なのだがその分衝撃がダイレクトに肉体に伝わりやすい。
叩き付ける使い方だと手首や腕にかかる負担が大きく、体の出来上がっていないクリンでは負担が大きすぎる。
道具類の柄が全部木製であるのは鋳造が出来ない理由もあるが、そう言った衝撃を木が吸収してくれると言うのが一番大きい理由だ。
後は手触りが木の方が断然良いし見た目が格好いいと言うのも勿論あるし、純粋に柄まで鉄で作ったら勿体ない、と言うのもある。
素材に余裕の無いクリン君の貧乏性はココにもでているのだ……が、鉄とほぼ変わらない金額の木材を使おうとしている辺り本末転倒ではある。
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今回で完成までこぎつける予定だったんですが、前回説明できていなかった部分を解説していたら長くなってしまいました。
例によってこの解説に需要があるのか謎ですが(笑)
そして保存だけして後でジックリ誤字修正しようと思っていたのに保存じゃなくて投稿しちゃっていたお間抜けさんです(/ω\)
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