第190話 祈りの届く時。


お待たせしました。今回は割と飯テロです。



======================================





 鳥ガラを取る技法は幾つかあるのだが、クリンは今回、骨を焼いてから使う方法を採用する事にした。


 水からガラを煮出す方が強い出汁がとれるのだが、その代わり髄や脂などから臭みも出やすくなる。その為、ガラを使うのなら香味野菜を多種多量使わないと臭みが強くなる。


 肉や魚の臭みは油分や髄部分に多くあるので焼いてそれらを落とす事で臭みを抑えられる効果がある。また水分も抜けるので残った旨味が凝縮されて、焼いた事で細胞が壊れているので旨味が汁に溶けだしやすくもなっている。


 焼く事でガラに残るタンパク質が焦げてメイラード反応を起こし、香ばしい香りが付くのでコレも臭みを抑える一助になっている。


 ただ、これをやると褐色がかった色も出てしまうので、前世地球の西洋圏ではブラウン(茶色)スープを作る際に好んで使われる。


 中華では鶏白湯の様に、白いスープが好まれるので余り焼かれる事は無い。ただ、全く使わない訳ではなく、煮込みスープや粥の出汁としては良く使われる。


 この技法はクリンが露店で使うスープにも使われている。クリンが使うのは主にウサギや小動物などの骨ガラだが基本は同じだ。


 しかし少年の場合はどちらかと言えば手に入れたガラを生のまま運ぶのが難しく、また冷蔵庫や保冷剤などが無いので街に着くまでに傷むのを嫌って、保存目的の為にも一度焼いてから持ち運んでいる、と言う理由もある。


 六歳にしては異常に詳しいのだが、それは勿論HTWのせいである。


「や、だってあのゲームだもん。クラフトで現実に鍛冶が出来るような事を要求してくるとか何なのアレ? を普通にやって来るし。 料理だって本当にプロがやる様な事を要求してくるのは当たり前じゃん?」


 と、クリンは既に悟っている。実際にクリンが聞いた話ではゲーム中での料理スキル上げをしていたら現実で料理人になってしまっていた、と言うプレーヤーの話を何度か聞いた事があった。やはり、あのゲームは何を目指しているのか分からない。


 最も、一般的なゲームの料理の様にメニューを選んで材料集めてクリックすれば全自動で作ってくれる様な方式では無いお陰で、この様にレシピを暗記してかつ代替品を使ってのアレンジが出来ているのだから、今となっては有難い限りだ。


「ほう、我らも骨を煮てスープを取る事はしますが……大体が骨付きの肉を使いますし、予め焼いたりもしません。うぅむ、コレが異世界の流儀と言うヤツですか」


 今回はセルヴァンへの供え物の為の作業と言う事で、作り方を覚える為に小人族の長を始めとした数名の女性の小人も集まり、クリンの作業を熱心に眺めている。


 因みにロティとバウンはこの場に居ない。何やらクリンの拠点の広場で子供達に囲まれて話をしている。どうやら子供達にせがまれて狩りの帰り道でクリンに聞かされた話をそのまま子供に語っている様子だった。どうやら種が広範囲にばらまかれ始めた様だがクリンが気付くのはまだまだ後である。


 ——閑話休題——


「焼いた骨は一度冷まして、余分な脂身や血が固まったような部分を取り除きます。そしたら後は鍋に入れて、匂い消しの香味野菜と一緒に三時間程煮ます」


 焼いて臭みを抜いてもそれでも残るので、香味野菜はある程度は必要である。今回は前回の露店で使う用に買っておいた物を使う。


 露店でスープを作る前に買い直さなくてはいけなくなったが、必要経費だろう。


「さて。煮込んでいる間にライ麦の方の仕込みをしましょうか」

「おお、ライ麦粥と言っていたのにいきなりポットロを狩って来たのでどうなる事かと思っていましたが……やはりその骨のスープでライ麦粥を作る、と言う事なのですな?」


「はい。そのままのライ麦粥も栄養は高いですが、折角特別なライ麦粥にするのですから、手の込んだ物を作る方がいいと思いましたので」


 そう言ってクリンは手製の壷に玄麦状態のライ麦を入れて棒で突いて精麦を始めた。今回クリンが作ろうとしているのは、前世では「スープオートミール」或いは「スープ・ポリッジ」又は単に「スープ粥」と呼ばれる物だ。西洋でも十六世紀頃に作られ始めたと言われる、大きな祭りや結婚式などで振舞われていたと言う豪華なライ麦粥だ。


 勿論これには大麦や小麦で作られるバージョンもある。と言うかどちらかと言えばそちらの方が主流だ。


「ご馳走のライ麦粥って言ったらやはりコレでしょう。僕も入院中に何回か食べましたけどこれは本当にご馳走だと思いましたからね」


 と、精麦をしながらクリンが小人族の長達に言う。クリンが作っている骨ガラスープで作る物は実際に存在し、フランスやイギリスのホテルの朝食などで供される事もある。


 クリンは骨ガラと干し肉を刻んだ物を使っているが、これにも幾つか流儀があり、鳥の胸挽肉を使ってガラと一緒に煮こんでコンソメに近い作り方をした物もあれば、大量の生ハムやベーコンを刻んで骨と一緒に煮る物もある。


 この贅沢な材料で作ったスープにタップリと野菜を入れて作った物に、下茹でをしたライ麦を入れて粥にしたのが、クリンの前世で食べられているスープ粥だ。正にご馳走と言って相応しい物だ。


 中世初期の文明水準のこの世界なら隔絶した技法で作られているスープ粥。それを代替品で作るとは言えこの世界にいきなり作り出そうと言うのである。割と鬼畜の所業だ。


 クリンが精麦している間その作業を見ていた小人達は、やがて煮込まれて漂い出して来た香りに、少年では無く鍋に目が釘付けになっていく。


 途中何度か灰汁を掬い、煮詰まった分に水を足し煮込み続ける。三時間程それを続けガラと香味野菜を抜き、改めて具となる野菜を入れる。


 この時干し肉は入れたままだ。出汁がらになってしまっているが干し肉が長時間煮込まれた事で独特の歯ごたえがあるのでアクセントの具として使える。


 その汁に改めて野菜を入れ、薄く削ぎ切りしたポットロの肉も入れる。煮立つ間に作ったは良いが使い道が無かった鉄鍋で精麦したライ麦を下茹でする。


 これをするとライ麦の酸味が弱まり粉臭さも無くなり、グッと食べやすくなる。ただそれは前世の品種改良をされたライ麦の話で、ろくに品種改良を受けていないこの世界のライ麦では完全には打ち消せない。


 ただそれでもやらないよりは大分よく、更にハーブ類を刻んで入れればかなりマシになる筈だった。


「よし……ここまで出来れば、後はライ麦を入れて一煮立ちさせて塩とハーブを入れて味を調えるだけです」

「な、成程……しかしコレは香りが素晴らしい……確かに我らが食べて来たライ麦とは別物に思えますな……」


 涎を垂らさんばかりの表情で、スープを煮込む鍋から視線を外さないままに小人族の長が言う。背後にいる女性の小人達も長と同じく凝視しているのに、クリンは思わずクスリと笑ってしまう。


「折角だからこのままセルヴァン様にお供えしてしまいましょうか」


 「まだ片付けていないので都合よく社が外に出ていますし」とクリンが付け足すと、一様に絶望の表情を浮かべたが、直ぐに今まで何のために長時間作って来たのかを思い出し、ハッと我に返った様だ。


 小人の長は「ゴホンッ」と咳ばらいをし、


「そ、そうですな……セルヴァン神に供える為に作っていただいたのですからな……じ、時空神様に供えるのが道理と言う物……味見……も神への捧げものでは不敬ですからな」


 と、実に名残惜しそうに言うので、


「大丈夫ですよ。このサイズの土鍋で煮ていますから、セルヴァン様に供えても十分皆さん方に振舞える量があります。お供えした後に皆様に味見して貰いましょう」

 と、クリンが言うと、いつの間にか広場に集まっていた前回とほぼ同じ人数の小人達がワッと歓声を上げ——


「うをっ!? い、いつの間にこんなに小人達が!?」


 と、盛大にクリンをビビらせたのだった。






「これなる神の殿を模したる社に祀りたる古の大神、時空神セルヴァン、並びに天界の神々の御前で、恐れながらも申し上げさせて頂きます。有難くも神々の導きにより我ら小人族は道を踏み外す事も無く、従事する仕事よりはみ出す事も無く励み、家族並びに一族揃いて健やかに過ごせています…………」


 クリンが作ったなんちゃって社と三方に乗せたライ麦粥の前で、深く頭を下げた小人族の長が、同じく少年が前世の祝詞を元にこの世界向けに意訳、翻訳して教えたなんちゃって拝詞を謳い上げて行く。


 その後ろには集まっていた小人達が恭しく跪いて頭を垂れている。コレはクリンが教えた物ではなく小人達の様式だ。


『まぁ、元々前世の方式を無理矢理捩じ込んだ物だしね。折衷型でも良いでしょう』


 と、一人離れた場所で様子を眺めていたクリンが心の中で思う。元々この祈りの方法や拝詞、特製ライ麦粥も小人達の儀式用に考えた物だ。


 クリンが代表で祈っても良かったが、今後の事を考えたら小人達だけに任せて祈らせた方がいいだろう、とクリンは祈りの席から外れる事にしていた。


 クリンが見守る中祝詞が滞りなく挙げられ——


「……我ら一族、これからも神の教えに沿った道を歩める事を宜しく、宜しくお願い申し上げます。……以上を持って大神セルヴァン様への拝詞とさせて頂きます」


 祈りの〆の言葉と共に「パンッ!」と大きく拍手(かしわで)を打ち拝む。同時に他の小人達も拍手を打ち一斉に祈りを捧げる。


『うん、色々と文言変えて少し別の宗教混ざっているけれど全体に纏まっているでしょ。これなら宗教儀式として継続してもらえそうだ』


 と、一種の静謐な空気に包まれた礼拝の空間を眺めながら、クリンがホッと胸をなでおろしていると——


 ハッとした顔で小人族の長が顔をあげ、直ぐに弾かれた様に他の小人族も顔を上げ、一斉にクリン手製のなんちゃって社を凝視する。正確にはその中におさめられているセルバン神像に視線が集中している。


 何だろう? とクリンが思っていると——パァーッと神像が光を放った。


「なんですとっ!?」


 驚いてクリンが見る間にも、光は強さを増していく。そして……


『トゥムトゥム族の長、並びにその一族よ。態度、誠に殊勝である。特異な礼拝なれど以降この礼拝を我への祭事として認める。またこの神饌も我への供物として饗する事を許す。以降これ以外の粥は不要である。負担の無い範囲で供えよ。以降も変わらず殊勝な態度で励め』


 そんな聞き覚えの有る声と言葉がクリンの耳にも届き——


「ちょ、何してくれてんですかセルヴァン様!? これじゃ神託でしょう、しかも間違いなく僕が原因ですよねっ!? ってかライ麦粥そんなに気に入ったの!? 人に『宜しく取りなせ』とか言いながら自分で宣言してるじゃん! って、コピーがそっちに行くんじゃなかったの!? ガッツリ現物消えてんですけど!」


 ——供え物が何一つなくなった三方を目にして、思わず全力で叫んでしまったクリンである。





======================================



スープポリッジは昔食べた事がありますがアレはマジで旨いです。と言うか朝食のライ麦粥で当時4000円とか言われて殺意が湧いたんですが、食ってみたらドはまりしました(笑)


そりゃもう、神様でも思わず光っちゃう位には旨いですよ(笑)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る