第184話 囁いて、祈って、詠唱して、念じるのが関東寺院。


題名のネタが分かった貴方はアップル版世代です。

 


======================================






 数時間後。クリンと小人達の姿は家の前の開けた所に在った。


 幾ら小人とは言え六百名も居ては流石に十二畳サイズの小屋では入りきらないか、入り切ったとしても手狭だと言う事で、家の外に祭壇を設ける事にしたのだ。


 社と三方はそのまま外に運び台を作ってその上に設置し、四方に細長い幹を差し込んで木の皮の繊維で作った縄を張り巡らし簡易的な結界とした。本当は紙垂も結び付けたい所なのだが和紙もなければ麻(古い時代は麻布が使われた)も無いし、代用できそうな物も思いつかなかったので諦めた。


 現代では「神社のヒラヒラ」などと呼ばれる紙垂は、実は幾つか流派があり流派ごとに手順が決まっていて、地味に作るのに時間が掛かる。その為無理して作る位ならと割愛する事にしたのだった。


 護摩壇も用意しようかとも考えたのだが、そちらの様式には詳しくは無いし、精々が厄払いか年始の際の行事でしか知らないのでそちらも今回は省く事にする。


 結局は結界代わりに建てた柱の四隅に小皿に盛った塩を設置し、酒を振りまいて清めただけで、後は三方にライ麦粥、残った白ワイン、塩、干し肉、山羊のチーズをのせて神饌として供えたに留まった。


 そして背後に小人族が控える中、クリンは祝詞を読み上げる。コチラの言葉に翻訳して現代語口調に変換した物なのでこの世界の小人にも意味は通じ、一心に祈りを捧げている。


 小人の里全体では六百人以上いるらしいが、その中には高齢者や赤子も含まれており、また別の用事で出ている者も居り、この場で祈っているのは五百人を切る程度、四百九十から四百五十名の間らしい。


 それでもその人数が一斉に社に向けて祈る姿は壮観と言える。小人達の熱気を背中に受けながらクリンはそんな事を思いつつも翻訳版祝詞をあげ続ける。


「言葉に出すのも恐れ多い事ですが、時空の神が座する神域の、清き所に居られますセルヴァン神に祓い清めたるこの場所で、この時に祈りを捧げる事をお許しいただきたく願います——」


 大祝詞だとこの地が人の世界である事の証明と感謝から入ってしまうので、流石にこの世界のその辺の神話を知らないので触れない事にし、少し簡略された祝詞の文言を此方風にアレンジして謳い上げる。小人達はその声に微動だにせずに一心に祈りを捧げている。


 周囲に聞こえるのは森の中を渡る風の音と、クリンが謳う祝詞の声だけだ。


 やがて——







「うん、衛文君にそこまで感謝の言葉を述べられると面はゆいね。コチラとしては予定通りに君を転生させられなかった負い目があるから、実に心苦しい。いや、これは君のお得意の、感謝していますよと口で言いつつ壮大な嫌味と言う例のアレかな?」


 そんな言葉が掛けられ、クリンは瞑っていた目を開ける。途端、視界がまばゆい光により塗り潰される。否、これは光では無く白だ。


 白一色に塗り潰された世界。そこに一人浮いている様な、落ち続けている様な、不思議な感覚のままただ存在している。


『ああ、今となっては懐かしい……六年ぶりか、ここに来るのも』


 口に出したつもりだったが声は出ない。ただ、それでも自分は確かに言葉を発したのだと言う自覚がある。


『って、あれ!? ここに来たって事は死んだの僕!?』


 そう考えた瞬間、白一色だった世界は一瞬で色付き自宅の部屋よりも見知った部屋、彼の死の間際まで過ごしていた病室に変わる。記憶の中の病室と何一つ変わっていない。何なら今少年が座っているベッドも当時のままだ。


「ってすんげぇガリガリだな僕っ!? え、これはあの時の、死んだ直後の僕!? まさか今までの事はタダの夢とか幻とか!?」


 ベッドに腰かけたままの自分の姿を見下ろし思わず声をあげてしまう。今度はちゃんと音として発生し、少年の鼓膜を揺らして来る。耳に入るその声は記憶にあるよりも大分大人びている。コレは声変わりを迎えた後の自分の声——


「いやいや、そんな訳無い! その頃はもう声が出なくなっていた筈! 声変わりした自分の声なんて聞いた事無いぞ!? それに確かにあの時は確かにこんな体型だったけどもう自力で起きれなかった筈!」

「そうだね。現実での君はそうだったね。でも前回にも言ったけれどもここは君の認識を再現しているだけの場所だから。あの時のままと言う訳じゃないんだよ。今の君の姿は、多分僕が思わず前世の名前で呼んでしまったので引っ張られただけだと思うよ、クリン・ボッター君。はは、ボッター村とは良く捻り出した物だよ、本当」


 再び声が聞こえ——周囲の景色が再び変わり屋根だけしかない、炉がむき出しの鍛冶場に変わり、少年の姿もやや痩せ気味の薄い金髪を無造作に木の皮の繊維の紐で結んだ小柄な白人に近い容姿ながらも東洋人を思わせる骨格の持ち主——日本人デザイナーが作ったゲームキャラのデザインを元にしているために西洋人風なのに西洋人には見えない、クリン・ボッターの姿に変わっていた。


「ははははは、君が暮らしている土蔵の小屋でも新しく作っている小屋でも無く、鍛冶場の方を真っ先に意識する辺り実に君らしいね。あ、気にしている様だから言うけど別段君が死んだ訳では無いからね」


 そう言って来るのは、この世の人間とは思えない美貌の持ち主。二十代にも三十代にも四十代にも、男にも女にも見える不思議な容姿の——


「セルヴァン様!?」

「うん、久しぶりだね。と言うよりも六年ぶりかな。色々と積もる話もあると思うが、最初に君に言っておかないといけなくてね」


 暇な神を自称する、古の大神と現世で呼ばれている存在は、クリンに向けて柔らかく笑みを浮かべつつ、


「よくぞここまで生き伸びていてくれたね。苦労は多かった様だが無事に育ってくれて本当によかった。見守る事しかできなかったが、本当に嬉しく思っているよ」

「セルヴァン様……」


 やはり思っていた通りに、自分の生活は覗き見られていた様だ、とクリンは思うと同時に、自分を気遣って掛けられた言葉に思わず目頭が熱くなる。


「ありがとうございます……聞いていたのと話が違いましたが、それでも何とか……」

「そうそう、それだよ! あれ、私のせいじゃないからねッ!? 確かに急用が出来たせいであの後の事は直ぐに対応できなかったんだけどさっ! でもぶっちゃけアレは君が持ってい過ぎなんだよっ! 」


「えぇ……!? 何でボクが文句言われているの!? お陰で色々台無しだっ!」

「なんだよ、眼を離した数秒後に運命が変わるって! 普通そんな要因に当たる事無いって! 挙句に狙いすました様に魔物に襲われるわ届けられるわ、届けられた先はクズの集まりとか! いくら神と呼ばれたってあんなのが予測できる訳が無いでしょう、君!?」


「え、いや、それは僕が言いたい文句なんですが……」

「いやいや! 神が定めた運命から逸れられる時点でおかしいからね!? 確かにあの悪運男が運命変えたんだけど、だからと言って普通は修正されるよっ! どんどんと勝手に変な方に変な方に突き進んでいくじゃない! あんなの手だしして修正したら世の理に触りまくって世界に影響出ちゃうから何も出来ないって! どうやったらあんな事態になっていくのか、魂を取り出して調べたい位だよっ!」


「ええと……僕はもしかしてそんな理由で死んだ……いや、死んでないって話でしたね……なら呼ばれた?」

「呼んだのは確かだけどそんな理由じゃないからねっ……って、そうだ、こんなヨタ話をしている場合じゃなかった! 君の魂をこの場に呼んだけどそんなに時間は無いんだよ」


「ヨタ話……って、魂を呼んだ?」

「そうさ。本当、本来ならこのタイミングで呼ぶのは無理な筈なんだけどね。そういう意味でも君は『持っている』よね、うん」


「ええと……それはどういう意味でしょう?」

「神が簡単に現世に干渉出来無い事は君が転生する時に伝えたと思うけれど、全くできない訳じゃない。特定の条件が揃えば神託と言う形で声を届ける事ができるし、今回の様に魂を呼び寄せる事も出来るのさ」


「条件?」

「例えば……私を古くから信仰している信者達による一斉の礼拝とか、ね」


「……あ」


 セルヴァンの言葉に、クリンはつい先ほどまで自分の背後で熱心に祈りを捧げていた、総勢五百人近い小人達の事を思い出していた。





======================================



はい、この回を突っ込む為に、コレまで頑なにクリン君にライ麦を食わせ続け、主神の好物がライ麦粥である事を仄めかし、セルヴァン信者を大量に出した訳だったりします(笑)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る