第174話 いて座の日と言うのは実は意外と言い得て妙である。



怪我しているから痛ぇしな!

と言うオヤジギャグは兎も角遅くなりました。投稿直前に後半部が気に入らなくなり書き直していたので時間を喰いましたm(__)m




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 クリンは激高して闇雲に射掛けて来る——様に見えるデミ・ゴブリン・アーチャーの射撃の終わりを見はからい、小石を詰めた散弾用の葉をスリングに詰めて放つ。


 普通の石と大きさが違う事は遠くからでも解る様子で、スリングに詰められているのを確認したアーチャーはさっさと幹の陰に隠れてしまう。


 が、クリンは構わず続け様にスリングを放つ。今度は適当に拾った石だ。先程の反射撃ちと同じ撃ち方だが投げやすい形状では無いので狙いは外れアーチャーが隠れている場所を掠めて飛んで行く。


 それでも続けて石を放ち何度も反射させる。アーチャーに当たる事は無かったが動きを止めさせるには十分だった。


 しかしデミ・ゴブリン・アーチャーも動きを止められたままでは居ない。闇雲に撃たれて偶然に当たるのは御免だとばかりに幹から飛び降りる。そして着地の隙を埋める様に矢を放つ。


「チッ!」


 流石にそのタイミングで撃たれてはクリンは一度隠れるしかない。その隙にデミ・ゴブリン・アーチャーは別の幹に向かって走り身を隠す。


「高所の利を捨てたか……代わりに相手は自由に場所を変えながら攻撃できるって訳だけど……それをさせる気はないよっ!」


 相手が移動しない方が楽ではあったが、高所を押さえられていては攻め手に欠ける現状では寧ろクリンにとって望む所だ。


 逆にデミ・ゴブリン・アーチャーからすれば高所からの攻撃を捨てるのは業腹だが、コレまでの攻防で仕留めきれ無かったのだから、それを考えれば平地で自由に動けた方が片腕が使えないクリン相手には有効だ。


 コレまでは降りる隙を与えてもらえなかったのだか寧ろ都合が良かったと言うべきか。アーチャーはチラチラと木の陰から飛び出す素振りを見せ、即座に身をひるがえし幹の反対側から矢を射かけて来る。


 右手しか使えないクリンの攻撃は右からの攻撃が圧倒的に多い。最初こそそれを逆手に取って陽動出来たが今はデミ・ゴブリン・アーチャーがそれを利用して来ている。


 右左から自在に矢を撃ち込んで来る。所詮左側からして来る攻撃は陽動か牽制だと読みそちらからクリンが何かしようとしても無視をして右側にばかり攻撃してくる。


「ちょっと頭がいいなら絶対にそれをやって来る事は解ってんだよっ!」


 しかしそれはクリンが最初からワザと見せつけて来た行動だ。右手で投げる関係で左にスリングを回すしかない。そして左に回すなら左側からの攻撃はし難いのは道理だ。


 だが「左にしか回さなければいけない」などと言う法則は無い。クリンはスリングを右手で振り回しながら幹の左側に飛び出す。下から上に回す振り方でスリングに込められているのは大きな葉で包まれた物。


 コレまでの攻防でデミ・ゴブリン・アーチャーも瞬間的に緑色が目に映り、先程まで何度も投げつけられて来た散弾だと判じて即座に幹に姿を隠す。


 しかしクリンが今回使用したのは葉で包まれているのは同じだが散弾では無い。もう一種類作って今の今まで使ってこなかった土入りの物だ。


 こちらはしっかりと蔓草で結ばれているので投じた後も空中でばらける事は無い。代わりにアーチャーが盾にしている幹の高い所に直撃し、その衝撃で葉が破れ広範囲に土を撒き散らされ、幹の後ろに隠れたアーチャーにも降り注ぐ。


 一種の煙幕弾だ。現代戦で使われる様な物ではなく実に原始的な物だが、無風に近い今の状況では細かい土がそれなりの時間滞空しごく短時間ではあるが目くらましになる。それをクリンは立て続けにもう一つ撃ち込み、自身は左側の幹の陰に飛び込む。


「ゲギャッ!」


 攻撃力は皆無だが細かい土がデミ・ゴブリン・アーチャーの目に入った様だ。苦しそうな声を上げ必死に目を擦る。


 この様な攻撃は全く予想していなかった様子であったが、この様な手段に出たと言う事は、一種の賭けを行うつもりだと言う事はアーチャーにも理解出来た。


 そうでなければこの様な搦め手を重ねる理由が無い。そしてそれはアーチャーの獲物であるクリンにとって隙が出来る瞬間でもある。


 それを逃す手はない。目から涙を流しながらも矢を番えて身を乗り出す。右からしか攻撃出来ないと思い込んでいた油断を突かれた形だが、結局今回も搦め手の為に左側から攻撃してきただけで実ダメージは殆どない。


 アーチャーの獲物が勝負に出るのなら確殺の威力が出せる右側からの攻撃の筈。例え左から攻撃してきた所で致命傷たり得る攻撃は無い。そちらからの攻撃は無視してでも右側からの攻撃に合わせて仕留める。


 強い意志で涙でぼやける視界に無理をしてアーチャーは狙いを付ける。だが——


「だから、頭の良い奴ならそうするって解っているってんだよっ!」


 クリンは幹のに身を晒していた。その手にはスリングは無い。


 代わりに最初に移動した時にに陽動を兼ねて放り投げておいた矢を手にしている。弓の方は左足の指で挟んでいる。


 前の村でツリーフットを仕留めた時に使った技、足を使っての弓撃ち。デミ・ゴブリン・アーチャーと射撃戦が始まってから、クリンは最初からこれを狙っていたのである。


 対人戦のコツは如何に相手の予想の裏をかくか。腕を撃たれて片方が動かせなければ弓での攻撃は無い。そう思わせる為にあの手この手のスリングショットを散々見せたのだ。


 あそこまで多彩な技を披露すれば弓への警戒は薄れる。HTWでのPVPで身に付けた技法だ。デミ・ゴブリン・アーチャーとクリンとの差があったとすれば、手負いの獲物を狩る気でいたアーチャーと、「最初から」HTWの猛者達と同等の「人間相手」のつもりで作戦を組み立てていたクリン、その違いが差となりこの先の結果を導いたのだろう。


 左足の指で挟んだ弓を膝を曲げる事で引き付け右手で矢を弦に番う。同時に左足を大きく前に突き出す。腕では三分の一程度までしか引けない弓も、足なら目一杯引ける。


「僕もお前も、油断は大敵ってねっ!」


 そう言い放つと同時に矢も放たれ、鋭く風を割いて飛ぶ矢は驚愕と涙でグチャグチャになっているデミ・ゴブリン・アーチャーの眉間に、吸い込まれる様に突き立った。





「一体何をやっているんだい小僧。珍しい時間に顔を出したと思ったら怪我こさえてさ。ウチは駆け込み神殿でも無ければ診療所でもないんだよっ!」

「いやぁ、本当は顔を出す予定は無かったんですけどね。でも考えてみたら僕、魔法薬(ポーション)って何処に売っているのか知らないんですよねぇ」


 数時間後。クリンの姿はテオドラの手習い所にあった。あの戦闘の後、追加でデミ・ゴブリン達が現れる様な事も無く戦闘は終わったのだが、錆びだらけの矢を腕に受けたクリンには、やはり破傷風に対する懸念があった。


 デミ・ゴブリン・アーチャーが使った矢は狩りに使用していたので他の毒などの心配は少ない。日本の戦国物にある様に鏃に糞尿を掛けたりするのは戦争などの時ならやるだろうが狩りの時には普通はやらない。それで狩った獲物を食べたら自分達も感染しかねない。


 毒を狩りに使う部族なども前世には存在したが、アレは「その地域に長年生活していたから生まれた生活の知恵」であり、安定的に毒となる物が手に入るから利用されているだけだ。デミ・ゴブリンは広域を移動する習性があり、拠点を作ってもその周囲を食い荒らしたら居住地を移す為、そう言う毒物を都合よく手に入れられるとは考えにくい。


 なのでその辺りはクリンも心配していない。しかし破傷風の方は備える必要があり、加えて片腕が動かせないのは不便なので、値は張るが魔法薬(ポーション)で治療してしまおうと、戦闘と怪我でくたびれた体に鞭打ってブロランスの街に出て来たのだった。


 しかし、魔法薬は高価な為にコレまで手を出したことが無く、何処で売っているのかまでは知らなかった為に、知っていそうなテオドラの元に顔を出したのだ。


「全く、六歳でアーチャーも居るデミ・ゴブリンの集団相手に大立ち回りするとか、解っちゃいたけど頭のタガが緩んだ小僧だねぇ」


「いやぁ、僕もあんな事になるとは思っていませんでした。まさか上位存在とは言えアーチャーがあそこまで腕が立つとは……アレでホブ種(更に上位のデミ・ゴブリン)になったらどうなるんですかねぇ。単体なら何とかですが群れられたら勝てる気がしません」


 魂を削る様な戦闘と怪我、そしてその後の移動で大分顔色が悪くなっているクリンは、本気で疲れた顔でそう言う。


 因みにそれ以外にもデミ・ゴブリンが狩ろうとしていたファングボアの子供は、アーチャーとの戦闘中に事切れており、戦闘後にそのまま放置するのが憚られたので穴を掘って埋葬している。怪我をしながらもそれをしたので余計に体力が無くなっている形だが、少年的にはしない訳にも行かなかったと言う所だ。


 尚、埋葬している最中に親だと思われる一際巨大なファングボアが姿を現し、流石に追加の戦闘は無理だとクリンは逃げようとしたが、襲ってくる事は無くクリンが埋葬をし終えるのをジッと見ていた。


『野生動物でもこちらの世界だとこういう事が理解できる程知能が高いのか』


 と内心思いつつ、子ファングボアを埋め石を積んで墓代わりにした所、見守っていた巨大ファングボアは一声鳴いたかと思うとそのまま森の奥へと帰って行った。


 そんな事をテオドラに話していると、老婆は、


「所で、その倒したデミ・ゴブリンはどうしたいんだい?」

「はい? そのまま放置してきました……ああ、魔石ですか? 勿論抜いてありますよ。安いと聞いていますが、ケガまでさせられたんです。少しでも補填させてもらわないと割りに合いませんからね」


 そう言ってクリンは懐に締まっておいた四個の魔石をテオドラに見せる。因みにまるで手に入ったのが魔石だけの様な口調でいるが、デミ・ゴブリン達が持っていたナイフや鏃などは全て回収してあるので、純粋な鉄材として少年には様々な利用価値があり、キッチリと収益分は確保している。


 尚、この魔石を回収する際にケロケロしたのは少年だけの秘密である。狩りで解体に慣れてきたとはいえやはり魔物でも人型だと精神的にどうしても来るようである。


「ふん……デミ・ゴブリンの魔石は普通の物だけど、アーチャーのはやはり『なりかけ』だね。魔石が上位存在の物に比べれば少し大きい。デミ・ゴブリン・ホブになりかけていた特徴だよ。良かったね、それがあれば十分魔法薬を買う足しにはなるね」


 チラリとクリンが見せた魔石を見たテオドラがそう言う。彼女によれば「なりかけ」と呼ばれる個体の魔石は通常よりも高く買い取ってもらえるそうだ。通常の上位種が大体銀貨一枚から一枚と半銅貨(五十枚)で取引されるのに銀貨二枚から三枚の値が付く。


 ホブ種になって居たら銀貨六枚からに跳ね上がっていたそうだ。因みにただのデミ・ゴブリンの魔石は大体一律で銅貨三枚(三十円)との事。


「まぁ子供の僕が倒せるので安いのは解りますが……それでもデミ・ゴブリンの魔石は切ないっすねぇ……」

「そりゃそうさ。なんせ弱っちい上に数が多いからね。ただ安いのは魔石だけだからさね。仕事の場合はこの他に討伐料が掛かるから、それと合わせれば一体で銅貨十枚から十五枚にはなるんだよ」


「……それでも百円百五十円の世界か……世知辛い……」


 弱いとはいえ武器を持った魔物と戦うのだから命の危険はある。その危険を冒して百円にしかならないと言うのは何とも切ない話だ。


 『まぁ討伐料は取れないけれども代りに鉄が手に入ったからまだマシか』と思う事にして、クリンはテオドラから怪我を治せる位の効力がある魔法薬を売っている場所を聞き出した。


 魔法薬にも等級があり、一番安いのは銀貨一枚(千円)で買えるが、効力的には小さい切り傷や擦り傷が治る程度の物。それで千円は高い気もするがその場で治るのだから、そう考えれば妥当と言うか寧ろ安いかも知れない。


 クリンの負った怪我だとその上の等級の魔法薬が必要になり、それだと一番安い物(品質が少し落ちる)で銀貨十枚で、平均的な効果を持つ物だと銀貨二十五枚、四分の一銀貨(二万五千円)が相場になって来るらしい。


 この世界で銀貨二五枚は平均的な職業の半月分の給金に近く、中々に手痛い出費だが矢傷を受け、更に破傷風の懸念もある少年には是非も無い。


 時間は既に午後の鐘(午後三時)が鳴って暫く経っており、のんびりしていたら店が閉まってしまうので話を切り上げて魔法薬専門店に向かうクリンであった。




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唐突に始まった本格(?)スナイパー合戦もようやく終わりました。

ゴブリン相手に何やってだよコイツ?

とか思って頂けたら上々です(笑)

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