第173話 射撃手達の攻防。



お待たせしました。本日より掲載を再開します。



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 静かな森の中で大気を切り割く鈍い音が只管交差する。それは静かだが明確な殺意の応酬だった。


 クリンの放つスリングの石が呻りを上げて飛翔しデミ・ゴブリン・アーチャーの潜む幹を抉れば直後に風切り音と共に矢が飛来し、クリンが身を潜めている幹を穿つ。


 互いに互いの隙を狙い、相手の撃ち終りに合わせ射線を確保する。互いに決め手に欠けるが、かと言って相手の好きにさせれば主導権を取られてジリ貧になるのは目に見えている。現状如何に相手のミスを誘うかと言う遠距離での射撃に終始している。


 手数はクリンの方がやや上回っている。それは少年が使用しているのがスリングである事が大きい。


 デミ・ゴブリン・アーチャーはクリンが石を三、四回投げる間に一回撃ち返す位の頻度だ。コレはアーチャーが使用している矢を節約する意図がある。矢は石と違ってその場で用意する事が出来ないからだ。


 だがスリングは違う。今は石を使っているがスリングの弾は別に石に固執する必要は無い。ある程度の重量があれば飛ぶし、木片でも当たれば痛いし、やろうと思えば短剣や槍も弾として使える。しかし威力があり、かつ手に入りやすいと言う事を考えれば石が一番妥当である、というだけだ。


 だからと言って石なら何でもいいと言う訳では無い。下手に尖って居たり角が立っていたりすると、スリングの弾受けの部分を傷つけ損傷させてしまう。何よりもある程度均一な形状の石の方が投げやすいし、更には角が無い方が空気抵抗の影響が出難いのでそう言う石が望ましい。その様な石ならクリンなら百メートル以上離れていても的に当てられる自信がある。


 しかしそう言う投げ易い石はやはりそう簡単に落ちていない。スリングで使うのに適した石を四個ほど見繕い持ち歩いていたが、その内の二個はもう使っている。


 牽制として辺りに落ちていた石を使用し、その合間に本命の石を使ったのだが間一髪で避けられてしまった。


「チッ! デミ・ゴブリンでもアーチャーになるとここまで遠距離戦に長けて来るのかっ……狙いも雑な矢の割には正確だし……鬱陶しいっ!!」


 まだ周囲に投げられそうな石はあるのだが、七十メートル以上の距離を正確に当てるのなら、持っていた様な石が望ましいが生憎と見当たらない。


 命中率が著しく落ちるが手数は出せるので駆け引きにはなる。だが決定打に使うなら五十メートル以内に近づけば雑な石でも当てられる自信があるが、この距離を保つなら後二発しかない。


 近づくのは賭けだ。武器の差で相手の方が有利。ただこのままでは現状クリンの方が不利だ。確実に当てられるのは後二回、遠心力が必要な分動きが多いのもクリンの方で、加えて怪我で体力の消耗は少年の方が早い。


 出血は多くはないが止まっている訳では無い。今はアドレナリンが出ているが落ち着いてしまったら痛みにより集中が続かない。


 対して相手は矢の本数と言う制限はある物の、この応射頻度ならまだ余裕があると見て取れるし、何よりも矢は全て必殺の威力があり動きも最小限で撃てて怪我もしてい無い。


 時間が経てば経つほどにクリンが不利になる。ジリ貧とはまさにこの事。クリンがこの状況で生き残るなら短期決戦しかない。そこでクリンは策を練る。


 足の指で落ちていた矢筒と矢を拾い上げ、自分が盾にしている幹の左側へ抛る。丁度少し先にある木の裏になる様な位置だ。


 今のクリンは街に出る時の手製ブーツでは無く蔓草で編んだ自作草サンダルだ。自作ブーツは底が硬い皮である為に不整地では歩き難いし足跡が付きやすい上に音も出る。草サンダルなら音は少ない上に草であるので足跡が判別されにくい。


 加えて足の指が出ているので足を器用に使いこなすクリンならこのような芸当も出来る。因みにスリングに使っている石も地面に落ちている物を足で掴んで取っている。


 ともあれ、この行動によりクリンが左に移動した様に見えたデミ・ゴブリン・アーチャーは咄嗟にその軌道を追って矢を放つ。だがそれは囮でクリン自身は右に飛び出して走りざまに囮を狙ったアーチャーに向かってスリングを放つ。勿論本命の弾である二個の内の一つだ。だがこれは惜しくもギリギリの所で異変に気が付いたアーチャーが木陰に隠れた事で防がれてしまう。


「チッ!」


 思わず舌打ちするクリンだったが、実の所「あわよくば」と言う所だったのでそこまで残念では無い。ここで仕留められたら楽だったので悔しいは悔しい。だが本命は彼が向かった先の木陰である。


 クリンの一撃をやり過ごしたアーチャーが、彼が新たな幹に隠れる直前を狙い矢を放ってくるが、コレは飛び込む様に幹を盾にした事で防げている。


 少年がこちらに移動したのは木の周囲に村や街などでよく使われている、皿代わりに使われる大きな葉を茂らす草が生えているのが見えたからだ。その幹に辿り着いて分かったのだが運がいい事に割と石も落ちている。


 だが流石にクリンが本命に使う程に整った物は見当たらなかった。


「ある物で何とかするのは何時もの事さ! これでも十分御の字だっ!」


 その場で拾い上げた石を牽制に一射し、即座に小石を拾い集める。勿論足の指でだが器用に集められている。鍛冶作業も足で出来るのだからやはり器用な六歳児だ。


 そうして集めた小石は数個纏めて大きな葉で包む。葉には数か所軽く切れ目が入れてある。その石を包んだ葉を更に近くにある蔓草で軽く縛る。


 同じ物を合計四つ作る。その間何の反応もしないのも不自然である為に牽制も兼ねて何度かスリングを撃ちこむ。当然相手も応射して来るが互いに決め手に欠ける応射をしあうだけだ。


 その合間に更にクリンは近くの乾燥した土を数掬いし、小さい砂利と一緒に葉で包む。コチラは二個だけだ。


「よし……仕込みは上々! 長引かせたら此方がやられるのは目に見えているから、そろそろ決着をつけさせてもらおうっ!」


 一連の細工に掛けた手間でデミ・ゴブリン・アーチャーはクリンの動きが緩慢になったと考えたかもしれない。そうなって居れば隙も付きやすくなっている筈。


 そして小細工は一つでは無い。上位存在になれば知能も多少良くなると聞いているが、ならばこそ引っかかってくれる筈だ。


 意を決したクリンは盾にしていた幹の右側から身を乗り出しスリングを撃ち込む。先程と同じく投げにくい形の石でありアーチャーが盾にしている幹に当たりはするが精度的にはかなり雑だ。


 アーチャーは盾にしている幹に石が当たる音がした直後に身を乗り出して矢を射る。勿論クリンが盾にしている幹の右側に向かってだ。


 クリンは左腕に矢を受けて怪我をしている。その事は相手のアーチャーも気が付いている。コレまでずっと右腕だけでスリングを撃っているし撃つ時はで、飛び出した先も右側だ。


 右手だけでスリングを撃つにはその方が撃ちやすいので必然である。デミ・ゴブリンでも上位のアーチャーだ。当然その行動にも気が付いている。アーチャーは反射的に右に向かって矢を射た。


 だがその瞬間にクリンは左に向かい、つまり最初に盾にしていた幹に向って走り出していた。既に次の弾をセットされたスリングを回しながら、一際大きく踏み込むと軽く飛び跳ねスリングを撃つ。セットしてたのは先程作ったばかりの小石を纏めて包んだ葉だ。


 それを撃ち終って動きの止まっているアーチャー目掛けて放つと、雑に縛られていた葉は空気抵抗により切れ込みが入っていた事も有り空中で解け、中に包まれていた小石をぶちまけながら飛翔する。


 原始的な散弾だ。この様な細工をした弾が使えるのもスリングの利点の一つである。実際に前世では紀元前に似た様な原理の弾が古代の戦場では使われ、他にも火炎弾やナパーム弾の様な物も使われていたと文献にある。


 だが、クリンが真似たのはそれよりも後の時代の物だ。実は日本の戦国時代に、和紙に鉄片を包んだ物を火縄銃に詰めて散弾として撃つ、と言う技法が生まれている。


 一般的な技法では無いが、前世でそれを聞き覚えていたクリンがそれを模してスリングに応用したのだった。


 途中まで固まりで飛んだ小石の広がりは少ないが、アーチャーが居る幹に届く頃には十分な範囲に広がり、慌てて身を隠したデミ・ゴブリン・アーチャーの付近に着弾し幹や枝に当たって跳ねた石の幾つかがアーチャーに当たり「ゲギャッ!」と声を上げさせた。


 当たったと言え流石に小石ではそこまでの威力は無く倒しきる事は不可能、それはクリン自身にも解っており、その隙に元居た場所に滑り込むと即座に散弾を詰めた弾をスリングに収め立て続けに撃ち込んでいく。


 広範囲を攻撃するこの射撃は流石にデミ・ゴブリン・アーチャーも嫌だった様で、幹から身を乗り出してこなくなった。


 だがそれはクリンにとって好都合。最後に取っておいた本命の投げやすい石をスリングに嵌め狙いを定めて射出する。


 しかしクリンが放った石はデミ・ゴブリン・アーチャーが潜む幹では無く隣の幹の枝に向かって飛翔する。


 狙いは外れた——かに見えたが、その場所こそクリンが狙った場所だ。寸分違わず狙い通りの枝に当たった石はガツッと鈍い音を上げて跳ね幹の裏に潜むアーチャーに襲い掛かる。反射撃ち或いは跳弾撃ちと呼ばれるスリングならではの曲射だ。直後、


「ギャオッ!?」


 と明確な悲鳴がクリンの耳に届く。


「チッ、当たっただけか……まぁ反射撃ちはどうしても威力が落ちるからねぇ。両手が使えたらもう少し威力出せたんだけど」


 声は聞こえても幹の陰から姿を出さないアーチャーに、致命傷にはならなかった事を悟る。コレで致命傷が与えられる本命の石は全て使い果たした。


 だがまだ散弾を包んだ葉はあるし、もう一つの保険もまだ未使用だ。


「ゲガァッ!」


 曲芸じみた射撃が当たった事に腹を立てたのか、デミ・ゴブリン・アーチャーは吠える様に声を上げながらクリンが隠れている幹に矢を撃ち込んで来る。


 身を隠す直前にチラリと見えた姿は、どうやら頭から血を流している様だった。


「っしゃ! コレで相手にもダメージを与えた! 状況はイーブン……では無いか。片腕が使えない上に先に怪我した僕の方が不利なのは変わらない……とか思ってんだろお前」


 それまでの正確な射撃では無く幹の裏に隠れるクリンを追い立てる様に立て続けに矢を放ってくる。出血した事で粗雑なデミ・ゴブリンの習性が出たのか。


「いや……にゃろう、僕が搦め手を使い出したのを攻め手が無くなって来た証拠だと思ってワザと怒ったフリして誘ってやがるな?」


 更には、コレだけ連射してくると言う事はまだ矢玉に余裕があると言う所を見せつける意図もあるのだろうとクリンは内心思う。


 HTWはVRMMORPGだ。戦闘は苦手だが全くやって来なかったわけでは無い。寧ろゲームである以上戦闘は嫌でも経験する。そして鍛冶を好んだクリンは武器類も沢山制作している。それらを使用して戦いたくならない訳が無い。


 そしてHTWにはPVPモード(プレーヤー同士で戦う事)も実装されている。こう言う戦闘の駆け引きも経験済みだ。心理の読み合いは定石である。


「ま、元から長期戦はコチラが不利。いいよ、その誘いに乗ってやるっ!」

 




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いやぁ、帰って来てから自宅の飯が旨くて食いすぎまして。

まさか自分で散々書いたセイロン・ガーンのお世話になるとは思っても居ませんでした(笑)


やっぱ効くよなぁ正露丸。


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