第170話 転生少年が作る中華鍋。


そろそろクリン君の新居建築も大詰めになってきたかな。



======================================


 

 


「うん、作って見たは良いけれどもコレだと商売に使うのには炒め物が良い所だね」


 棒状に打ち出した鉄をコの字に整形し、鍛着させて取手にした自作の鉄鍋を眺めながらクリンは心持ち残念そうに呟く。


 人力で打ち出した鉄鍋は中華鍋に近い形をしており、厚みも構造もほぼ同じである。使い勝手は中々良さそうだが、手持ちの鉄の量と少年の技量的に作れたのは三十センチをやや切る大きさの鉄鍋だ。


 当初、コレで汁物でも作って露店で売ろうかと考えたのだが、深さのある中華鍋とは言え十人分は取れないだろう。炒め物なら一度に六人分が良い所か。


 炒め物ならその量が作れれば十分だろうが、流石に汁物でその量は少ない。しかもクリンが考えている汁物は何時間も煮込むタイプの物だ。何時間も煮込んで十人分も無いのでは、流石にそれでは商売にはならないだろう。


「やっぱ寸胴とか両手鍋サイズが無いと商売に使うには量が作れそうにないなぁ。でも叩き出しだとこの鍋で二十日掛かるのに、そのサイズなんて叩き出しきれ無いだろうなぁ」


 自分で取った獲物から作った、乾かしただけの硬い皮をヤスリ代わりに使って鍋を磨いていたクリンがそうボヤキを入れる。前の村でも使っていたが、こう言う目の粗くて硬い皮は古い時代は磨き用のヤスリ代わりとして使われている。


 今でも西洋圏ではナイフや剃刀などの刃先を研ぐのに革を砥石として利用していたりもする。割と皮は鉄を磨くのに向いていたりする。


 因みにサバイバルニキことトーマスも動画で同じような物を作って自作の鉄製品の整備をしている。相変わらず参考になるニキである。


「材料の炒め合わせとか炊き合わせとかは鉄鍋でやって、煮込みとか汁物はそれ用に粘土で陶器でも作るのが現実的かなぁ」


 取り敢えず前世のサイズで一人前の汁物を二百ミリリットル計算すれば、十リットルちょい入る物を基準に考えれば良いか、と考える。それなら多分大きさも横が三十センチ無い位で縦も二十から三十センチ程度で作れば、恐らく三十から五十人前は作れるはずだ。


 その量なら一人分銅貨五から十枚の間で手間を考えて値段を決められる。恐らくあの辺りで売れる料理の値段はその位の筈だ。


 材料となる物は肉や香草類はこの森で手に入る物だけでやればいい。塩と野菜を入れるならその分コストになるだろうが、それでも街で一番高い金額が掛かりそうな物がどれもタダで手に入れられる事を考えれば、利益率的には良い筈だ。


 正直木工品の方が単価は高いのだが制作の手間を考えたら料理の方が関わる時間が短く取れる。一緒に木工上げの練習に作る物を売れば十分な稼ぎが出る筈。

 鉄鍋を磨きながら頭の中ではそんな計算をしているクリンであった。





 翌日には考えていた様に粘土で寸胴型の土鍋を作る。ココまで大きい物を焼くのは初めてなので、鍛冶場の横にレンガで焼き物用の窯を作った。


 コレまでは直接火の中に突っ込むだけの乱暴な物だったが、流石にこのサイズでそれをやると失敗が怖かった。


 素焼きでは客商売には不向きだと思い、炭の灰を濾過した水で練って釉薬にする。この辺りの木の性質なのかやや赤みが強く出る焼き上がりになるが、それはそれで面白いと思い、クリンの焼き物は釉薬を使う場合は大体コレを使っている。


 まぁ、一番簡単に手に入るからと言うのが最大の理由ではあるのだが。


 念のために同サイズの土鍋を三つ作り、それぞれ灰汁をかけてから窯に入れて焼いて行く。石工スキルが発現しているので、この手の造形はかなりしっかりとした物に出来るのが有難い。


 ただ如何せんシンプルなデザインである。本人の技量もあるのだろうが石工スキルが陶芸スキルに分化して来ればもう少し芸術性があるデザインにも挑戦できるかもし知れないが、今は気にしても仕方ない事と割り切る。


 現代の焼き物なら材料や燃料に使う炭の質や温度管理などとうるさい事をいわれるが、そもそもそんな贅沢を言う前に「使える物が出来れば御の字」状態のクリンにとってはこの大雑把な窯でも立派な施設である。


 ある程度燃え方を確認したら中に炭を放り込み粘土で蓋をして完全に塞ぐ。後は火任せで消えて温度が下がるまで待つだけである。


「現代陶芸家とかに見られたらぶん殴れそうだね。ま、ココは現代でなくて異世界! そして文明的には千年は遅れていて挙句に僕の設備は二千年以上遅れているからなっ! 贅沢な事は言えないさっ!」


 HTWで陶芸も勿論やっているクリンからしてみれば、冗談みたいな適当な焼き物だ。前世でサバイバルニキが似た様な方法で陶器を焼いていたのを見ていなければ、こんな方法で焼こうなんて考えもしなかっただろう。


「質を求めなければ、これでも十分作れると分かったからねぇ。HTWは良くも悪くも工業技術が基礎だから、トーマスの動画知識が無けりゃ詰んでたかもねぇ」


 と、コレだけはあの時にあの裸族ニキの動画に出会えてよかったと思うクリンだった。パンツは履いて欲しかったが……


 焼き物が焼き上がるまでに丸一日はかかる予定なので、その間にクリンは森に入り狩りを試みる。と言っても例の様に狩りだけで終わる訳でなく。


「お、アレはばぁちゃんの薬に使える薬草! お、あっちの木の皮は面白いな。何か剥がせそうだし、持って帰って見ようかなっ!」


 と、当然の様に寄り道の採集が入る。ご丁寧に自慢の背負子まで背負って来ているので実は最初から横道に逸れる気満々である。


「……むん?」


 クリンが「それ」に気が付いたのは、この時期にはよく食べていたカミキリムシ系の虫の幼虫を見つけ、ホクホク顔で大き目の葉に包んでいた時だ。


 この辺りはクリンが採取で立ち入る範囲内の、いちばん外側に当たる。何度も森を探索してはいるが未だにこの森の全容を知っている訳では無い。


 基本危険そうな——大型動物が縄張りにしている様な痕跡のある場所など——を見かけた場合は直ぐにその場を離れるし、基本森の外縁に近い部分ばかりを探索している。


 だが全く奥の方に立ち入っていない訳では無く、普段何度も訪れている、このような森の奥との境の様な場所も少年の行動範囲内に入っている。


 そこから先に進めば植生が濃くなる、そんな場所の下草が微妙に踏み荒らされている痕跡を見つけたのだ。


「人……が入っているのか? この森に?」


 四足歩行の動物では無い踏み荒らし方に、クリンは自分以外にもこの森に入る人物がいた事に驚くと共に警戒心を強く持つ。


 クリンが拠点にしているのは森の中を三十分以上も進んだ所だ。ソコまででもまだ深部に程遠い外縁部分に属する辺りこの森はかなり深い。


 その彼の拠点の近辺には彼以外の人間が入り込んでいる様な痕跡も無ければ気配も感じられていない。


 と言う事は、この辺りを踏み荒らした人物は別の場所を通って「深部」から態々こちらの方まで出て来た事になる。


「態々危険な奥地を経由してくるなんて、そんなのが普通の生活を送っている様な人物とは考えにくいよね」


 取り敢えず芋虫を包んだ葉を背負子に括り付け、矢筒を用意し何時でも矢を取り出せる様に背負子の側面に設置し、止め紐代わりに使っていた手製スリングを解くと首に引っ掛け、腰には手製のナイフを刺し手には弓を構える。


 臨戦態勢と言う奴だ。歩きなれた森でも安全に過ごすためには最大限の備えはするべきだ。それがクリンの考えでありコレまで危険な目にあわずに過ごせてきた理由でもある。


 森の中に入り込んだ人間が友好的とは限らない。と言うよりも明らかに不審者で警戒すべき相手だ。森の生物の方がよっぽど安心できると言う物である。


 気配察知に危険予測のスキルを最大限に発揮しながら、慎重に踏み荒らされた箇所を調べて行く。どうやら奥地から出て来たが外に向かう素振りはなく、何かを探す様に辺りを数度行き来している痕跡が見て取れた。


「ふむ……この行動だと……狩りか採取か……にしては歩き方が雑だな……素人みたいだ」


 乱雑に下草を踏みつけながら歩いている様に見受けられ、少し困惑の表情を浮かべる。


 こんな跡が残る様に歩くとかなり物音が出る筈だ。獲物を探すならそんな歩き方をしたら相手に勘付かれて直ぐに周囲から動物達はいなくなってしまう。採取をするのなら、それこそこんな下草を豪快に踏みつぶしたら採取物がダメになってしまう。


 クリンですら森を歩く時はなるべく足音が出ない様に注意しているし、音が立ちそうな場所に分け入る様な事は殆どしない。


 ましてや如何にも「何かが通りました」みたいな痕跡を残すなど、この辺りを縄張りにしている動物達に喧嘩を売るような物だ。気性の荒い動物の場合は縄張りを荒らされたと見て執拗に探される。とても森歩きに慣れた人間の行動とは思えなかった。


「まさか迷い人とか……?でもそれにしてはから来ているって言うのが引っかかるな……」


 痕跡を調べながらクリンは小さい声で独白する。コレはこの世界に来てからのクリンの癖ともなっている行動だ。本来今の様な状況では褒められた事では無いが、自分の考えを纏めようとしたりする時にはついやってしまう。


「よし……何にしても、どんな人間が入ったのかは調べておこう。何もしないで拠点を見つけられたら面倒だし……」


 狩りと採取は取りやめにし、この場を荒らした人物の後を追う事に決めると、後は無言で踏み荒らされた周囲の痕跡を調べ、この跡の持ち主が向かったであろう方向へと慎重に進み始める。


 進むうちに、足跡は右へ左へと無軌道に方向を変え、植生の堺とも言うべき深部との境を無軌道にフラフラしている様に見えた。


「チッ」


 思わず舌打ちしてしまうクリン。内心『何だこの変な歩き方は。死にたいのかコイツ』と思いつつ後を辿る。だが途中で跡が増えたのを見つける。どうやら元々数人で行動しており途中で別れて合流してを繰り返している様だ。


『それにしてはよくこんな雑な歩き方で合流できるな。もしかして何か合図しながら移動しているのか?』


 だとすれば、解りやすい音を発てている可能性もある。クリンの様に痕跡をなるべく残さず静かに行動する方法もあるが、それ以外にも人数が居る場合はわざと音を立てて周囲の動物を警戒させて近寄らせないと言う移動方法もある。

それならばこの無軌道な動きは納得も出来るし、それはそれで探しやすい。が、ふとクリンは合流したらしい足跡に違和感を覚える。


 入念に足跡を調べると、どうやらクリンが追跡をしている人物は裸足であるようだ。しかも結構な小柄で、クリンとそんなに変わらない年齢か体格の足跡に見えた。


『子供が素足で森の中を歩く……? 何か変だ……いくら何でもおかしすぎる』


 素足では無いが子供でひょいひょい森の中を歩く所か生活している自分を棚に上げて、クリンは首を傾げる。


 だが考えても解らないので足跡を追い続ける。どれぐらいそうやって後を追ったのだろう。やがてクリンの向かう先で何かが下草を掻き分けて突き進む音と、何かの泣き声の様な物が少年の耳に届く。音的にはまだ距離がありそうだ。


 クリンは素早く風向きを確かめ、ほぼ無風状態で匂いなどで勘付かれそうにない事を確認し、慎重に進み——それを目にする。


『緑色の子供!? ああいや……アレはもしかして、話に良く聞くゴブリンか!』


 思わず声が出そうになるのを堪え、クリンは遠くに見え隠れする三人……いや三体の緑色の二足歩行の人型生物、ゴブリンを目の当たりにするのだった。





======================================




大詰めだよ、家造りはな!

だが予定通りに行かず唐突に話が変わるのも本作の仕様です(´_ゝ`)


そしてようやく異世界の代名詞の登場(?)だっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る