第169話 日本の技術は素晴らしい。確かに素晴らしい。が、要求される技術水準がおかしいと思う。
遅くなりました。
最近どうにもギリギリまで掛かってしまいます……
いや、ギリギリアウトなんですが……
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いよいよ重ねた鉄板を鍛造していくのだが、材料となる鉄板の組み合わせも斧に合わせた物になっている。刀だと外側に硬い鉄、内側に柔らかい鉄を使う事が多いが、斧の様な物の場合は厚みがあるので元から強度が高く、刀や剣の様な丈夫さを出す工夫はいらない。代わりに、外側に柔らかい鉄を使い刃になる中心部分に硬い鉄を挟み込む様に並べる。
コレにも流儀は幾つもあり必ずこの通りにやる訳では無いのだが、クリンが覚えたHTWでの流儀では、刃に使う鉄を硬く、その周りを柔らかい鉄で覆うやり方が使われている。これは剣や刀は切る事が目的なので刃に負荷がかかり刀身に力が掛かりやすいので中を柔らかくして衝撃を吸収しているのだが、斧の場合は切ると言うよりは「割る」か「裂く」と表現した方が適切な使い方をする。
切るだけなら刃が薄い方がいいのだが、斧が必要な木などの場合繊維が多い、薄い刃では表面は軽く切れるが内部に入り込むと繊維に抑え付けられて動かなくなってしまう事もある。
斧の様な刃物の場合は刃の回りに厚みを持ち且つ柔らかい鉄を使う事で、刃が切り割いた繊維を押し広げて断面を広くするような構造になっている。
その為、斧などの刃は厳密には平ではなく緩やかなカーブを付けてあることが多い。言ってしまえば涙滴型の尖った方の様な形状である事が多い。
これにより力を入れて振るえば普通の刃物よりも刃が多く繊維を切り割き、切断面積が多くなり、かつ繊維を広げる為に摩擦が減り刃が木に食い込んで取れなくなる事が減る。
鉞を斧として使うのに向いていないのにもここに理由の一つがある。鉞は先に記述したように「削る」ための道具なので切れ味が良く刃が斧に比べたら薄く直線的だ。
繊維に沿って切るのには向いているが横の繊維には向いておらず刃が食い込んで動かなくなってしまう事が多いのも、鉞が向いていない理由だ。
その様に作る為に鉄の性質を変えて積み鍛着させて行く。手持ちのクズ鉄の大半を使っているのでクリンの身体には結構大きいサイズになってしまっているが、コレは今後の成長への期待を込めて成長後に丁度良くなるように計算している為である。
「いいんだよ、期待を込めて何が悪いっ! まだ六歳、まだ大丈夫っ! あんな粗雑な飯でも今はまともな飯に変わっているんだから、まだ期待できるはずっ!」
まぁ、成長後を念頭に置いているとはいえ現状で重すぎて使えなければ意味が無いので、それなりに自制したサイズに納めてはいる。それでも完成後は暫くの間は両手でさらにオーラコートを用いないと使用出来そうにない感じだが。
必死に斧を鍛着し鍛錬させて行っているのだが、斧だけを作っている訳では無い。炭も含めて材料全部自作と有れば、一つだけ作って終わりに出来る様な贅沢は中々出来ない。
何よりも炭が勿体ないので鋤の刃先も並行して打っている。ただ、此方は前世で一般的な総鉄製では無く古い時代の刃先だけを木の板にはめ込むタイプだ。鉄をケチったと言うのもあるが、現状のクリンでは加工しきれ無い部分もある。
一週間程かければ出来るかも知れないが、流石にそこまで時間を掛けていられない。
「そのケチったバージョンでも、本当は和式の木にすっぽり被せるタイプの方が強度的にも精度的にも良いらしいんだけど……アレもアレで現状では難しいんだよね」
三枚の鉄板を重ねた物を叩きながらクリンが諦めにも見たボヤキを入れる。今回は下側だけ硬い鉄で真ん中と上は柔らかい鉄だ。刃となる部分が鋤の片側にだけくればいい作りで、三枚にしているのは上下の長さを長くし、木の板を挟み込む為だ。
コレを鍛着させて伸ばしていき、木に嵌める部分に穴を開けてリベットで止める予定だ。この方式だとどうしてもリベットに負荷がかかって折れやすいので出来れば和式鋤の様にすっぽりと嵌め込む形にしたいのだが、実はその方式だと作るのが非常に難しい。
元日本人でありHTWで日本の技術を多く身に付けているクリンであるが、今回は西洋式の方を採用したのは偏に高度な製造技術を要する為である。
日本のこの手の技術は大体の物は高度な設備を必要とせず「それが無ければ無いなりに何とか出来る」と言う物が多い反面「要求される技術水準並びに道具の種類がえげつない」と言う欠点がある。
人間一人ではやりきれない作業も分業にして関わる人間を増やしたり、細やかな設計を可能とする為の道具が山の様に必要になる。そして質の良い材料、この場合鉄がクリンの使っている様な物ではなく、もっと不純物の少ない物が必要だったり、三十年位一筋でやって来た様な人間の技量が必要だったりする。
和式鍬もそんな高度な技術と道具を必要とするもので、それらが無い状態で作れば釘で止める事もしない和式鍬の金属部分は簡単に取れてしまう。
アレはアレで木の性質と湿度による水分の吸収率などを計算し、高度な成形技術とそれを可能とさせる何種類もの槌があって初めて造れる物で、クリンの様な知識だけしかない状態では作り切れるものでは無かったのだ。
「やっぱり昔の日本の鍛冶師は変態多いよね。そんな腕と道具あるヤツがなんで農具作ってんだよ、って話だし。まぁあんなのを真似するのは無理。素直に別のやり方で作って鉄が沢山手に入ってから作り替えましょう」
と、素直に諦め簡単ではあるが破損も多い事で不評で後に総金属製に取って代わられる西洋式の鋤と鍬の刃先を鍛造していくのだった。
斧も合わせ一通りの鍛造が済みヤスリで成形をしていく。大きく重いので、この作業は少し時間が掛かり、家の基礎制作と合わせてやったので何だかんだで鍛造から一週間程かかって斧と鋤、そして鍬が完成する。
勿論これらの柄は木製でクリンの手ずからによる削り出しだ。コレを作っていた事も時間が掛かった理由の一つでもある。
こうして整地に使える道具と木の切り出しに使える道具を作り上げたクリンは、家作りを加速させていく。
基礎を埋めるための溝を鋤と鍬で一気に彫り上げ、砂利を敷いてドンドンと素焼きレンガで基礎を作って行く。
敷地を基礎で長方形に囲い、中にも井の字型に基礎を積んでいく。水やゴミなどが通る様に何カ所か隙間は開けている。コレをやっておかないと上に建物を乗せた時に湿気が籠り、そこからカビが生えたりするのでこの細工は必須だ。
囲いの内部の基礎は地面から三十センチ程上げてある。この辺りの地域にも雨の多い雨季の様な時期があり、まだこの森でその時期の降雨量がどれ程あるか分からないので用心の為にその位の高さにしている。
外側の囲い部分の基礎はそのまま立ち上げ壁の様に積み上げている。大体地面から一メートル位まで積み上げた所で溜りに溜まった粘土もほぼ無くなった。それでもまだ残っている辺り、集めすぎだとも言う。
ここから先は森で集めて来た適当な太さの丸木を積んでいき、丸太小屋の様にして行く予定である。
コレは元々クリンが集めていた木の太さの関係で角材や板を切り出す程の太さの木を大量に集める事が出来なかった為でもある。
そして半分焼きレンガの壁にしているのも、クリンが集められる太さの木がそんなに都合よく家を一軒建てられる程の量を集められなかったからと言うのも理由だ。
状況に合わせてこのような事もして見せるのがクリンの真骨頂と言えるだろう。
この素焼きレンガの基礎と壁を組み上げるのに二週間(二十日)程を要した。六歳児にしては中々早いペースだ。
しかも、この間家造りだけをしていた訳では無い。テオドラの元に勉強しに行っているし商売も商品量が減ったが継続して行っている。
中々に多忙だが、実はさらにもう一つやっている事がある。それは、鉄鍋の叩き出しだ。斧に鋤、鍬を作った後、残った鉄板を全部重ねて叩き出し一枚の鉄板に仕上げていた。
この鉄板を作った鉄工ハンマーで朝に夜に、暇な時間を見つけてカンカンと叩き出し、鍋の形に凹ませて叩き出していた。
家造りを再開させてからの間、暇を見つけてはチマチマとカンカンカンカンと叩き出し続け、素焼きレンガの基礎と壁が出来上がる頃にようやくそれらしい形に叩き出せたのだった。後は内部の叩き後を目立たなくなるように叩き治しをし、叩き伸ばしで歪な形になった縁の辺りを鏨で切り離してヤスリで成形するだけである。
「うん、田舎のオカンの内職みたいだね」
とクリンは叩き出した鉄鍋を見ながらそんな感想を漏らしたが——世のオカンは鉄鍋を夜なべして作ったりはしないだろう。
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まぁ、実際は鉄鍋を叩き出して作る様なもの好きはそんなにいなんですけれどもね。こんな事が出来る六歳児が居ると言うのは十分ファンタジーですな(笑)
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