第166話 変わり者の「何時も通り」は一般人にとっては迷惑行為。


クリン君は平常運転に戻った模様。つまり細々とやらかすと言う事……



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 クリンの執念とも言える鍛冶作業が一段落し、翌日からはテオドラの手習い所での勉強を再開する。お金も払っているし、何よりも前世でも勉強は嫌いでは無かったし、何気に同年代——と言うには他の生徒はみな年上だが——の子供達と一緒に勉強すると言うのは前世でも殆ど出来ていなかったので何気に楽しかった。


 まぁ、前世で散々学習してきたのでこの世界の学習レベルをブッチギッてしまっていて半隔離状態ではあるのだが。


「暫く来なくて急に来たと思えば、嫌にご機嫌じゃないか小僧? やけにニヤニヤしていて気色悪いよ」


 とテオドラに言われてしまうが、


「いやぁ、ようやくマトモな道具が作れたんで、作業が捗って仕方がないんですよ。お陰で勉強と商売用の製品作りが少し疎かになってしまっていますが」


 と、やはりニヘニヘとしながら答える。余程ヤットコと火掻き棒が出来たのが嬉しいらしい。テオドラや子供達に奇異の目で見られても気にしない。


「ふぅ~ん……まぁいいさね。それよりも、何やら中庭に見た覚えのない土くれの塊が幾つか置いてあるんだけどねぇ」

「ああ、あれはプランター……鉢植え用の鉢ですね。最近ちょっと粘土を集めすぎて場所取って来たので、新商品の試作を兼ねて作った物を持って来てみました」


 ヤットコや火掻き棒を作った後の炭がもったいないからと、こんな物までついでに焼いていたのであった。


 素焼きの長方形の箱型の鉢でクリンでも背負子に積んで運べるサイズに統一して作り、三個ほど持ち込んでいた。因みに鉢の中にはもう土が入っており、これは森の土と腐葉土を混ぜた物で、追々畑でも作ろうかと考えて用意していた物である。


「そうかい、そうかい。その鉢植えとやらの中に、何やら見覚えのある草が生えているんだけれどねぇ」

「ああ、セントジョーズワートとコンフリーですね。ドーラばぁちゃんの薬レシピだと抗消炎としてこの二種類をよく使うっぽいので、折角なので森から持って来て植えておきました」


 朗らかに言うクリンに、テオドラは大きくため息を吐く。


「なぁクリンの小僧。お前さん、コレを街中で育てるのが面倒だって知っているかい? ついでを言えば街ン中に簡単に生えていていい薬草じゃないんだよ?」

「勿論知っていますよ? しかし農村ならその辺の道端や畔などにそれなりに生えています。前の村にも普通に自生していましたし。それに街で育ちにくいのは養分の多い土と綺麗な水が無いからなので、僕の住処から持ってきた腐葉土とこの前作った濾過器があればどちらも問題なく手に入ります」


 ドヤ顔を止めないままに言って来るクリンに、頭を何度か振ったが取り敢えず何も言わなかったテオドラはやがて自分を納得させるように、


「……まぁやんちゃ盛りのガキ共が多いウチだと現物がナマで生えているってのは有難い事ではあるね。薬問屋で仕入れなくて良いし……奴らが見つけた所で商売ができる程の量じゃ無けりゃ何か言って来る事もないだろうさね」


 それなりの面積がある自前の薬草園を街外れに囲って必死に材料を集めている問屋を他所にこんな猫の額ほどの中庭に安っぽい鉢に植えられている薬草を見れば、何かの冗談なのかと思わなくもないが、薬草集めが厳しくなって引退を決めた彼女には少量でも有難い事に違いは無いので色々と喉まで出かかった言葉を飲み込む事にした。


 念のために言うが、普通の街家に薬草に使えるハーブが植わっている事など無い。濾過器と言いこの鉢植えといい、早々人目に晒せられなくなった自宅の中庭を、遠い目をして眺めるテオドラ婆さんであった。




 

 そんな心温まる(?)やり取りがあったのだが、クリンは精力的に動き回る。露店を開いては売上の殆どを鉄材となる屑鉄を買いあさる事に使い、森に戻ってはヤットコ作りで大分消費した野焼きの炭の作り足しを行い、制作予定の道具の為の材料集めの余念がない。


 当初直ぐにでも斧の作成に入る予定だったのだが、割とヤットコ作りの際にコテ棒まで手を出したせいかストックに余裕が無く、ギリギリの量になりそうだったので買い足しと炭の増産の方を優先させた。


 そして、もう一つ予定外に捗ってしまった作業に目度を付ける必要もあった。それは、最初にこの場所に来た時に見つけていた、かつて使われていたであろう水路、その跡の掘り起こしだ。


 都合よくいい粘土になりそうな土が溜まっていたので、掘り返して粘土としてストックして行く内に、調子に乗って暇を見つけては粘度を掘り返し気が付けば粘土は壺に入れられ土壁小屋の後ろに山と積まれ、水路は川の直前まで掘り返されていた。


「うぅん、ちょっと景気よく掘り返し過ぎたかな……粘土は溜めておいても腐らないからってんで暇があれば集めていたけれど……このまま水路を開通させてもいいけれど……今の所特に水路が必要無いんだよなぁ」


 水路が有ればそれはそれで楽になるが、クリンの体力で川まで水路を掘り起こせている様に川まではそこまで遠くない。


 百五十メートル程、あっても二百メートルは切る位の距離だ。普段の飲み水や鍛冶に使う水はココから汲んで壺に溜めておき、飲み水の分を毎朝濾過器で濾過している。


 水路が開通すればこの水汲みが多少楽になるだろうが切実でもない。井戸が掘られていたらしい痕跡も見つけているが、同じ理由で特に掘り起こしても居ない。


「そうだねぇ……鉄材もそこそこ溜まったし、そろそろ本格的にこの場所の整備を始めてもいい頃合かもね」


 水路はクリンの小屋の近くの部分から川目掛けて掘り進んで言っているが、実は反対側にも伸びている。その先には妙に土の柔らかい場所が規則正しい形で幾つか並んでおり、恐らく元はそこに繋がる水路だったのだろう。


「多分、アソコが畑だったんだろうね。その先には溜池っぽい窪んだ跡地もあったし。開墾されている範囲から村の規模は無いだろうけど、二、三戸程の家が纏まって生活していたかんじかな」


 それがこの森に二ケ月半ほど住み着いたクリンが感じだ所だ。設備の充実ぶりから一人が隠れ住んでいたと言う事は無いだろう。四世帯五世帯が暮らすには少々手狭だが、二世帯から三世帯が集まって暮らしていたのだろう。


 建物自体は何一つ残っていなかったのは、恐らくこの場所に暮らしていた中心人物が亡くなったか何かして、放棄した際に燃やして行ったのだろう。


 粘土以外の土を採る為に何カ所か地面を掘り起こしたが、浅い所で黒く炭化した層が見えたので恐らく燃やされた建物が炭となってそのまま堆積したのだと思えた。


「こんな所に隠れる様に住んでいたなんて、どんな人達だったんだろうね。何となくロマンがあるけど……まぁ文献とか残って無さそうだし気にするだけ時間の無駄かな」


 一応、気になってそれとなくブロランスの街でそれとなく聞き込んでみたが、テオドラは元より野菜売りのオヤジや他の露天商も誰一人知る者は居なかった。


 元々街から結構離れた森であり、存在を知っている者が少ない上に恐らく百年単位で昔の事となれば尚更調べようがなかった。


 解らない事を何時までも考えていてもしょうがない。そう考えるのがクリンと言う少年の性だ。過去に生きた人物の生よりも今を生きる自分の生の方が遥かに重要だ。


「どこのどなた様か知らないけれども、跡地は有難く利用させていただきますよ」


 人里離れ殆ど利用されていない森の、更に奥地の隠れ家の様な場所では所有権を主張するような人物も居まい。有難く本格利用する事を心に決めるのだった。


「となると、斧だけじゃなく鍬や鋤も作らないとね。折角だから畑も使える様にしたいし……何よりも、折角こんな広い空き地があるのに何時までもあの小屋で過ごすのもね。冬場には流石にコレだと心もとないし。新しく建てちゃうかな、うん」


 と、己が拠点としている切り開かれた場所を見渡す。半径二百メートル程度の広さだが、一人で暮らすには十分すぎる程に広い。


 そして都合のいい事に元々家が建っていたらしい場所は綺麗に均されて——草が生え放題でそれを抜けばボコボコになりそうだが——おり、本格的に住居を建てるのにおあつらえ向きであった。


「と言うか、コレで溜池の方まで掘り返して行ったら更に粘土が集まるからね。家でも作って大量消費しないと流石にヤバい事になりそう……」


 小屋の壁に山と積まれた粘土入りの壷を見やりながらクリンはトホホと肩を落としたのだった。





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ようやく生活が安定し道具が作れる様になったので、本格的な開拓に向かう模様。

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