第163話 ミゾグチと言う魔窟の寵児。
すみません、少し遅れましたm(__)m
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鍛冶において温度の管理と言うのは大事である。前世の現代鍛冶なら電動の送風機で常に一定の安定した風を送り込み、短時間で必要温度に高めてそれを維持しやすいが、中世初期の文明程度しかない異世界で、しかも少年の場合は個人的な理由で更に原始時代的な設備で鍛冶を行うとなれば中々に大変だ。
森に落ちている材料で和式鞴辺りの一応文明的な物も作れてはいるが結局動力は人力だ。粘土で作ったブロアーもどきよりは効率がいいね、位できちんとした材料で作られ設計も練られた本物に比べたらやはり効率は劣り、炎を安定させるのも一苦労がある。
従って炉の前にいる時間が長くなる。壁が無い鍛冶場とは言え夏も近い時期となれば矢張り鬼の様に暑い。
「ま、前世でも鍛冶場にクーラーがある所の方が少ないと聞くし、場所によっては防護服とか着て作業するから、熱いのは同じなんだろうけれども……」
汗だくになり水分補給を兼ねた一息を入れながらクリンがボヤキを入れる。確かにクーラーとかがない事は多いが代りに扇風機はあるし、何よりも今なら空冷装置付き作業着がある。
服にファンを取り付け、外気を吸引し服の中に空気を送る事で体感温度を下げる物で、特に冷却機能がある訳では無いのだが服の内部に籠った熱を外に逃がすので体感的にかなり涼しく感じる。
モーターとバッテリーが有れば何でも作りたくなるミゾグチも当然これには手を出しており、現場作業をされる方々から愛用されている。
因みに、何故かやはり工具用バッテリーで動く。工具との併用が効くし工具があるのなら充電器も当然設備としてある筈なので充電が容易なのは良いのだが、その分重くてデカい工具用バッテリーを身に着けなければいけないのでその辺は不満が出ている。出ているのだがミゾグチは頑なに換える気は無い様子である。
流石変態企業、謎の拘りだ。
異世界で原始的な設備で鍛冶をするクリンには当然その様な便利な物は望めない。が、代りになる様な事は「出来る」様になっている。
「散水(ミスト)あーんど、起風(ブリーズ)発動! 自前ミスト扇風機ぃ~。 はぁ、コレはコレで気持ちいぃぃぃぃっ! まぁでも炉の前で使うとあっという間に水が蒸発して熱風が来るだけだから一旦離れないと意味が無いのが使い勝手悪いねぇ」
早速オリジナルの使い方をしているクリンである。この世界では初歩魔法を組み合わせて使うような物好きは殆どおらず、テオドラがコレを見たら眼を剥いていた事であろう。
クリンの強みはこの応用力にあるのかもしれない。使えないと言いつつも便利に魔法を使いこなし中である。
だが使える魔力量もそこまで多く無いので、鍛冶にオーラコートの筋力増強を使う事が大前提の少年にはそんなに頻繁に使える者でも無いのも事実だ。こうやってどうしても我慢できない時に使うのが関の山なのだろう。
そんな事をしながら火の管理をしつつ鉄を熱する事数時間。クリンの動きがやや激しくなる。水で濡らした火掻き棒代わりの枝を炉に突っ込み炭の位置を調整し、和式鞴を細かく何度も操作して風を送ったかと思えばピタリと止めてじっと炎の様子を見る。
この行動が出て来ると、積み沸かしの作業も大詰めの合図だ。現実の鍛冶の作業ではこの様な鞴の使い方を「太鼓叩き吹き」或いは単に「太鼓吹き」とも呼ばれる。
何でもこの短く鞴を操作する時の音が太鼓を叩いている様な音だとかでそう呼ばれている。細かく風を送り火加減を調節する為の技法で鉄が適正温度に上る為の微調整作業だ。
「解っていたけれども腕に来るなっ! ……やっぱり銅板とは言わないけれども鉄板も敷いていない鞴だと操作が重いねぇ! やり難い……起風(ブリーズ)の風力がもう少し出せる様になっていたら楽だったんだけれどもねっ!」
腕では鞴の送風棒を細かく動かし、顔はじっと炉の中の炭の様子を見続けながら、どうしても恨み節が出てしまうクリン。
ただ、正直もう細かい事を気にしている余裕はない。まともな火掻き棒も無ければコテ棒すら用意出来ない現状では鉄の具合を知るのには光と音だけが頼りだ。
積み沸かしをして鍛接する適温に上がると、炎の色が変わり鉄がパチパチと弾け音がして来る。その火の色の移り変わりと弾けた時のを見逃さない、聞き逃さない為に神経を集中している。
「HTWの鍛冶の再現率は異常だよね。マスターモードで完全作業の場合は実際の色合いとか音とかをちゃんとサンプリングして使っているって話だし。実際にゲーム内での記憶とほぼ変わらない……とは言え、現実での積み沸かしは初めてだから流石に判断が迷う所でもあるんだよねぇっ!」
転生しているとはいえ、たかだか六歳の子供が一端の鍛冶師の真似事が出来ているのは、間違いなくHTWと言うゲームの執念とも言える程の再現性の高さにある。ゲーム内作業時間の加速と言う荒業を使い、ゲーム上ではたかだか二年と少ししかプレイしていない人間を、ゲーム内修練で熟練職人並みの技量を身に着けさせ、それを異世界ではあるが現実の鍛冶作業を熟せるまでに育て上げている。
MZSの技術者、いやその上のミゾグチ・コーポレーションがこの事を知ったら恐らく狂喜乱舞しているだろう。
彼らがあのゲームで目指していたのは間違いなく今のこの光景であり、クリンは彼等の思いと技術の集大成とも言えるべき存在になっていると言える。
そんな正しくミゾグチの申し子であるクリンは、目と耳だけによる確認に自信が持てない場合の、取り敢えずの対処法までやってのけて見せる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……はいっ……! はいはいっ!!」
気合を込めて、一気に炭の中に木の枝を突っ込み鉄を探り当て、ガッ! と一気に手前に引っ張り出して鉄の色を確認すると一瞬で炭の中に押し戻し上から燃える炭を被せる。
「秘儀、瞬間目視っ! って、そんな技無いけれどもっ! 現実の経験が浅い以上はこう言う技も使わないとダメなんだよねぇっ!」
休まず鞴を細かく操作し火力を調整するクリンである。コテ棒が付いているのならもっと楽なのだが、余分な鉄材が無い以上はこう言う荒っぽい技を使うしかない。
簡単そうにやっている様に見えるが、まだ鍛着していないので乱暴に扱ったら途中で崩れてしまう恐れもあるので、何気に細心の注意を払って行っている。
それから少しの間鞴の太鼓吹きをしていたクリンだが、ようやく仮付け止め、或いは仮止め打ちと呼ばれる、金属板を積んであるだけの金属を叩いてくっ付けるのと、適温にまで上がっているのかを実際に確かめるための鍛錬に入る。因みに金床代わりの作業用の石は交換済みである。
バチバチと火花を上げる鉄の塊を、木の枝二本で器用に挟み石の上に乗せる。当然枝は燃えるが気にしない。直ぐに水を入れた壷に突っ込み火を消してなるべく燃え移るのが遅くなるように気を付けながら鉄の位置調整を行う。
作業台用石の上には麦藁で作った灰が敷いてある。本当は置く前に付けるのだが、コテ棒がないので先に強いておいてその上に乗せるしかない。そして上からも藁灰を掛けると自作のハンマーでコツコツと叩いて行く。
子供なので筋力が弱いのでそれなりに力が入っているが、全力で叩くような事はしない。先ずは鉄が軽くくっ付く様にしてやるのが先だ。強く叩いてしまえばそこで崩れてしまう。割と力加減が難しい作業で、現代だとスプリングハンマーがあるのでもう少し楽である。
十分鉄がくっ付いたとみたクリンは再び藁灰を鉄にかけて灰まみれにすると、再び木の枝で挟んで炉に鉄を放り込む。
それを合計四回。入れた積み沸かしの鉄の数だけ行うと、再び太鼓吹きを行い一気に炉の火力を上げて鉄の再加熱をするのだった。
それを数回繰り返し鉄がくっ付いたと見たクリンはようやく力を入れて叩き始める。本来は向こう槌と呼ばれる力のある鍛冶師が大槌で叩いて行くか、スプリングハンマーを使用して叩いていくのだが、そのどちらも無いクリンは今回もオーラコート《筋力増強》を使用し叩いて行く。
「ハッハッハッ! コレが無かったら鍛造は諦めていたかもねっ! 頑張って鋳造炉を作っていたかもしれないなっ!」
その場合は、鉄が熔解する温度まで温度を上げるのに現状の設備では恐らく三日とか四日とか掛かる筈だから、一人ではできればやりたくはない。
やるならもう少し設備が整ってからか人を雇わないと無理だ。そして人を雇うのはしたくない。この森に人を招き入れるのは何となく今は止めた方が良いと思うからだ。
そうして叩いては鉄を炉に戻し叩いては炉に戻しを数回繰り返した後、次の工程に入る。本沸かしと呼ばれる作業で、本格的な鉄の鍛錬に入る作業である。
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鍛冶作業を言語化するのに手こずり、何度も表現変えたり文体変えたりしていたので、投稿が遅れました……
凝り性なのでどうしても気に入らないと治したくなるタチなので……
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