第162話 臨機応変は大事です。人、それを行き当たりばったりとも言いますが……
割と知られて居る様で知られていないお話。ちょっと説明が多いので少し短めになっております。
======================================
水減しが終われば後は冷めるまで待つだけである。とは言え焼けた鉄がそう簡単に冷める訳も無く、その日は作業を終わらせ片付けをした後は森で薪やら倒木やらの材料を集めて一日を終える。
翌日。当たり前だがクリンは盛大に筋肉痛になりベッドの上で悶絶している。
「ぬほほほぅ! 久々に来たぁっ!わ、脇腹が吊るぅっ……何で内股までっ!? 痛っっつぅっ! ま、前の村の時よりも酷いね、これっ!? スキルまで使った影響かな……」
まだ体が出来上がっていない六歳児が筋力強化系のスキルを使った挙句に速度増加系スキルを重ね掛けしたのである。筋肉痛にならない訳が無い。寧ろそれで済んで良かったねと言うレベルである。
これ以前も無理をして盛大に筋肉痛やら火傷やらを引き起こしていたが、全く懲りない少年である。
懲りない少年だが備えが無い訳では無い。テオドラの元でこちらの世界の薬草を学び、HTWのレシピと対応させて来たのは、この様な時の備えでもある。
無理矢理ベッドから起き上がり這うようにして手製の素焼きの壷の下へ向かい、ヒィヒィ言いながら蓋を開ける。中に入っているのは薬草のペースト……炎症止め用の薬だ。
抗消炎効果のある薬草をすり潰して合わせた、打撲や筋肉痛に効果のある薬は制作済みである。コレを手製の布に塗って湿布の様に張れば筋肉痛も大分楽になる。
「ふぅ……こう言う物のレシピもあるのがHTWの有難い所だよね。確かこの薬の原型は、現実の江戸時代の町の剣術道場とかで各流派に家伝として使われていた物を参考にしたとかだっけ? MZSの開発者ってこういう所凝り性だよねぇ。どうやってそんなのの作り方を調べ上げたのか謎だね。そして効果があると言う事は実際に確かめたって事なんだよね。じゃなきゃフレーバーアイテムでも出して来る訳が無いよね、あの会社……」
ハッカが入っていないのに何故か少しスッとする湿布に、ほっと一息を吐きながらクリンは独り思う。時代小説だの時代劇だのにはこの手の薬は「お話」としては出て来るが、まさか実物を再現してくるとは流石変態企業と言った所か。
お陰でクリンの筋肉痛は僅か半日で大分収まり、早速午後から鍛冶作業の再開に突入する。一日位休めよと思うかも知れないが、壁の無い鍛冶場では雨が怖い。晴れている間に済ませられるだけ済ませておきたい。何よりもヤットコが無い不便さが身に染みている。
改めて、昨日
「……うん、中々いい
こう言うのを手前味噌と言うが、クリン一人しかいないこの場では誰も褒めてくれないので自分で自分を褒めるしかない。ストレートに自慢しない辺りが自制心か。
水減しで五ミリ前後の厚さに延ばされた鉄は、この後
この時、不純物が少なく良質な部分は槌で割る時に綺麗に簡単に割れる。だが不純物の多い部分は粘度が高く粘ってしまい、割れずに何度も叩いても折れ曲がるだけで中々割れない。また綺麗に割れても不純物が入っていると断面の色も悪い。
通常はそうやって小さく割った後、綺麗に割れて断面の色も綺麗な物だけを集めて使用する。ただ、コレは鍛冶師の属する流派や個人の好みで多少変わる。
質の良い部分だけを集めても、必ずしも質のいい鉄になるとは限らない。多少不純物が混じっている方が鉄の「性質」的には良かったりする事もある。
後、純粋にそれをしてしまうと使える部位が恐ろしく少なくなってしまい、必要な量の鉄が取れなくなったりする事もある。
従って現実の鍛冶師は水減しを一度だけでなく何度も行い、予め幾つも材料を作って貯めておき、質もより分けておいてその時に使う金属の質に合わせてなるべく近い質の物を組み合わせて使う事が多い。
尚、この時に出る質の悪い部分の鉄は、水減しの際に出る剥がれた金属カスと共に古鉄卸の材料行きである。割と無駄が無いように使うのも鍛冶師と言う物だ。
ただ、コレは通常の玉鋼を使う場合の話である。
古鉄卸の卸金の場合は、元がこの鍛錬を超えて鉄として使われて来た物である。不純物が元から少ない。加えてクリンが今回使ったクズ鉄は、鉄鉱石から取られた鉄である。
前世の西洋圏でも同じなのだが、砂鉄からでは無く鉄鉱石から取れる鉄は不純物が比較的少ない。和鉄に比べれば、の話だが。
従って日本の玉鋼の様にガンガン叩いて錬成する必要が殆ど無く、鋳溶かして使う方法が主流になっている。それでも良質な鉄にするにはある程度の錬成は必要である。
その鉄が元になっているので、小割りを行うのも和鉄に比べれば簡単に割れる。内部に不純物が溜まっている率が少ない為だ。
なので、通常は数センチサイズに割った質の良い物をパズルの様に組み上げて固める、積み沸かしと言うのがあるのだが、古鉄卸の場合は細かく割って不純物がある部分を見極める必要が余りない為に、かなり粗く割るだけで済ませられる。
そして、金属片を積む際にコテ台(コテ皿とも)と呼ばれる質のいい鉄で作った鉄板とそれに持ち手となる鉄棒(コテ棒と呼ばれる)を付けた物に乗せて行くのだが、クリンはそれを行わない。
「今回作るのは刀とかじゃなくてただのヤットコだもんね。多少雑でも構わないのが有難い。何れ本格的な刀剣類を作る為の練習と考えればやりがいもあるって物だね」
と言う訳である。クリンの手の平サイズに割った物を軽く上に乗せて重ねるだけで積みの作業も終了してしまう。
刀を打つ気であるのなら、ココで和紙に包み、上から泥の上澄み液をかけてくっ付けやすくするのだが、今回はヤットコを作る為のただの鉄棒を作る為だけなので、もっと大雑把だ。荒く割った水減しした金属板を重ねる際に、軽く砂鉄とカタツムリの殻を粉にした物を掛けておく。
コレは圧着剤になる。そうやって重ねた鉄板を何時もの大き目の葉で包んでやって蔓草の紐で中に入れるまで崩れない様にグルグル巻きにして、それを合計四つほど作る。
「いやぁ……現実の鍛冶師に見られたらぶん殴られそうな暴挙だねぇ。思わず笑っちゃいそうだよ。だがセオリー通りに出来るのは恵まれた奴だけだっ! 今の僕には許されない贅沢って物さっ! 行き当たりばったり、でっち上げ上等ってね!!」
レンガ炉に炭を入れその上に歯で包んだ鉄を置きその上から更に炭を被せて火を熾す。
「着火(イグニッション)!!」
今回は忘れずに魔法で火を点ける。やはり幾ら手熾しが早くできるとは言え魔法には敵わない。秒で炊き付けに火が付く。
後はこの火が炭全体に回る様に和式鞴で風を送り、十分鉄が熱せられるのを待つばかりである。
======================================
伸ばしの作業まで書いてしまうと平気で七千文字超えそうだったので短いですがここで切らせてもらいました。
……ていうか、こんな詳しく書く必要あるのか……と思わなくもないのですが……
書きたいんだもん仕方ないじゃないか(笑)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます