第159話 魔法は便利なのか、それともHTWが便利なのか。


皆様のお心遣いのお陰で大分通常のモチベに戻りました(笑)

そしてお陰様で異世界ファンタジーの週間ランキングは79位まで上がりましたっ!

アリガタヤアリガタヤ(*´Д`)



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 古鉄卸ふるがねおろし。それは通常、日本で鉄を作る際は砂鉄を溶かして玉鋼を作り、それを素材に刀だの包丁だのの鉄製品を作って行く。


 それが本来の鉄の材料なのだが、その方法以外にも玉鋼を作る工程で不純物を多く含んだノロと言う物や出来た玉鋼の中から質の悪い部分、鍛造の際に剥がれ落ちる鉄片などを集めたり、主に百年以上経っているような古い鉄材等を集めて鋳溶かして作る再生鉄。その工法とそうして作られる鉄材の総称だ。


 江戸の昔、有名な鍛冶師で虎徹の銘を切る刀鍛冶が居た。名を長曽祢ながそね興里おきさとと言う。有名の割には謎の多い人物で、五十歳で突然刀鍛冶に転身した変わり者でもある。


 その男が打つ刀は名刀が多く、贋作も多いとされている。この初代虎徹である長曽祢興里が好み、得意だったとされる技法が古鉄卸である。初期の銘は古鉄と切っていた程であり、後に虎徹と銘を切る様になっても虎徹の古鉄造りの刀は有名であったと言う。


「良いよねぇ虎徹。たった二十年しか刀を打っていないのにあんなのを打てるんだもん、やっぱり憧れるよねぇ。まぁ刀鍛冶の前に甲冑師していたと言うけど、それが何でいきなり刀に走ったのかも謎の多い部分の一つなんだよねぇ」


 鍛冶マニアであるクリンは当然知っているビッグネームであり、それどころか心の師と仰ぐほどに虎徹好きである。


 彼に習う訳では無いが、彼がこの技術を得意としていた事を知っていたからこそ、クリンは屑鉄を集めて材料にする事を思いついた訳でもあった。


 その虎徹が得意とした古鉄卸は技法としてはそんなに難しい物ではない。方法は幾つかあるが煙突状に組み上げた炉に炭を積み上げ、上に材料となるノロや古鉄を入れて更に炭を被せてから下に火を点けて後はひたすら溶けるまで加熱するだけである。


 現代なら数時間もあれば十分とかせるが、炭しかない現状では丸一日、下手したら二日は加熱し続ける必要がある。温度管理と材料となる屑鉄の炭素含有量を計算して加熱する必要が在る事を除けば、砂鉄から玉鋼を作るよりは制御がしやすいとされている。


 その代わりに温度管理を間違うと旨く溶け合わずに結局質の悪い鉄が出来るだけである。


「まぁ、だからこそコレが得意って言う時点で、相当な凝り性で頑固者って事なんだよねぇ。沢山弟子を抱えていたタイプでも無いから、ほぼ一人でやっていたッぽいんだよね初代虎徹。江戸時代の人にできたのだから今の僕に出来ない道理はないっ!」


 炭の質は断然劣るが、それ以外の条件はほぼ同じ筈。クリンはそう思い、作り溜めたレンガを積んで粘土で目地を埋め縦長の炉を組み上げる。高さは一メートル無い位である。


 底の方には鞴の風を送る為の粘土で作ったパイプが埋め込まれている。その隙間も粘土でキッチリと塞いでおく。


 後は炭をギッチリと敷き詰め、レンガ炉のギリギリの高さまで積むと集めた鉄材を葉っぱに乗せ、結着剤代わりの砂鉄を振りかけ、炭素含有量調節用のカタツムリの殻の粉末を掛け、葉っぱでクルリと包む。


「本当は和紙が良いらしいんだけどね。そんなもんある訳ゃネエ僕の場合はこう言う物で代用するしかないんだよね。まぁ高温でどうせ灰になる訳だしそこまで必須と言う事でも無いでしょう。生の葉っぱだから水でぬらす必要が無いのが有難いねっ!」


 この辺は流儀が分かれる所だが、少年は和紙で包む方式を採用しその代用で葉を使ったに過ぎない。最初に積んだ時にばらけなければそれで良いだけなので、そこまで重要な要素ではない筈。そう思い葉で包んだ屑鉄の上に墨を乗せて蓋をする。


 そこまで用意が出来たら後は火をつけるだけだ。クリンは予め用意していた焚き付けに「何時も通り」に乾燥した枝を擦り付けて出て来る粉で火を熾し、細長い枝に火を移してから、レンガ炉の底部にワザと隙間を開けておいた場所にその燃えている枝を突き刺し、先ずは一番下に詰めておいた枯草や負った枝などに火を点け、炭に燃え移るまで様子をじっと見守る。ある程度燃え移ったと見たクリンは用意しておいた小石を穴に突っ込んで塞ぎ、隙間を粘土で埋めて密封する。


 そして鞴を操作して風を送ると、底の方から炎が立ち上りやがて上の方の炭まで赤々と燃えて来る。そこまで来てクリンはようやくホッと一息をつく。が……


「あっ!? し、しまったっ! つい何時もの癖で手熾しで火を点けてしまった!? 折角ばぁちゃんから魔法習ったのに、何やってんだ僕はっ!?」


 悲しいかな、前世でも魔法使いにはなれなかった少年は、生まれ変わっても魔法が使えない期間が長く自力で火を熾せてしまっている為、折角魔法で簡単に火を熾せる様になってからも、そのまま手熾しで火を点けていたのだった。


 そう、テオドラから「全くこんなに教え甲斐も無くアッサリ覚えた奴は初めてだ!」というお褒め(?)の言葉を頂く程に、既に初歩魔法が使えるにも関わらず「今の今まで」ほぼ魔法を使わず、炊事や明かり用の焚火も全て手熾しで火を熾していた。既に一分もあればすぐに火が付けられる位熟練してしまっているので不便を感じていなかったのだ。


「おおおおお、そうだよ、最初の火起こしの時も起風(ブリーズ)を使えばもっと楽だったじゃん! 流石に鞴みたいに長時間風送れないけれどもっ! 最初なら十分だった筈! ああ、折角の魔法を使う機会が、考えてみれば全然使って無いじゃんかぁぁぁぁぁ!」


 あれだけ魔法を使うのを楽しみにしていたのに結果はコレである。割と猪突猛進の気質のある少年だったりした。

 まぁ、実の所初歩魔法で出来る事はほぼクリンは自力で出来るか出来る道具を作っているので、無理に魔法を使おうとしなければ出番が無かったりするのだが。





 そんな、転生少年の心に軽いダメージを負わせる様な出来事が有ったりしたが、気を取りなおして作業を続ける。炭が減ってきたら足し、火力が落ちてきたら鞴を操作して火力を上げる。火が強くなりすぎたと感じたら炭を掬い出すか軽く水を掛ける。


「うん、こういう時に散水(ミスト)の魔法が役に立つ! ……事は無いね。お湿りにもならなんじゃん、こんなの」


 散水(ミスト)の魔法は大気中の水分を集めて水を取り出す魔法だが、ミストの名前通りに霧の様な細かい水が出せるだけである。鉄を溶かす為の高温の前には何ほどの役にも立たない。薄い布を濡らしたり手を湿らせて軽く洗える、その程度の魔法だ。


 結局壺に水を汲み、手を突っ込んで濡れた手でピャッピャと雫を掛ける方が余程早いし温度調節になる。


「所詮は初歩。こんな物かぁ……僕には使い所無さすぎだよね」


 何せ大体の物は自分で作れてしまう。水だって今は浄水器で綺麗な水を作れてしまう。別に魔法が使えなくても実は何も困らないのだった。


「ああ、でも使わないとスキルが発現しないから、役に立たないと分かっていても使い続けるしかないのか……」


 この辺がHTWと同じくである為、一足飛びに便利な魔法が使えないのが不便である。


「ま、初歩魔法を抜け出せば便利な魔法の方が多いし、頑張って使いますか」


 少なくとも散水の魔法と起風の魔法は今使い道がある。クリンはそこに思いつき早速実践してみる。


 それは、炉の前で鞴を操作して高熱にさらされ汗だくになっているクリンの顔に、散水の魔法で霧を吹きかけて汗や煤を洗い流し、起風で濡れた肌に風を吹き付ける事で自分の熱を冷ます事が出来る。


「うん、自力のミスト扇風機だね。ちょっと弱いけれども。まぁこれなら全く使えないって事もないね。これなら長時間炉の前にい続けてもそれなりに快適だね」


 あくまでもでしかないのが少し悲しかったが。加えてまだ魔法覚えたてで魔力量も殆ど増えていないので、そう何度も使える物ではない。所詮は数回、数分だけの限定的なの快適さでしか無かった。





 こうして新たに魔法も駆使しつつ火力の調整を行い炉を燃やし続ける事丸一日。完全な徹夜では無く何度か三十分程度の仮眠を挟みながらの作業だったが、ようやく十分に鉄が溶けて混ざり合ったと見えクリンは送風を止め自然に火が消えるのを待つ。


 現代設備が無いのでここでいきなり冷却したり、焼けた鉄を取り出す事は出来ない。それをしてしまうと品質に関わる事もある。


 ただココまで来ればようやくできる事がある。


「冷めるまで僕は寝るっ! 六歳でほぼ徹夜とか幼児虐待だぁっ!」


 と叫び小屋に駆け込んでそのままベッドにダイブして寝てしまった。自ら望んで作業していた上に一人作業なので虐待も何も無いのだが、やはり絶賛成長期真っ盛りの六歳児には寝不足は相当堪えた様子である。





 クリンが手製ベッドで夢の世界に旅立ってから暫く後。小屋の外に何やら小さい影が蠢き、少年の鍛冶場の辺りをウロウロと彷徨っていたのだが


 ——夢の世界の住人になっていた少年は気が付く事が出来なかった——





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古鉄卸しの話を書くならやはり虎徹は避けて通れないんですよねぇ(笑)

まぁこんな事に興味がある人がどれだけいるかは謎なんですが。

ただ屑鉄を鉄に再生するだけで丸一話使う物好きはワシ位ではないだろうか……

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