第160話 鰯の頭も信心から。



 前話の影の事は気にしてはいけない。




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「ファッ!? 寝過ごしたぁっ!?」


 奇声を上げてクリンが飛び起きたのは日が大分傾いた頃。前日の夜から何も食べていなかった自分の腹が猛抗議を上げ、その音に驚いて目を覚ました所だ。


「ああ……二、三時間程度で起きるつもりだったのにガッツリと寝ちゃったよ……やはり宵っ張りの作業は体に堪えるなぁ……僕ももう歳なのかなぁ……」


 六歳児が何やら寝言をほざいているが、単にお子様ボディなので成長には睡眠が必要なために体が強制休眠させただけであろう。


 起き抜けで少し頭がボーっとしているのか、しきりに頭を振りながら手製ベッドから降りる。急造の家なので地面は土剝き出しなので直ぐに手編みのサンダルを履く。


 皮ブーツは何だかんだで面倒なので家に居る時はこのサンダルである事が多い。そのサンダルを履いて水を貯めた壷の所に行き手製の柄杓で掬って、行儀が悪いがそのまま水を一息に飲む。コレが出来るのも天然濾過装置を作ったお陰である。


「ふぅ……」


 文字通り一息ついたクリンは空腹ではある物の、やはり丸一日かけて作った卸金がどうしても気になる。寝起きで上手く働かない頭を軽く叩きつつ外の掘っ立て鍛冶場に向かう。


 流石にレンガ炉の炭は全て燃えており、熱も殆ど失われている。そしてレンガ炉の一部が解体され、灰の中から取り出され炉の前に卸金おろしがね(一般的には砂鉄以外の鉄で作った固まりの総称。古鉄卸はその中で特に屑鉄や古鉄ふるがねを用いる事を指す。従って完成品は等しく卸金と呼ばれる)が鎮座しているのを目の当たりにする。


「お……おお……おおおおおっ! ちゃんと出来ている! ちゃんと一塊になっているっ! いや、出来るつもりでやったんだけれど……流石だぜ僕っ!!」


 ヒャッホイッ! と喜びながら卸金を両手で手に取り頭上に掲げて暫し奇妙な喜びのダンスを踊る。が、途中でふと気が付く。


「……あれっ? 僕、炉の解体なんてしたっけ?」


 思わず手の中の卸金と前面が解体された炉を何度も見比べてしまう。記憶にある限りは解体して取り出した覚えはない。だがここに出ていると言う事は自分で取り出したと言う事。自分以外に住人は居ないのでそれは当然だ。


「あっれぇ~……寝不足で頭がボケたのかなぁ? 若しくは寝ながらも作業したとか? それは幾らなんでも病気過ぎるだろう、僕……」


 確かにゲーム時代には意識が飛びながらも鍛冶作業をしていた事があったが、それはVRゲームの中(急用や通信遮断などで一時的に作業中断された際のオートモードがある)だから出来た話で、まさか寝ながらも作業をしてしまう程だとは流石に自覚が無い。


「いや、確かに作業を続けていた夢を見た様な気もするけれど……だからって無自覚に鍛冶作業の出来の確認をしちゃうのか……?」


 どうにも腑に落ちないのだが、現実的に炉が解体されて卸金が取り出されている以上、他に説明の付け様が無い。


 暫く頭を捻り考え続けていたが、結局は解らない物は解らないので「ま、いいか!」と何時もの如く特殊スキルを発揮して気にしない事にした。


 のだが、直ぐに再び首を傾げる事になる。何故なら——


「あれ……ココとココ……後ココも? これ、削られてない……? いや、熱で割れた……様にも見えるな……それか結着が弱くて弾けたか……?」


 手の中の塊をよくよく見ると、端の方の数か所が僅かに削られた様に見えた。外側は高温で焼かれていて酸化して赤くなっている部分とくすんだ灰色の部分がマダラになっているが、何カ所か中の鉄が見えて光って見える。


 現実世界で古鉄卸などしたのはコレが初めてであり、現物を見るのも初めてだが何となく不自然な感じもするし、自然な感じもしなくもない。


「……うん、屑鉄の中に不純物が多く混じっていて高温にした時にそれが流れ出して空洞が出来て、その空洞の空気が膨らんで隙間になって冷めた時に温度差で自然と弾けて欠ける事があるって言うし……それなのかなぁ? あ、よく見たら炉の底に破片が幾つか溜まっているわ……成程、これか」


 話には何度か聞いただけで実際に目にしたのは初めての事。そのせいで欠けた部分のの不自然さには気が付かず、取り敢えずそのまま納得してしまっていた。





 取り敢えず完成した卸金の灰を落とし(この時にようやく起風の魔法が役に立った)てから小屋に持ち帰り、セルヴァンを設置した神棚モドキに取り敢えず捧げる。


 前世でも製鉄所関連の施設では、初取れの鉄はこの様に一度神の前に捧げる習慣が今でも残っていたりする。


 HTWというゲームは工業関係の習慣に関しては偏執的と言える程にこの手の行動をゲーム内に採用しており、ヘビーユーザーだったクリンにもキッチリとこの行動が染みついてしまっている。


「掛けましくも畏き伊邪那岐の……ってだから世界違うんだった! ええと……この世界の祓え詞なんて知らねぇよ……まぁいいや。セルヴァン様、お陰様でこの世界で初めての卸金に成功しました。前世の古式に則りここに初金を卸させて頂きます。古き鉄を集めて卸したるこの鉄を御前へと奉じさせて頂きます。祓い清め古鉄の厄を除かれる事を畏み申しあげます」


 ゲームでの習慣で祓詞を唱えそうになり、この世界向けにかなり怪しい翻訳をかまして二礼二拍手一礼する。ガッツリと神道の作法だが他に知らないので「許してね」と心の中で付け加えながら卸金を奉納する。まぁ使うので後で下げるのだが。


「よし。取り敢えず今日はこのまま捧げておこう。それよりも先ずは飯、お腹減って死にそうだ!」


 バッと切り替える様に言うと、あっという間に外の竈にライ麦粥を作りにいってしまうのだった。飾られている木彫りのセルヴァン像がそこはかとなく物悲しそうに見えたのは多分気のせいだったのだろう。





 翌日。変な時間に寝たので夜に中々寝付けなかったが、今日から鍛冶作業に入るとあってやる気の方は満々である。


 何時も通りに日の出前に起きたクリンは早速準備に取り掛かる。少し思う所があり炉の改良から始める。と言っても難しい事は無い。


 コレまで使っていた平炉の回りに素焼きレンガで囲いを付けるだけだ。長方形にレンガを並べ、箱型に積んで粘土で目地を埋める。


 長方形の長い方の頭とお尻はレンガで塞がず、素通しになっているが、お尻の方に粘土を積んで煙が逃げる煙突を作る。コレはレンガ炉の尻の部分を半円形にし、その上にコップの形に近い円筒形に練った粘土を乗せて穴を開けておく。一応煙突には蓋が付けられる様にしてあり熱がこもる様になっている。


 粘土はまだ生乾きだが、これで炉で炭を燃やせば自然と焼かれてレンガになる。そうして出来上がった箱型の炉はタダの平炉よりは熱効率が良くなる。


「ただ、欠点は熱がこもるって事は炭を入れる火入れ口に立つ僕に、もろに熱が来るって事なんだけれどもねっ!」


 それでも壁が無く屋根しかない鍛冶場ではこう言う炉を作らないと効率が悪いので致し方がない事である。


 この炉を作るのに一時間程かかった。作業に入る前に先ずは炭を入れて火を熾し、暖気運転だ。このような炉は囲い炉とも呼び、新しく作った際は少しの間火を燃やしておいて火が漏れたりする隙間が無いか確認したり、塞ぎ漏らしが無いか確認する意味がある。加えてクリンの場合は粘土が焼けてレンガになるのを待つ目的もある。


 そうして空焚きしている間に鏨とハンマーを使って昨日作った卸金を荒く割る。炉で作った卸金は塊になっているがインゴットの様に強固な固まりでは無く、小さな塊が互いにくっ付いている様な状態になっている。


 そのままでは使い難いので、ハンマーや鏨を使って割る必要がある。その際にこの細かい固まり状になっていると割るのが楽になる。


 この割る作業を大割という。工業機械のある現在はこの大割は省かれ、一塊のまま加熱され機械で水減し(数センチから五ミリくらいの厚さに伸ばす事)の作業に入る事が多いのだが、工業機械が無いクリンでは大きいままではろくに水減しが出来ないので大割から始めるしかない。


 取り敢えず四つに割り、暖気が済むまでの間に朝食を済ませる。勿論何時も通りのライ麦粥である。何時も通りに「ウマウマ」と啜り、一通りの柔軟ストレッチを済ます頃。ようやく日が昇るのと同じ頃合に暖気が終わる。


 クリンの念願の作業、古鉄卸の卸金を使った鍛冶作業にいよいよ取り掛かる。





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 何時も通り、目的の物を作る……「為の道具を作る!」所から始めなくてはいけないクリン君はこのような感じで唐突に炉を改良したりします(笑)


うん、大割だけで終わっちゃったよ(笑) でも鍛冶作業まで書いたら多分7千文字とか行きそうなのでここで分割しておきます。




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