第150話 転生少年は商売の準備に余念がない様子です。




 編んだ肩帯は上を真ん中の横木に通して固定する。下の部分は下の横木に通して結ぶが、それだけだと肩紐の長さが調整出来ずにバランスが悪い。しかし、それは背中の横紐の間を通して丁度いい長さの位置で紐で絞れば十分調節可能である。


「こう言う所もよく考えられているよね。バンドとかで調節できる方がそりゃ楽だけど、無いなら無いなりに何とか出来る辺りが最高だよね」


 本当に、良くできていると作りながら思うクリンである。これで取り敢えず背負子としては機能するが、流石にコレで終わりだと少し使い勝手が悪い。


 縦木の、横木を差し込む為に空けた穴の少し下に更に直角になる様に穴を開け、即席背板にも付けていたL字になる様に角材を差し込み木楔を打ち込んで固定する。その後に補強も兼ねて縄で縛って強く固定してやる。コレは荷物の受けであると同時に脚としての役割も持つ。コレがある事で地面に置いた時に自立してくれるのだ。


 しっかりと固定したのでこのままでも良いのだが、長距離を背負う事と強度を出す事を考え、脚兼荷受けの部分に横木を差し込んで底板にすると同時に補強とする。


 底板を付ければ荷物の固定が楽になるし、万が一の場合は子供サイズの人間ならこの底板の部分に座る事も出来る。


 荷物が無ければ人を背負って運ぶ事も可能と言う事だ。


 後はこれに木皮の繊維で作った荷止め用の縄を用意すれば完成である。HTWで身に付けたロープワークがあれば、それで十分荷物の固定が出来る。


 ここまでは伝統的な日本式背負子のほぼ模倣であるが、ココからクリンのアレンジが入る。と言っても難しい事は無い。腰の部分に巻き付ける帯縄を編んで取り付けただけだ。


 これは現代のキャリーフレームにも追加されている部分で、腰の部分でも支えられる様にすると、体感的に重量を軽く感じられる為である。


 似た様な事はトーマスも動画内で石を運ぶ時に草で編んだネットを腰に巻き付けて運んでいる。それを利用しない手はないので今回追加で取り付けた。


 現代の物と違いしっかりと結び付けなければいけないので、脱着に少々手間がかかる様になったが、万が一の場合はナイフで切ればいいし、また何処にでもある木皮の繊維で作ってあるので替えを作るのも容易だ。


 なんなら予備の腰帯や肩帯を作って背負子に結び付けておいても良い。交換前提であるのなら現代の物と遜色が無い出来である。


 とても原始的な構造の背負子であるのだが、現在クリンが保有する中で一番上等な素材とトーマス動画の知識と、HTWの技術と前世日本の伝統技法の全てをつぎ込んだ、ある意味クリンの最高傑作である。


「って、カッコいい事言っているけれど、ぶっちゃけただの木製背負子なんだよねっ! ま、この世界の人間じゃ作り出せないだろうけれどもっ! 兎も角、コレでスーパーかっけー僕特製背負子のかんせー……じゃないや。折角だから仕上げもしちゃおうっ!」


 何時も通りにビシッとポーズを決めようとして、アッサリと取りやめたクリンは、完成したばかりの背負子を持って外に出ると、壷に溜めておいた木皮の煮汁を手桶で掬い上から掛けて行く。勿論使い捨てるのは勿体ないので壷の上で掛けているので掛けた煮汁はそのまま壺に落ちて戻って行く。


「折角ここまで手間暇技術掛けて作ったんだから長持ちしてもらわないとねっ! 野菜売りのオヤジは単に色付けしただけだと思っているみたいだけど、コレコーティング剤としても優秀なんだよね。防虫防腐にもなるし酸化防止にもなるからね。それに定期的に塗り重ねて行けば水も軽くはじく様になるしねっ!」


 こうして、本当に現状のクリンが作って来た物全てを総動員させて、原始的な構造の癖に無駄にハイスペックな背負子が異世界に爆誕したのであった。




 しっかりとした背負子が完成し、運搬面の問題が緩和されるとクリンは本格的に商品の作成に入る。先ずは注文を受けた分の木皿の作成。野菜売りのオヤジに頼まれた大サイズはまだ足りていないし、別の人物から大皿も追加で三枚注文が入っていた。それら予約分の作成を終わらせると、各サイズの木皿を作る。今回は注文分に時間が取られたので各サイズ十五枚ずつが良い所だった。


「うん、コレだけ木工しているのにまだスキルが生えている気はしないね。やはり本格的に加工をしだしたのが前の……なんとか村からだったから育ちが悪いのかな? にしては後から始めた鍛冶の方がスキル生えているけど……やはり適正みたいなのがあったのと、あの大量の修理が効いたのかな」


 木皿を量産しつつ、ふとクリンは思う。異世界物小説みたいにスキルが無いと何も作れない世界では無いのは本当に良かったと思う。ただ、同時にスキルさえあれば一瞬で物が作れたりするのだけは羨ましいとも思う。


「……いや、やっぱり無いな。良いなぁとは思うけれども、やっぱり自分の手で作ってこそのクラフターだよ。この木を削る手応え、音、木屑の香り、薄く木を削れた時の快感、そのどれもがクラフターの楽しみって物だよ。この、年輪に沿って削る時の軽い削り口、逆らって削る時の重い手応え。それらを感じる事無く『スキル~何とか~』って言ったら自動で出来ちゃうとか逆に可愛そうだよねぇ、コレが味わえないんだから」


 ニタニタしながら鑿で木を削る六歳児。正直不気味以外の何物でもないが本人は実に楽しそうである。職人気質を拗らせるとこうなるらしい。

 

 ある種のフェチを発揮させている少年だが、木工品だけで勝負する気は無い。先にも書いたが食器など早々買い替える物では無いので需要は頭打ちである。


 そこで食器繋がりで陶器の皿も同時に作っている。実は水路の掘り起こしも継続していたので結構な量の粘土のストックが出来ていたのである。


 レンガとか瓦の予備とかも作ってはいるが、それでも小屋を圧迫する量が集まってしまっているので、少しでも消費したいと焼き物の皿を作る事にしたのだった。


 ロクロはまだ作れていないので今の所は角皿にする。コチラならスミツボがあるので直線を出しやすいし、加工具も粘土なら木でヘラも作れるので加工もしやすい。


 ちゃんとした焼き物だと窯が必要だが、美術工芸品を作る訳では無いのでレンガで簡単な窯を作りそれで焼けば日用としては十分である。


 それでも売り物にするのだから、と木灰を水で練った汁を角皿に塗り釉薬代わりにして朝から焼いている所である。時々炭を足せばいいので木工と併用できるのも良い。


 勿論この知識もトーマス動画から得た物だ。パンツさえはけば実に有益な情報の塊、それがサバイバル配信ニキである。


 HTWの工業製品とその技術の再現性は素晴らしいのだが、この様に原始的な物となるとどうしても軍配はトーマスに上がる。


 まぁ木炭の原料となる木材を厳選し灰に少しカタツムリ殻の粉末を混ぜて発色を良くさせているのはHTWから得た技法である。


 そして実はもう一つ平行して作っている物がある。まだ試作で商品になるのは少し先だが、コチラは改良版と言えなくも無いが、効果とその効きの高さからほぼ新作と言って良いかも知れない。何せ元になった物にこの匂いは無かったのだから……


 そう、クリンが今回作ろうとしているのは「改良型テオドラ特製下痢止め」、つまりは『なんちゃって正露丸』その試作品である。


 森でブナによく似た木を見つけていたので、その皮を時間があれば時々剥いで集めて乾燥させていたのだ。本来乾燥は冬が良いのだが取り敢えずは試作なので妥協している。


 乾燥したブナの皮を水で戻して水を変え、沸騰させて煮汁を取り出す。ブナには木クレオソートが含まれ皮にもそれが含まれている。その為前世日本だけでなく西洋圏でもかなり古くから消毒や腹痛の薬としてブナの皮を煮た物を飲んだり粉末にした物を飲んだりする民間療法がある。


 この民間療法の一つに、ブナや松の皮(これにも同じ成分があるとされている)を煮て、その煮汁を煮詰めた物を薬として飲む、というのがある。


 効果がある程に煮詰めた物はとても飲みにくく、他の薬草と一緒に練って丸薬にした物が正露丸の原型だと言われている。


 現在は抽出した物を蒸留して木クレオソートだけを取り出して作られているが、原初の物は木皮を煮詰めた液体の為非常に苦い。


 クリンも別の木皮の煮汁を発色剤や防虫防腐剤として利用している様に、木皮にはタンニンが含まれている。それを煮詰めているのだから当然苦い。そして木クレオソートも濃縮されているのでかなり臭い。物の本によれば原初の物は現在の正露丸の数倍匂ったとされている。


「うぅ……ん……こ、コレは確かに臭っさいなっ!! 外で煮詰めていて良かったよコレっ! 大正時代の正露丸は鼻摘ままないと飲めなかったとか聞いたけど、これなら頷けると言う物だよ……臭っっっっっっさっ!」


 煮詰めた汁の粗熱が取れるまで思わず森の中に逃げ込んだ位に強烈だ。気のせいか回りに虫が殆ど居なくなっている気がする。


 そのような事がありつつもテオドラの下痢止めの材料に冷めた煮汁を混ぜて練って行く。他にもテオドラのレシピには無かったカンゾウ(甘草)の根を粉末にした物を入れる。


 これも古くから整腸の薬として前世では広く使われており、この世界でも薬草として使われており、此方は問屋が薬師向けに在庫を持っていた。


 テオドラの紹介でその問屋からカンゾウの根の粉末を購入し、今回ブナの皮の煮詰め汁と一緒に混ぜて行く。


 流石にカンゾウはそうそう自生しておらず、また一般的に使われている薬なので探すよりも仕入れた方が早かったので今回は購入した。大量に必要では無い上にそこまで高い物では無かったので、銀貨一枚もあれば十分な量が買えた。


 そうして混ぜた丸薬は、まず大きな葉っぱで包み何重にも重ねて更に素焼きの壷の中に入れ、蓋をして更に粘土で蓋の回りを覆ってようやく匂いがしなくなった。


「……いや、壷に顔を近づければやはり仄かに香るな……」


 前世の正露丸を知っているクリンでも流石にこの匂いは強烈すぎた。仕方なくその壺を更に前の村で作って持って来てあった手製の布でグルグル巻きにして小屋の隅に置いておいた。流石に薬を外に置いておくわけには行かない為だ。


「これは早い所他の商品を仕上げてさっさとドーラばぁちゃんに売れるか確認して人体実……モニターをしてもらってから売ってしまおう」


 この匂いで売れるのか不安であるが、効果は前世で立証済みであるのでそこは心配が無い筈である。


 尚、数日後他の商品が完成し街に持ち込む際に、壷を包んでいた布は外して「ライ麦を入れておいた壷」の上に畳んで置いておいたのだが——それ以降ライ麦が目減りしたと感じる事が激減した。







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注意:本作は劇中に登場する制作物は全てある程度知識補完すれば再現可能である事をモットーに書いていますが、薬品及び爆発物などの危険物においてはその限りではありません。法律があるので実際に同じ事をしても薬効成分が出なかったりちゃんと作れなかったりしています。この辺の製法に関しては嘘が多くなっています。

まぁ実際にやろうとする物好きはいないとは思いますが、念のために。

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