第149話 迂闊な少年、先人の知恵の偉大さを痛感する。




 街から森の小屋に戻ったクリンは、何時もの様に隠した工具類を回収し森の中を軽く回って採集した後、これまた何時も通りに夕食のライ麦粥を作ろうとする。


「う~ん……やっぱり少し減っている……んじゃないかな、これ?」


 ライ麦を保管している壷を覗き込みながらクリンが呟く。見た目的には殆ど変わっていないのだが、何となく数グラム程度目減りしている様に見える。


 スケールも無しに木工細工で目見当だけでガタつきの無い木皿が作れる様な職人の目の持ち主がクリンだ。


 普通は気が付かないレベルの減りに気が付いても不思議は無い。


「……だとするとおかしいんだよな。普通は真っ先にアッチが無くなるよね」


 と、少し高い所に設置した棚を見上げる。そこには練習がてらに彫ったセルヴァン像が飾られておりその前には小さい素焼きの皿に生のライ麦と水が供えられている。


 こちらの方は全く減った様子が無い。何か小動物が潜り込んで来ているのなら真っ先に狙われている筈なので、そちらの線は消える。


「しかし、だとすると態々蓋をしてオモリまでついている方を態々食べる理由は無いし……うぅん……紅茶じゃないんだから『カップの為の一杯』な訳無いし……やっぱ気のせいなのかなぁ……」


 カップの為の一杯とは前世で紅茶を入れると注がなくてもお湯の量が減る事から呼ばれている現象だ。乾燥した茶葉が水分を吸うから目減りする訳で、ライ麦を入れただけの壷で目減りが出る訳が無い。


 では何故か、と考えても答えは出ない。結局は釈然としないながらも「気のせいかな」と自分を納得させるしかないクリンだった。




 翌日も朝から森を巡り素材を探し集める。途中でキジバトを見つけたので持って来ていた弓で狩る。が、矢を放った瞬間に飛んで逃げられてしまう。


「ぬぬぬ……流石に鳩とは言え鳥、勘が鋭い……まぁサーチアンドデストロイが必ず出来る訳でも無いのが狩りだから仕方ないか」


 外れた矢を回収しながら呟くクリン。今の所狩りはもっぱらこの弓頼みだ。罠を仕掛けて獲物を取る事も考えない訳では無かったのだが、実は罠を用いた狩りと言うのは中々面倒なのである。


 まず第一に、クリンはまだこの森の全容を知らないと言う点。今の所第三者を見かけていないが、この森はクリンの所有と言う訳では無いので誰か他の人が入り込まないとは限らない。前世の様な私有地と言う概念があるのなら罠を仕掛けるのもヤブサカでは無いが、所有権の無い森で、万が一他人が罠にかかってしまった場合はどうしても問題になる。


 そして、これに合わせて第二に、罠を仕掛けてしまうと「この森を常用的に利用している人間がいる」という痕跡を残してしまう事になる。採集だけならいくらでも誤魔化せるが、罠を配置してしそれを見つけられてしまったら、人間がいる痕跡その物でその罠を見張って居れば何れクリンが訪れる事は明白になってしまう。まだまだ自衛の面では不安のあるクリンにとってそれは面白くない事だ。


 そして第三に、この世界の動物が結構アグレッシブで単純な罠だとかかっても壊して逃げてしまう事と、第二の理由と同じく知能の高い魔物と言う物が存在する為、下手に知能の高い魔物に見つけられたら拠点を探されてしまう可能性が出てしまう。


 これらの理由で、現状ではクリンは罠に頼らない直接的な狩りだけに留めていた。


「まぁ、六歳で森の中に住んで色々作ろうってんだから用心に越したことはないってね。罠を見つけたのが狩人ならまだ良いけれど、野盗の集団とかだったら目も当てられないし。どうせ僕だけしか食べないんだから罠が無くても何とかなるさ」


 元々そこまで狩りの比重は重くないし、と言う事らしい。結局この日は獲物はボウズだったが、代りに素材となる物は大量に採取できた。


 ここでも前の村の時の様にその場にある落ち枝で背板を作り、集めた物を積んで自宅である小屋に戻る。


 その道すがら考えるのは露店の商品とその運搬方法である。リアカーみたいな物を作ってそれで運ぶのが妥当なのだが現状の材料と技術では中々難しいのではと思う。


「先ず街までの道が舗装されていないから小さい車輪だと論外だろうね。ある程度の大きさが無いと泥濘にハマって動けない未来しか見えない」


 前世でも古い時代の荷車は大体車輪が大きく作ってある。まずその大きさの車輪を作るのが大変だが、それ以外でもそれだけの大きさの車輪にすればクリンの年齢では一時間半も引き続けられる筋力も体力も無い。


「やっぱり運動効率が悪い体よね。最低でもベアリングとゴムタイヤは欲しい。そして一時間以上運ぶ事を考えたら、振動で車体に影響が出る筈だから耐久性にも不安が出て来る。衝撃を和らげる様な機構、スプリングとかショックアブソーバー(ダンパーとも)とかの機構が無いと現実的では無いかな。街中だけなら話は別なんだけど」


 物を作る事自体は勿論好きだが、こうやって機構を考えたりするのもクリンは大好きである。小屋に着くまでにああでもないこうでもない、と荷車の構造を考えたが結局いい案は思い浮かばなかった。


「うぅん、魔法で何とか出来る様になる事を期待する位しかないのかなぁ……現状だと江戸時代とかの大八車が関の山だけど、子供の僕が一時間半も引ける訳無いし。あのリュックに入る量が最大運搬量かなぁ」


 現状、クリンが露店を開けるのは売り物を自作している関係上、週に一度、良くて二度開ければ良い方だ。そうするとリュックに入る量だと全部売れたとしても税金を引いて銀貨十枚行くかどうかという所だ。


 今は商品が皿だから割とコンパクトにリュックに入るが、別の物を作り出したら、はやり週に銀貨十枚程度の収入では心もとない。運搬量を増やしたい所なのだが……


「その為にも荷車を作りたいんだけれども、作れたとしても途中に坂が幾つかあるし。あそこをベアリング無しの台車なんかで通りたくないな。やはり当面は諦めるしかないのかなぁ」


 小屋の前で背板を降ろしながら、ヤレヤレとクリンは頭を振った。取り敢えず考えが煮詰まった様なので荷解きは後にして小屋で休む事にする。

のだが。


「……………………ん?」


 たった今、自分が「降ろした物」を見下ろす。背板だ。正確には背負子背板だ。前世では形状の違いはあれ洋の東西を問わず、古来より「荷物の運搬」に使われた道具。


 西洋ではキャリーボーンとも呼ばれ、日本では江戸時代の勤勉少年が本を読みながら朝にコレを担いで薪を拾い、昼には草鞋を積んで街で売り歩き四人一家の家計を支え、明治、大正、昭和のおばちゃん連中はこれに山と荷物を積み汽車や電車で何十キロ、何百キロを移動して行商していたと言う、かつての日本の物流を支えた実績のある伝統的な運搬道具だ。


 現代でも軍隊では行軍の際の運搬に使われ、登山家もこれに荷物を積んで厳しい山を登ると言う。上手く積めば子供でも十キロ以上もの荷物が運べる優れモノである。


「ぁ……ぁぁ……ぁぁぁぁあああああああっ! もう作ってたじゃないか僕っ!? コレをうっかり忘れるとかっ!! くぅ、クラフター脳に走り過ぎたかっ!?」


 効率を求めるあまり、どうしても高度な技術に走りがちな「製作者あるある」で、ついこの手の原始的ながらも有益な道具の事を忘れてしまうのは悪い癖である。




 こうしてクリンの運搬問題は当面の所解決する事になった。とは言え何時もその場で作っている背負子はあくまでもその場での間に合わせであり、簡単に造れて簡単に壊せるのがウリなだけで長時間長距離の運搬には向いていない。その為に今回はしっかりとした材料で作る事にした。


 小屋を何れ建て替える時の為に暇を見つけては集めておいた質の良い木材の中から丁度いい長さ太さの物をチョイスし、カンナとノミを使って角材に仕立てる。今回は解体組み立てを考えないので木の楔でガッチリと固定する方式を採用する。


 形状は色々あるが、今回は長方形だが緩く角度の付いた八の字型に組む事にする。材料が木材なのでその方が長時間運ぶ場合は強度が出やすいと考えた為だ。


 八十センチほどの長さに切った角材を縦に二本。それぞれに穴を三か所あけてある。これは間に横木を差し込む為の穴だ。一番下の横木は縦木の底辺より五センチほど上に穴を開けて差し込み、そこから中心よりやや上にもう一本の横木、その上は上辺よりも十センチほど下に通してある。コレが基本フレームになる。


 この基本フレームに、木の皮から叩き出した繊維で作った縄を、真ん中の横木と下の横木の間のスペースにピッチリと巻き付ける。ただ巻いただけだとズレやすくなるので縦木を軸に8の字に交差させながら巻き付ける。


 こう巻き付ければ背負った際に背中が当たる部分が緩やかに凹んでいるので、背負った時に密着しやすくなる上にスプリングの様な働きをして、歩いた時の振動を吸収して跳ねにくくなる。


「昔の人の知恵は偉大なり、ってヤツだね。こうやって見るとよく考えて作られているんだよなぁ」


 背負子を作りながらクリンはつくづく思う。現代だとアルミだウレタンだスポンジだ、と丈夫で軽くて体に密着させても痛くない素材があるが、その様な物が無くても十分似た様な効果を出せている辺り、本当に凄いと思う所だ。


 背中に当たる部分の縄を巻き付け終わったら、肩紐になる縄を編む。コレも、昔の人は草鞋を編むのと同じ要領で縄を編み込み、帯状の肩紐を作って重量が有っても肩に食い込んで痛くならない様な工夫をしている。


「こうやって見ると、材質がスポンジとかウレタンじゃないだけで、形状的には現代の物と殆ど変わらないんだよねぇ」


 前世で見た昔の人が背負っていた背負子の映像の記憶を頼りに、HTWとトーマス動画の知識を総動員させながら再現していくが、作って見て思うのが機構自体は現代の物と殆ど変わっていないと言う所だ。


 勿論現代のキャリーフレームと呼ばれる背負子の方が機能的には断然優れているのだが、形や構造自体は大昔の背負子と殆ど変わっていないのが面白い、とクリンは思う。





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何度か、毎回前説と後書きがあるので話に没頭しにくい、という意見を頂いたので、暫くは前書きも後書きも無しでやって見ようと思います。


元々お知らせを乗せた時、自分の都合だけでお知らせスペース取るのはどうなんだ?と思い、途中からサービス感覚で書く様にした物なので、最初は書いていませんからね。


なのでこれ以降は暫くはどちらも無しにして、特にPV数とかに影響もなく、要望とかも無いようでしたらお知らせ以外はこのスペースを使わない予定です。


一言なんか書くのも楽しいのですが本編の方を楽しんで頂きたいですしね。

後、要望があれば残しますが無ければ何れは遡って前書きと後書きは削除していく予定です。


それでは引き続き本作をお楽しみくださいませm(__)m

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