第146話 初日では無いが、本来最初はこんな物である。
まぁ、本来はこんな物です、という感じの回です。
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木皿の予約をしたオヤジは「じゃ、後で皿取りに来るから」と言って先に銀貨一枚入った小袋を渡して自分の店に戻って行った。
「フム……何かもうこの木皿、一枚銅貨十枚でいいや。何か普通に十枚分で銀貨一枚にされたし。ああ、何かこう言う所は前の村のおばちゃん思い出させるなぁ。まぁ、あそこまで冗談みたいな値段じゃないから良いけれども……」
原価〇円なので値段なんて有ってない様な物。かかった手間考えたらコレが百円って事は無いだろ、と思うが他の店舗をさり気なく見て回った所、露店だと大体銅貨八枚から十枚が相場だった。
「まぁあんなのと比べられたら正直たまらないんだけれども……本当は倍は付けたい所なんだけれども……そしたら売れなさそうだから仕方ないか」
実は単純な形の木皿に見えて、クリンはちょっとした工夫をしてある。前世の現代なら木皿でも当たり前についている、高台(皿底の一段高くなっている足みたいな部分)を削り出しで付けてある。
こちらの世界の木皿は、やはり古い時代の西洋圏の皿と同じくそんな物は付いていない。ただ底面はフラットに削られているだけだ。
それだと実は現代工具で加工しないと割と凸凹が出来てカタ付く事が多い。また置く場所が濡れていた場合はそのまま滑りやすい。
高台を付けると設置面積が少ないのでカタカタとズレる事が少なく、また取り扱いが楽になる。フラットだと意外と机とかに張り付いて取り難い事もある。
こう言う、前世の技術も盛り込んでいるので、この世界のただ木を削り出しただけの様な物とは、掛かっている手間が段違いだったりする。ましてやクリンは木皮の煮汁に漬け込んで防腐処理までしている。同じ値段では本来割りに合わない。
「でも、見た目的にはただ木を削っただけだしねぇ……銅貨二十枚付けたら流石に売れないだろうしなぁ……今の間はこの値段で行くしかないかなぁ」
原価がタダだから出来る芸当ではあるし、とクリンは皿とコップを一律十銅貨で売る事にした。この世界だとまだ値札を付けて売る様な事はしておらず、聞かれたら値段を答えて、そこから交渉するらしいが、クリンは面倒なので値段交渉はしない予定である。
そして今回の目玉はテオドラ印の薬である。今回は傷薬(化膿止め)と下痢止めの二つを出す事にしている。この世界だと基本一回分の小分けで売る事が多いと聞いていたのでそれに習って素焼きの瓶にそれぞれ纏めて入れ、この辺りでよく使われる木の葉を包み紙代わりしてその都度売る方式にした。
そして瓶の前に持ってきた木の板に、燃え差しの炭で何の薬なのかを書いて置いておく。それがこの世界での一般的な販売スタイルとの事。
全ての商品を並べ終え、暫くすると遠くから鐘の音が聞こえて市場が開始された。前回はこの音が聞こえる前に完売してしまったため、今回が市場露店の初めてである。
「ま、解っていたけれども最初が異常だっただけでさっぱり売れないねハハハ!」
元々木皿なんてありふれた物であり、特別な加工はしてあるが見た目的にはあくまでも地味な木皿でしかない。そもそも皿なんてそんなに頻繁に買い替える物でも無いので、野菜売りのオヤジに売れた以外は昼過ぎまでにコップが二個ほど売れた程度だ
それでも二個も売れれば前の村の畑仕事の駄賃よりも高いのだから十分と言えば十分でもある。ただかかった手間を加味すればやはり安くなる。
薬は市場で軽く怪我したとかで三回分の薬が売れた程度だ。コチラは小分けなので一個銅貨五枚の合計一五枚。
「ま、ただの薬草ペーストで五十円って考えると少し高い気もするけど……小分けだとこんな物なのかなぁ」
何となく、大体どんな感じで売れて行くのか分かったので、売り上げ以上にそちらの方がクリンには重要だった。もう何度か露店を繰り返してデータを取ったら本腰を入れて商品を厳選するつもりである。
「税金を考えればもう少し売れないと美味しくないかな。食べるだけなら税金分引いても儲けが銅貨20枚は無いとキツイのか。次の露店を開く事を考えたらやはり銀貨単位の売り上げを出さないと厳しいって感じかなぁ」
それだけ分かれば今日の目的は果たした様な物。何時までも売れない商品を抱えて露店開いていても仕方がない、と午後の鐘が鳴る前に撤収する準備を始める。この通りの市は夕方の鐘(午後六時)には退去が決められているので、割と店仕舞いは早い方であるが、流石に午後の鐘前に店を閉め始めるのはかなり早い方だ。
売れ残った木皿をリュックに詰めていると、何やら少し人生に疲れた様子を滲ませた女性が一人、フラフラと目の前を歩いていた。
服装自体はごく普通の、その辺の街の女性と同じ物なんだが微妙にだらしなく着崩しているので、容姿的には美人に見えるのだが残念感が半端ない。
「ったく面倒な仕事押し付けやがって、家から遠いんだよクソが……あん? 何だボーズ人んちの前でムシロなんて敷いて物乞いかい? そう言うのは他所でやっておくれでないかねぇ」
女性が面白くなさそうな顔でそんな言葉を吐き捨て——ギュルルルルルっ! と激しい音が女性のお腹の辺りから聞こえて来る。
「ハウッ!! ま、まだ大丈夫、まだ持つっ! と、トイレまであと少し……は、早くどきなボーズ、邪魔なんだよっ!! ウンコ洩れたらどうしてくれるんだい!!」
どうやら催していたたらしく、クリンは慌てて敷物をズラす。すると女性はクリンの背後にあった、アパートだと思われる建物に駆け込んでいってしまった。
「……何だろう、あの残念感……この世界って割と残念な女性多いですよねぇ……」
とクリンは口では言いつつ頭の中では、
『ふむ……こう言う未熟な文明だと下痢はかなりキツイって言う話を聞いた事があるなぁ……そう言えばドーラばぁちゃんの下痢止めって、成分的には正露丸に近いんだよね。でも即効性は無いらしいんで気休めだって言っていたから……この世界でもブナに似た木はあるし……後はカンゾウとチンピがあれば限りなく正露丸に近くなる筈……作ってみるかな? 僕的にもアレがあると安心感違うし』
と、女性を見送りながら新しい商品のアイデアを練って居たりしたのだった。
早めに露店を切り上げたクリンは手習い所に戻って弓矢一式を回収し、サッサと住処である森に戻った。
あの時間に戻ればまだ日が暮れる前に着くので、クリンは早速とばかりに注文の入った二回り大きい木皿を作成する為に、ストックしてある木材を確認する。
「あの木皿の二回り大きい皿って事は……大体二十七センチから三十センチと言った所か……流石にそのサイズの倒木で使えそうなのはないなぁ。僕のノコギリでそのサイズの木を切るのはホネだし……うん、早い所斧を作りたいなぁ。でもあの手の物を作るのには鉄が足りないし、やはり鋳造の方が楽だから火力が足りないんだよねぇ」
取り敢えず、日が暮れるまであと一時間はありそうだったので軽く森の中を探し回る事にする。材料が見つからなければ一回り大きいサイズで我慢してもらわないと駄目かもしれない、と考えながら森を歩く。と、そこでふと、
「……あっ! 二十七~三十センチって西洋皿の一般的なサイズじゃないか!!」
と言う事に思い到る。そして同時に気が付く。
「ああ、そうか、僕は『自分のサイズ』に合わせて作ってたよっ! アレだと向こうで言う所のパン皿サイズじゃん!」
六歳のクリンに合わせたサイズ。それはつまり『子供サイズの皿』だと言う事だ。
「うわ、道理で野菜売りのオヤジは僕が作って居る事をアッサリと見抜いたわけだよっ! そりゃ大人の職人ならそんなサイズのをメインで作らないよねっ!」
つまり、見る者が見れば最初から誰が作ったのかバレバレだったと言う事である。そして、野菜売りのオヤジは敢えて追加注文する事で、それとなくその事を伝えてきていたのだと、今更ながらに気が付いたのだった。
「……くそぅ、僕としたことが。コレは是非ともオヤジさんにはお礼参りをしないといけませんねぇ……チィッ!」
物騒な事を口にしつつ探索を続けるクリンである。用心深い割には意外とこういう感じで抜けている部分がある少年だった。
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残念感が漂うのは女性だけでなくクリン君も割と同類だった模様(´・ω・)
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