第90話 ドワーフ? いいえ趣味人です。




 トマソンが我に返った時、クリンは既に鍛接を終えて周囲の歪みを調節し、全体を軽く赤らめてからボチョンと平たい土器に入れられた油——クリンが言う所の工業用ラードに装甲板を落とし入れた所だった。


 ポンッと音を立てて炎が脂から上がり、その火が消えた頃にヤットコで装甲版を引っ張り出して、今度は水に浸けて完全に冷ました。


 今回は鍛造した訳では無いのでこの程度の焼き入れと焼きなましで十分だと判断したので、長時間の低温(温度的には百八十度近辺だが)なましは行わない。


 水から引き揚げると白く固着した脂を水気と一緒にふき取り、鍛接した部分をヤスリで削ってバリを取りつつ表面を均し、金槌で全体の歪みを調整して焼けた色を砂を擦り付けて磨いてからもう一度水で洗えば修復作業は完了である。


 歪みは気にならないレベルにまで修正され、穴が開いた部分は表面からはもうどこであったのか分からない位に周囲と同化して塞がれている。後ろから見れば流石に鍛接跡があるので穴の場所は解るが。


 これらの作業は、クリンが手甲を受け取ってから一時間もしないで行われていた。恐らく四十分もかかっていないだろう。少年の手際が恐ろしく良かった事もあるが、密かに使っていたクラフターズ・コンセントレーションの存在も大きい。


 恐らくまだ一レベルのこのスキルは倍速も出ていないので、側で見ていたトマソンにも、このスキルの存在を知らない為に時々勢いよく動き出した位にしか見えていなかった。


 装甲板をひっくり返したり日に翳したりして出来を確かめていたクリンは、トマソンに向けて手を突き出し、


「革」


 と一言だけ言った。トマソンには何のことかわからず、もしかして先程渡して来た、装甲板を剥がした皮の事かと思い取り出そうとするが、


「違います、コレを付ける新しい革! 取り付けた後に微調整するんだから早く!」


 クリンに急かされて、トマソンは慌てて首を横に振る。


「いや、交換用の革は持って来ていない……元々リベットだけ貰って革細工の所で付けてもらう予定だったから向こうに置いたままなんだ」


 トマソンが申し訳なさそうに言うとクリンは「チッ」と舌打ちして、材料入置き場に向かい、装甲板に開けられていた固定穴のサイズに丁度合いそうなリベットを見造ろうと、数個取って戻って彼に装甲板と一緒に押し付けた。


「次があるんならちゃんと持って来ましょう。まぁ微調整程度なら向こうでも出来るんでしょうが。取り敢えず穴は塞いで歪みも取っておきました。新品同様とは言いませんが十分実用に耐えうる補修は行ったつもりです」

「あ、ああ……すまない助かった……?」


 受け取ったマクソンにも見ただけでちゃんと修理されている事はすぐに分かり、何とかそう言葉を絞り出した。だが修理してくれとは言った憶えなかったのに、何故こんな完全な形で帰ってきているのだろうと何処か他人事の様に考えていると、不意にクリンが彼の背中を押して鍛冶場の外へと移動させ始める。


「お、おいクリン君!?」


「今回は突然の事で材料を一つダメにしましたが、まぁ悪意はなかったと言う事で不問にしましょう。ですが材料としてその鉄材を利用したのでその分は請求します。コレは前の村から持ってきた僕の資材ですので。お金でも良いですが出来れば使用したのと同量の鉄材がいいです。それと鍛接材に鍛冶場の珪砂を少し使用しました。砂鉄は自前なので相殺して欲しい所ですが、費用が掛かるのなら出来ればそちらで払っておいてください。それ以外の材料については全部自前なので料金請求されても拒否します。お代に関しては……まぁ実質三十分程度の作業で穴埋めと歪み取りだけです。取付も無しなので大した事はしていないので、自前の炭代と僕の手間賃って事で格安の銀貨三枚と言った所でしょうか」


「あ、ああ……妥当な所だと思うし、それは当然払うつもりだが……」


 物凄い勢いで捲くし立てられ、ついトマソンがそう返答してしまうと、


「そうですか。同意いただけた様で何より。お金は後日と言う事で、僕はまだ作業残っていますのでこれで失礼します。仕事の休みは今日しか取っていないですから」


 鍛冶場の出入り口にまでトマソンを押し出したクリンは、ニッコリと笑ってから彼の鼻先で鍛冶場の扉をビシャンと閉めてしまった。


 直ぐに扉の向こうから遠ざかって行く足音が聞こえ、ややあってから金槌で金属を叩く音が聞こえ出して来たのだった。


 その音を、トマソンは扉の向こうで茫然としたまま聞き続け——


「いやいやいやいやいやいや、幾らなんでも職人の貫禄あり過ぎるだろう!?」


 気が付いたら思わず叫んでいた。


「確かに前の村で鍛冶をやらされていて簡単な修理も出来ると言っていたが、『簡単な』じゃなくて『簡単に』修理し過ぎだろう! と言うかなんだこの修理方法!? 町の鍛冶師でもこんなやり方見た事無いぞ!? そして手際良すぎだ、もう普通に鍛冶職人だろうコレ! 本当に五歳なのかあの子!? 実はドワーフの子供とかなんじゃないか!?」


 この世界でもドワーフは種族的に手先が器用で力のある種族だ。器用な手先と膂力を持ってドワーフは生産業に就く事が多く、特に鍛冶仕事に向いているとされていて、有名な鍛冶師の殆どはドワーフ族だ。


 ドワーフの子供の中には五歳位から鍛冶仕事を始めたり家具を作ったり、酒を造り出したりするツワモノもいると言う。


 そういう種族だと聞いているが——それもそれで大概だと思うが——それと同じような事をしてのけている子供が目の前にいる事に驚きを隠せない。と、


「じゃかましい! 鍛冶場の外でも騒ぐなや、気が散るでしょうが! 頓智やってんじゃねえんだから外なら騒いで良いとかって話じゃねえんだよ!」


 扉の向こうからそう怒鳴られてしまい、思わず首を竦める。思いの外大きい声で叫んでしまっていた事に今更ながら気が付く。


「やれやれ、あの性格もまるで一端の鍛冶屋じゃないか。前の鍛冶屋も生前は良くああやって怒鳴っていたが……兎も角、彼が本当に鍛冶が出来ると言うのなら話は別だ。村長とちゃんと話をしないとな」


 今一度、手渡された手甲の装甲板の修理具合を確認し、自警団での実用に十分以上に耐えれる精度で修復されている事に満足そうに頷き、鍛冶場を後にした。


 革細工の所に向かう前に、先ずは村長の所だ。クリンがちゃんと鍛冶作業が出来、修理まで熟せる事を説明せねばならない。


 前の鍛冶屋が亡くなって既に二年。本当に損傷がひどい場合は町まで持って行って修理したり買い替えたりしていたが、やはり自分の村で修理出来ないと言うのは痛い。


 値段的にもそうだし、装備品の細かい破損は後回しにされて誤魔化しながら使ってはいるが、流石に二年も無修理では幾つもの備品に不具合が出てきている。


 それ以外にも農家の使う農具類の修理も滞っている。農閑期に近隣の村に運んで修理もしているが、農閑期は何処の村も農業の再開に向けて農具の修理に入る。他所の村の農具はどうしても後回しにされるし、数カ月前にクリンがこの村に住む事になった原因でもある、野盗の襲撃によりその村自体が無くなってしまっている。


 生き残った村もあるが少し遠く、そこまで運ぶ位なら町に持ち込む方が早い。来年になれば鍛冶師が移住してくるので、それまで壊れた農具や備品を抱え誤魔化しながら使うしかないと思っていた所に、クリンの登場にこの手際である。


 トマソンはこれまでも装備人の修理には何度も立ち会って来ているので、多少の知識は有るつもりだ。だが、そんな彼でも少年の修理法は初見だ。


 通常手甲や鎧などの装甲板に穴が開いた場合、全部鋳なおすか金バサミなどで大きく切り取り、その部分に新に鉄を鋳流すか鉄板を当てて溶接するかリベットで止めるかしか知らない。


 この様な鉄片を埋め込んで鍛接する技法など初めて見た。こんな方法を目にしたから少年がドワーフの技術を持っているのかもしれないと勘ぐり、またこの修理法なら溜まる一方の破損した装備品の修理も早く済む筈だ。


「これは是非とも村長を説得して、クリン君に修理を頼むべきだろう。鍛冶師が居ないのなら来年まで待つのも仕方が無いが、彼がここまで出来るのなら話は別だ。団員の身を守る為に来年まで待っていられるか」


 トマソンはそう心に決めながら、村長宅へ向かうのだった。




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 「リスペクト」です。

誰がなんと言おうとただのドワーフリスペクトなのすよ(*´Д`)

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